第35話 掃除当番代行、1000万円なり

「のりタン先生。なんでメイド服なんですか?」


「趣味です~。可愛いでしょ~」




 そう言って先生は、楽しそうにクルクルとターンしてみせる。

 ああ、この人もえんどう親子に感化されたか。


 今夜は眼鏡をコンタクトにして、三つ編みを下ろした妖艶モードだ。

 可愛いということに、異論は全くない。




「アレクセイは? 俺は彼に連絡したのですが」


「表に停めた、ロールスロイスの中で待機していますよ~。この居酒屋さんの駐車場、満車だったので~」


『ロールスロイス!?』


 またクラスメイト達が、驚いて叫んだ。

 いちやチンピラ借金取りもだ。




「それにしたって、先生がわざわざ来てくださらなくても……。先生はアレクセイや夢花と違い、使用人ではないんですよ?」


「ぶぅ~。わたしだけ仲間はずれですか~? わたしもご奉仕したいです~。……それに、LINEに書いてましたよね? お友達に、借金があると~。借金問題なら、弁護士の出番です~」




 のりタン先生の瞳が、キラリと光る。


 それを受けて、チンピラ借金取り達がすくみ上がった。




「べ……弁護士だとぉ!? けっ! 言っておくが、ウチの利息は真っ当なもんだぞぉ?」


「そうなんですか~? 取り立て方法は、明らかに違法ですけどぉ~?」


「あがっ、ぐっ、う……うるせえ! 借りた金を、返さねえ方がわりいんだ!」


「なら~、返せば文句はないんですね~」




 のりタン先生はルイ・ヴィトンのバッグ(お値段92万円)を開き、中から出てきた札束をチンピラに浴びせた。




「うわ~。これ、気持ちいいですね~。……1000万円あります~。借用書を置いて、とっとと帰るがいいです~」


「あ、弁護士メイドのねえさん。旦那からもう100万受け取ってるんで、残りの900万でいいっス」


 このチンピラ、妙なところで真面目だな。


 俺は先生がぶちまけた札束の中から、1束だけ取って一ノ瀬に差し出す。

 この1束で、100万円だ。




「か……かなおい! あのお金はなんなの!? あんた一体、何者!?」


「一応、会社社長だが……。実質は、女神様のヒモってところかな? ついでにこの100万も、受け取っとけ」


「……! 私の借金を、肩代わりするっていうの!? ダメよ、そんなの! 1000万もの大金なのよ!」


 ログインボーナスで1日に50億もらえる俺にとって、1000万円は大金じゃない。

 しかし一般的には、充分大金なのは確かだ。

 受け取ることに、ためらいもあるだろう。


 受け取ってもらうための、いい理由はないものか?


 ……そうだ。




「そういえば一ノ瀬。お前には、掃除当番を代わってもらったことがあったな」


「……え? ああ、そういえばそんなこともあったね。あんた、バイトで忙しそうだったから」


「当時、とても助かっていたよ。だからこの1000万は、その対価だ」


「……バッカじゃないの! 掃除代わったぐらいで、1000万円になるわけないじゃない! ……っていうか合計で、1100万だし」


「あれからもう20年経った。利息だよ、利息」


「あんた、やっぱりバカだよ。でもあんたのそういうところが、私は昔っから……」


 一ノ瀬が何か言いかけていたのに、のりタン先生がパンパンと手を叩いて遮ってしまった。


「は~い。借金取りのみなさんは、撤収してくださ~い。同窓会の方も~、そろそろ終わりの時間じゃないですか~? いまお開きにすれば、会費は全部ウチの旦那様持ちにしますよぉ~」




 のりタン先生、勝手に決めないでください。

 ゆめから、悪影響を受けているみたいだな。

 まあ同窓会での飲み食いなんて、1クラス分でも大したがくにはならないけど。




 お会計はクレジットカード払いで、素早く済ませることにした。




「金生、その虹色に光るクレジットカードはなんなの?」


「女神様がくれた、世界にひとつだけのカードさ」




 ミスリルカード。


 レベルアップでログインボーナスが50億円に達したとき、女神アメジスト様から送付されてきたクレジットカードだ。


 利用限度額は――なんと制限なし。


 材質は何なのか、よく分からない。

 重量はパラジウムカードより、圧倒的に軽い。

 だが、恐ろしく硬い物質でできているようだ。




 店の外に出ると、ロールスロイスのファントムエイトが待っていた。


 かたわらにはアレクセイと夢花が立ち、出迎えてくれる。




「旦那様。お迎えに上がりました」


 アレクセイは紳士の礼ボウ&スクレーブ

 夢花は淑女の礼カーテシーを取っている。


 どうやら今夜の夢花は、おすましモードらしい。


 アレクセイ達とロールスロイスを見て、クラスメイト達は棒立ちになっていた。


 まあ、引くわな。




「執事さんとメイドさんが、ロールスロイスで迎えに来るなんて……。金生。あんた、遠い世界の住民になっちゃったんだね……」


「いや。この居酒屋から、そう遠くないところに住んでるぞ?」


「そういう物理的な距離の話じゃないっての! ……ねえ、金生。ちょっと」




 一ノ瀬が人差し指をクイクイ動かして、俺を呼ぶ。


 何か耳打ちする気か?


 俺は顔を近づけた。




「何だ? 一ノ瀬」




 不意打ちだった。


 一ノ瀬は俺の頬に両手を添え、唇を押し付けてきたんだ。




 『あ゛~っ!!』という、夢花とのりタン先生の叫び声が聞こえた。




「……っぷはぁっ! どうよ? 私みたいな美女のキスなら、1000万円ぐらいの価値があるってもんでしょ」


「自分で美女って言うなよ。……美女だとは思うけどな」


「ふふっ、ありがと。そしてこれは、別れのキスよ。……さよなら、金生。あんたのこと、好きだったよ」


「一ノ瀬、俺は……」


「いいから、もう行きな」




 一ノ瀬から、背中を突き飛ばされる。


 よろめいた俺を、夢花とのりタン先生が両側から拘束した。

 そのまま後部座席へと乗せられてしまう。

 

 アレクセイの運転で、車はなめらかに発進した。




「くう~、油断しました~。あの女、金生さんに気がありそうだと警戒していたのに~」


「ご主人様のファーストキスが奪われちゃったわ。どっちが奪うか、のりタン先生と勝負していたのに……。ポッと出の女に奪われるなんて……」


 俺の両脇で、メイド2人が悔しがっている。




「なんで2人とも、あれがファーストキスだと決めつけてるんだ?」


『え!?』


 俺は今年でもう、38だぞ?

 キスぐらい何度も経験がある。




「ふ……ファーストキスは、奪えませんでしたか……。ならばせめて、金生さんの童貞はわたしが……」


「童貞でもありませんが」


 何を言わせるんだ、この先生は。

 しかし、ここは男として否定しておかねば。


『え!?』


 また夢花と先生の驚く声がシンクロする。

 息ピッタリだな。




「そんな……。あたしや先生になかなか手を出さないのは、ヘタレ童貞だからだと思っていたのに……」


「夢花。あんまり失礼なこと言うと、減給するぞ? それに2人とも、いつまで俺の腕にしがみついているつもりなんだ?」


「手を離すと~、さっきの女みたいなのに攫われます~」






 運転手のアレクセイに、助けを求めようと思った。


 そしたら彼はスイッチを入れ、運転席と後部座席の仕切りガラスを変色させて見えなくしてしまったんだ。


 ロールスロイス社め、余計なプライバシー機能を。







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