第6話 官邸襲撃および誘拐未遂顛末と事後処理についてⅡ

 なぜ情報が停滞し続報が入らなかったのか? これには理由があった。


 まず官邸の警護に就いていたのは冒険者ギルドから派遣された特別編成チームだった。民間への業務委託がカエラムの政策の一つであり、特に冒険者には対しては割高な報酬と免税などの優遇措置で依頼を受けやすくして騎士団の負担を減らすことと勧誘を目的にしている。テロ組織への加担を防ぐためでもあるが、繋がりがある者から辿って行き壊滅させる役割もあった。

 反対の声は多かったが官邸の警護に付けることで実績を作りたかった。ギルドマスターとカエラムは旧知の中であったが癒着とは程遠く、ギルド側に金銭的な利益はなかった。冒険者に利益をもたらす政策など歓迎していてはギルド経営が立ち行かなくなる。だが安定した騎士職への道が冒険者になることとなれば話は別……、のはずだった。


 人選も素行や実績を慎重に行った。

 ギルドは固有の魔力波長を識別できるギルドカードを発行している。これは本人確認とカードの不正利用防止が出来る魔術が付与されている。国に召し抱えられる特級魔術師でもない限り、改ざんは不可能であった。

 事件後、行方不明の隊員および拘束された隊員はいずれもカードの改ざんを行っていることが分かった。

 元の持ち主の魔力波長を上書きし成りすましていた。本人とカードの波長が合えば本人であると認定される。余程の有名人でもなければ顔と名前が一致することはないが、一度本人と思わせれば後は顔と名前を売っていけばいい。

 このようにして偽物たちは本物へと成り代わっていった。


 警備隊からの連絡は個別に各所へ行うことになっていた。しかし人員も時間も要するため効率が悪かった。続報を伝える際に情報が錯そうする恐れがあると危惧する声に応え、ギルドから騎士団へ、騎士団から王宮へと伝達することとなった。

 これを進言したのが当時の警備隊長だった男だ。第1報で発生からの被害状況までの詳細が素早く伝わっているが、これはギルド職員を装い騎士団に報告されたものだった。そしてギルドには虚偽の報告がされていた。

 ギルドには問題ないことを伝えるだけで追加の情報を求められることはない。騎士団には事件の沈静化を伝えることで上手くいく。これは騎士団にギルドへの不信感を抱かせる目的もあったかもしれない。

 カエラムだけがシエラの安否を気にすることは明白だった。賊はカエラムにゆさぶりをかける狙いもあったが、これが分かるのはずっと先の話になる。


 派手に襲撃しておきながら情報操作によって騎士団もギルドも近づけさせず、ゆっくりと赤ん坊を攫うことができ、警備隊員に成りすました者も混乱に乗じて身を隠すことが出来た、はずだった。

 賊にとっての誤算はシエルがスキルを発動し誘拐はおろか拘束されてしまったことにある。

 警備隊隊長に成りすました男の正体は不明のまま騎士団が行方を追っている。ギルドへ情報を伝達した隊員およびギルド職員を装った者の所在も不明。賊の侵入経路や爆発物の入手経路なども現在調査中。

 犯行の目的や裏で糸を引く人物が誰であるかが捜査の焦点となる。拘束されていた賊は武宮へ連行され麻痺が解けて話ができるようになり次第取り調べを開始する予定であったが、取り調べに応じた者から呪いによって死亡した。黙秘を続けていた者も7日後に死亡した。



 シエルとアンを本館に運び込み、カエラムは屋敷の各部署の責任者と警備隊の副隊長を執務室へと招集した。

 カエラムは肘をつき手で泣きはらした目を隠すように座っている。集まった者たちは距離をとるように並んでいた。

 やがてゆっくりと顔を上げ開いたその眼には、いつもなら感じることが出来る光はなかった。代わりに感情的な声を発する。

「誰も彼女たちのことに気にかける者はいなかったのか⁉」

 今まで大声で威嚇するように叱責する姿は見せたことはない。普段から温厚で仕事ができる彼は部下たちのミスも冷静に対処し叱ることも上手かった。感情はあまり表に出ないが仕事以外で見せる何気ない顔も優しく人間味を感じさせるところに彼の人気や信頼につながっていた。

 だからこそ怒気を含んだ言葉に驚きがあった。同時に、理由はどうあれ、彼が大事にしている存在を失念していたことへの後悔と申し訳なさでより恐怖を感じた。

 まず初めに口を開いたのは警備隊副隊長だった。

「申し訳ありません、閣下……。我々も隊長の裏切りにあい全容を把握できておりません。ギルドへの報告の後、消息を絶っているようです」

「なぜ別館に向かった隊員が戻ってこないことに疑問を持たなかった? たったの2名で消火作業があそこまで進むことに不信はなかったのか?」

「火の気が見えず白煙だけで、別館は陽動で本館が狙われるかもしれないから避難者の警護を優先し、周囲の警戒をしろとの命令でしたので……」

 パラディスが擁護するように口をはさむ

「対応に間違いはないかと存じます。問題は内通者の存在や報告の経路を握られ利用されたこと。後は屋敷内の問題でしょうか」

 パラディスの声を聴いて少し冷静さを取り戻せた。彼は普段、こういう場面において口をはさむようなことはしない。自分に落ち着けと言っているのだろう。

「では屋敷の者でアンとシエルが見当たらなかった事についてはどうだ?」

 息を長く吐き、一呼吸おいて話始めたためかいつもの口調に戻りつつあった。

「それは、その……」

 執事長が答えようとするが、どう答えれば良いのか分からずに口籠る。

 皆黙って俯き、声を殺して泣き出している者もいた。

「お前たちが彼女たち母娘を疎ましく思っていることは知っている。だが、非常時の人命においては話が別であろう?」

 更に沈黙は深くなり、女性の一人はついには声を出して大泣きし“申し訳ありません”と連呼している。

 ギルド長到着の知らせを受け、集められた者たちを解散させると同時にすべての業務を停止して住み込みで働く使用人たちは本館での寝泊まりを許可した。

 パラディスも分隊を増派し周辺の警戒を強化。残された警備隊員は別室で一晩拘束されることとなった。



 一通りの指示と警備体制が整ったところで、ようやく妻と二人の息子の顔を見に行った。長男が避難から戻った際に大泣きしていたと聞かされていたため、

「怖い思いをさせてすまなかった」

 そう言って二人の息子を強く抱きしめた。

 普段なら子供らしからぬ強気な言葉を口にする長男が珍しく無言で抱き着いたままで驚いた。

——この子もまだ5歳の子供なのだ。

 二人の息子を抱きかかえ妻のもとへと向かい、そこで二人を下ろした。

「お前にも怖い思いをさせて悪かった……」

「宰相の妻であればこのような事態に遭遇することは覚悟の上です。……ですが、彼女たち母娘のことは……お気の毒としか……」

 夫の不貞を許したわけではない。気に病んで寝込むことが多くなった。それでも、宰相夫人として公にならないよう屋敷内に住まわせることに同意した。シエルが生まれてからも体調不良は続いたが、ようやく落ち着いてきた矢先に起きた事件だった。ここまでの精神的苦痛にさらされていても母娘に同情は向けてくれている。

「本当にすまない……」

 カエラムは言葉を繋げず、妻を抱きしめることしかできなかった。



 カエラムと騎士団長フォルト・パラディス、そしてギルドマスターのラングの3人はカエラムの書斎の長椅子に腰掛け、膝を突き合わせている。3人揃ったところでラングは席をたち土下座を始めた。

「閣下、この度の失態はこのギルド長であるワシに責任があります。処刑も覚悟のうえ。ですが何卒、無実が証明された隊員だけは……」

「よせ、処刑など考えておらん」

「ですが!」

「今は友人として話がしたい。アンを失って……」

 短くため息を吐く。

「腹を割って話せる方がいい」

 これほどまでの彼の弱り切った姿を見ることは家族でさえなかった。

「ラング殿、先輩がこう仰っているのだから。さあこちらへ」

 と自分の隣へ来るよう促した。

「……すまぬ」

「考えたくはないがギルドカードを偽造できるほどの力が裏にはあるようだ」

 カエラムは椅子に深く背を預け、目を閉じたままゆっくりと話はじめた。

「狙いは恐らく……いや、確実にシエルだ」

 二人はやはりかいう表情で顔を見合わせる。

「シエルを攫ってどうするか迄はわからないが、かなり前からギルドを利用して襲撃する計画を練っていたのだろう。少なくともアンがここに来た半年ほど前から嗅ぎつけられていたのかもしれぬ」

 目を開き、虚空を見つめながら細く、長い息をはいた。

「これからどうすれば……」

 そういうと眉間をつまみながら再び目を閉じた。

「それについてご提案があります」

 パラディスがカエラムの方へ居なおし、短く息を吐いた。

「シエルお嬢様もアン様と一緒に亡くなったことにいたしましょう」

 驚いたカエラムは目を見開き、ゆっくりとパラディスの方へと向き直る。

「ど、どういうことだ、フォルト?」

 ラングの方が先に問いただす。

「順を追って話すと……」

 いつの間にか3人は身体を寄せて小声になっている。

「二人が死去したことを公にすることで狙われる可能性が低くなります。少なくとも真相がばれたとしても、露見するまでの時間稼ぎにはなります」

 カエラム、ラング共に口を挟まずに、まずは話を最後まで聞こうと目で合図を送りあった。

「次にご息女を孤児院に預けます」

 ——私の手元から離すのか?

 目の届く範囲で育てたいと考えていただけに抵抗はあった。しかし今回のように直接守ってやれるわけではない。同じことが繰り返されることもあり得る。

「そしてここからはお願いにもなりますが……」

 パラディスの言葉に何かあるのかと二人は身を構える。

「我が家に養女として引き取らせていただけますでしょうか?」

 カエラムは目を見開き、ラングは大きく口を開けている。

「妻は子供が出来ない身体で、以前から養子をとることを話し合っていました。跡継ぎには男児が良いのですが、妻は女児でもいいと言っていましたし。母親を亡くしたあの子を……、彼女を安全に育てるのであれば一度死んだことにして、別人として違う場所で育てては如何でしょうか?」

 カエラムに選択肢はあまりないと考えていた。

「正直、今の邸内でご息女を育てるのには不向きではないかと……」

 確かにそうだった。誰もシエルの事など気にも留めていなかったのだから。

「ワシも奥方のためにもその案は一考の余地ありかと……」

 ラングも概ね賛成の意向を示している。



 カエラムは目を瞑り、天を仰いでいた。

「二人の幸せを考えずに先走った結果がこれなのか……?」

 しばらく3人は沈黙した。

 事件発生からまだ一夜も明けず、悲しみに浸ることも出来ずに決断を迫られた。


——アンを守れなかった。……許してくれ……ルーセオ


 翌日、シエルは容体が急変し死去したと発表され二人の葬儀が行われた。

 母との最期の別れも出来ずに、シエルはパラディス家の養女となった。

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