第3話 初仕事

「どうすんだよ! このままじゃ、あいつヤバいだろ⁉」

 内心、かなり焦っていた。

「このまま殺されたりなんかしたら……」

「様々な事象により幼くして亡くなるケースはままあります。こればかりは防ぎようがなく、我々にはどうすることもできません。残念ですが、その時は別の配属先に移りますので……」

 俺の死は予定外だとか言っておきながら、生まれたばかりの子供の死も予測できていないらしい。

 そして今心配しているのはそれじゃない

「そんなことはどうだっていいんだよ! 何とかして助けられないのか?」

「……我々の存在はあくまでも現世で生きる者のサポートに過ぎないのです。どう生きて、どう死ぬかを我々がコントロールするものではありません」

 成長を告げ、特別なスキルの提示を行うだけの簡単なお仕事。

 生まれてから死ぬまでを見守り続けても言葉を交わすこともなく終わる。

 ただ世界のシステムの一部として機能し続けろということか?

 だからこのまま見殺しにしろと?


——いやだ……


 絶望から生まれた感情はシンプルだった。

 何もできないと言われて、抗うこともせずに見ているだけはしたくなかった。


——考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ……


 刻一刻と賊がシエルに近づいてくる。部屋に誰がいるかの確認だけだったので順番に見回ってもすぐに辿り着くだろう。

 屋敷内にいた人間は既に退避していて居ない。

「おい、見つけたぞ!」

 とうとう賊の一人がシエルと母親がいる部屋を見つけた。

 母親は気を失ったままだ。壁に打ち付けられた衝撃以外にも、爆風の影響による裂傷や打撲の跡もみられる。

「女の方は……死んだのか? じゃあ子供だけ持っていくか」

 一歩、また一歩と近づいてくる。

「……そうだスキル! 何かスキルを習得して発動できないのか?」

「無茶を言わないでください! まだ経験値もないのに習得は無理です。それに出来たとしても本人の自発的な習得と発動が必要です!」

——生まれて3ヶ月では経験値がない?

 通常は訓練や実践による“経験”を積みレベルアップしていくものだと聞いた。

 職業【クラス】によっては専門の高位スキルを得ることもできるらしい。

——何かの行動が経験になるのだったら、生まれてから見聞きしたことや行動は経験にならないのか?

 必死過ぎて感覚だけでシエルのステータスを閲覧できた。本当に経験値はないのか? この危機的状況を打開できるならば何にでも縋りたかった。

「あるぞ、経験値!」

 希望の扉に手がかかった気がした。

 だが、それはすぐに閉じられそうになる。

「いけません、それは肉体の成長に必要なものです! むやみに手を付けていいものでは……」

「だったらどうする⁉ このまま殺されて利用されるぐらいなら少々のリスクは構わないだろ!」

 閉じかけた扉を何としてでもこじ開けたかった。

「駄目です、本人の意思決定ができない状態では! そもそもの理に反します!許されることではありま……」

 途中で言葉を繋げなくなるほどクロリスが怯えた表情を見せたのは、状況ではなく俺に向けられたものであったことはこの時の俺は知らない。


——このままシエルに何かあったら、俺が世界を滅ぼす——


 言葉に出したのか、思考から漏れ出たことなのか自分でも区別がつかないくらいに頭に血が上っていたし焦っていた。

 それでもクロリスがたじろぐ瞬間を見逃さない。強硬手段に出る。

 シエルを守るためのスキルを素早く検索し必要な経験値を確認する。

——よし、これとこれで! あとは……

 賊はシエルの目前へと迫っていた。

「泣かれるのは面倒だし、殺して持っていくか。死んでいても構わないってボスも言ってたしな」

 賊は持っていた剣を突き立てようと構えた。

——ヤバい! 急げ!


 絶体絶命の状況で、シエルと目が合った。

 俺に何かを訴えかけるような眼差し。

 そういえばこの娘、爆発が起きてから一度も泣いていない?

 泣き声が聞こえないから賊はシエルの居場所をすぐに見つけられなかった。

——子供だから状況が理解できていない? ……いや違う

 声でもなく、文字でもイメージでもない何かが俺に流れ込んでくる。


——……タ、スケ、テ


 幾度となく転生を繰り返してきたであろうこの魂が、感じたことの無い衝撃に震えた。

「任せろ!」

『天の声レベル99に達しました。限界突破、レベルAZ』

 思考が加速し、シエルが何もしなくてもスキルが発動できる手順を構築していく。

「スキル発動【絶対防御】」

 麻の葉模様の光の球体がシエルを包み込む。

 賊が繰り出す剣の切っ先はシエルに届くことなく光の壁に遮られた。

「続いて【攻撃反射】」

 突きによる力は吸収され、跳ね返された衝撃は剣と同じ形をして賊の肩を刺し貫く。悲鳴と共に賊は後ずさりし、手に持った剣を落とした。

 ほどなく悲鳴を聞きつけた賊の仲間が駆け付けてくる。

「そのガキ、魔法で守られていて反撃までしてきやがった!」

「赤ん坊相手に何やってんだ。防御魔法なら攻撃しなけりゃいいんだよ」

 駆け付けた賊の一人がゆっくりとシエルの方へ近づいていく。要は攻撃せずにいれば魔法の発動はされないから優しく抱き上げればいいとの判断だ。

「甘めーよ」

 光の球体はシエルと母親をも囲うドーム状に姿を変えた。

「おい、これどうなってやがんだ?」

 戸惑う賊どもに今どんな気持ちか聞いてみたい。

「これらのスキルはアクティブスキルじゃねーよ。害意があるとシエルが判断して発動させるパッシブスキルだ!」

 この二つのスキルは元々自動で発動する防御用スキルだ。今のところ敵の多いシエルには自発的に身を守る術が必要だったからパッシブに改変してやった。

「してやった! ではありません!」

 クロリスが青ざめた顔をしている。

「いや、勝手にやったのは悪かったって」

 俺も色々ストレスが溜まってたし、天の声事業部とかいうベンチャー企業にも結構ムカついてたから、ささやかな反抗ってやつですよ。

「そういうことではなく、いろいろ問題です!」

 クロリスは怒っているわけではなさそうだったが、かなり困惑していることは見て取れる。

「時間がないので手短に言いますと、シエルちゃんの経験値を前借りした状態ですから今後の心身の成長に影響が出るかもしれません。どうなるかは分かりかねますが、将来何かしらの弊害が現れる恐れがあります」

——生活に支障が出る……ってことか?

「正直そのあたりはスキルの取得でどうにかできるかもしれません。しかし問題は生後3か月でスキルの習得と発動を行ったこと。これは歴史上、どの人型種族において例がありません。それと……」

 取り敢えずシエル自身のことについては何とかなるという話かと思ったが、

どうやらそうでもなかった。

「貴方様の……天の声のレベルが上がったことが最早常軌を逸しています!」

——天の声はレベル上げちゃダメだったの? ていうかレベルの概念がなかったのか。でもどうして俺のレベルが上がったのだろう?

「今この場で解明できませんが、異常事態であることには間違いありません!」

 気のせいか少しずつクロリスの声が遠くになっていく気がしていた。あまり声を張り上げるようなタイプではないクロリスが必死に声を張り上げて話しているように感じる。

「天の声として業務を開始すると研修期間が終了し、私は貴方様との会話が出来なくなります。私の声も天の声として認識されてしまう恐れがあることと、彼女の精神に不要な負荷を与えかねないからです」

「つまり一人に二人憑くと、うるせぇってこと?」

「そうではなく!」

「とにかくシエルは俺がしっかり育てるし導いてやるよ。心配するな」

 クロリスは大きく息を吐くと

「破天荒さと大胆さは魂に刻まれているようですね……。わかりました。上への報告と貴方様方への影響が少なくなるように、私が頑張ります……」

「おう、よろしく頼むよ。また会ったらなんか奢ってやるよ」

「またお会いできれば……ですけど。約束ですよ」

 寂しそうな表情を一瞬見せたが、すぐにいつもの嫌な気持ちにさせない笑顔に戻っていた。

「私とのつながりはもうすぐ切れますが、まだ彼女の危機は脱しておりません。どうかご武運を」

 目を離していたわけではないが、今もあの手この手でシエルを捕えようと賊は光の壁と格闘している。

 シエルはまだ赤ん坊だ。この状況に耐えられる体力はない。

 賊を撃退、もしくは撤退させる必要があった。

「わかった。ありがとう、クロリス」

 ぱっと花が咲くような、本当の笑顔が見えた瞬間に存在が遠くなるのを感じた。


——ここからが本番だ!


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