第34話 ヒャッハー! リターンズ

 その日、俺は高校の同窓会へとやってきていた。




 会いたいと思う人物がいたからだ。


 だが、会場の居酒屋に来てがっかりした。

 お目当ての人物は、欠席だったんだ。


 こうなるともう、同窓会に来た意味はほとんどない。

 高校時代の俺は部活にも入らず、バイト漬けの日々だったからな。

 クラスメイト達とは、かかわりが薄かった。




 隅っこの席でチビチビ飲んでいると、同級生らしき男が話しかけてきた。

 らしきというのも、俺はこいつのことをよく憶えていない。

 クラスメイト(仮)と呼ぶことにしよう。


「お~い、かなおい~。お前いま、仕事なにやってるんだ~? 前にハローワークへ入っていくところを見たぞ~? まだ無職なのか~?」


「まあ、会社員ではないな」


「情けない奴だな。真っ当に生きていないから、そうなるんだよ。俺なんか、一部上場企業に勤めてるんだぜ」


 結局こいつは、それを自慢したいがために無職っぽい俺に話しかけてきたんだな。


 周囲の同級生達から、「お~っ!」という歓声が上がる。

 狙い通りにいって、よかったな。




 無職が嫌で社長になった俺だが、いざなってみると周囲に言い出しにくい。


 俺達の世代にとっては、YouTuber事務所の社長なんてどんな商売か想像もつかないだろう。

 胡散臭い奴と思われてしまうかもしれない。


 のりタン先生ぐらいの若い世代になら、理解もあるから堂々と言えるんだが……。




「金生、あんた無職なの?」


 クラスメイト(仮)が行ってしまった後、隣の席に女性が座ってきた。


 この歳になっても、まだギャルっぽい服装とメイク。

 だが若々しいので、それがまた似合っている。


いちか……。いや、無職じゃないんだが……」


「え~? だったら『無職じゃねえ』って、言い返してやればよかったのに」


「なんかそういうの、めんどくさくってな」


「あんた相変わらず、変わってるねえ」


 変わってるのは、一ノ瀬の方だと思う。


 こいつは高校時代も明るく、面白い奴だった。

 美人だし、クラス内では人気もあった。


 なのにやたらと構ってくる奴だったな。

 クラス内では存在感ゼロだった、この俺に。


 今もこうして、話しかけに来てくれる。




「あんたいま私のこと、『一ノ瀬』って呼んだよね? 3ケ月前までは、苗字違ったんだよ」


「えっ? それはつまり……」


「結婚していたんだけど、旦那に逃げられてね。借金作って、トンズラしやがったんだ」


「それは……、大変だったな。何か俺に、手助けできることはあるか?」


「そんじゃ、私と結婚してよ」


 酒が気管支に入って、むせてしまった。




「お前な……。変な冗談言うなよ」


「あはははっ! 焦った? おっかしー! ……わかってるよ。あんたは私なんて相手にしない。まだ好きなんでしょ? ゆきのことが」


 唐突に出た名前に、胸の奥がツンと痛んだ。


「美雪はクラスナンバーワンの美人だったもんね。そんな美雪と付き合ってたあんたに、クラスの男子どもはめちゃめちゃ嫉妬してたんだよ。さっきのあいつもそうさ。だからわざわざ、『一部上場企業で働いてるんだぞ~』なんてマウント取りにきたのさ」


「……俺はそんなに、嫉妬を集めていたのか?」


「呆れた~。全然自覚していなかったの? ……すごく仲良さそうなカップルだったのに、他の男と結婚しちゃうなんてね。お相手は確か、プロのレーサーだっけ? 美雪もけっこう冷たいよね」


「仕方ないさ。俺が不甲斐なかったんだ。捨てられても、文句は言えない」


「相変わらず、自己評価低い奴~。……捨てられた者同士、やっぱり結婚しようか?」




 冗談めかしていたさっきと違い、瞳をうるませて言う一ノ瀬。

 不覚にも、ちょっとドキッとしてしまった。




「……なんてね。いまの私に、結婚なんて無理だよ。相手の男に、迷惑かけちゃうもん。1000万も、借金があったらね……」


「1000万……か……」


 あることを思いつき、俺はスマホをいじった。


 送信……っと。




 しばらく一ノ瀬と、高校時代の思い出を話していた。


 すると居酒屋の入り口で、悲鳴が上がる。


 突然、変な連中が乱入してきたんだ。

 絵に描いたような、チンピラ達だった。




「ヒャッハー! 楽しそうだなぁ! 一ノ瀬ちゃんよぉ!」




 ……あれ?

 なんだかこの声、聞き覚えがあるぞ?


 チンピラチームのリーダーは、遠藤親子の借金を取り立ててたあのチンピラだった。




「ちょっと! なんで同窓会にまで、取り立てに来ているのよ! みんなの迷惑になるでしょ!」


「迷惑になるのは、てめえが借金返さねえからだろうが。あーあ、楽しい同窓会を邪魔されて可哀想によぉ。みなさーん。こいつ、借りた金を返さない最低女ですよー♪」


 このチンピラ、相変わらずゲスい奴だな。


 周りのクラスメイト達も冷たい。

 学生時代は一ノ瀬と親しげにしていた連中も、遠巻きにしている。

 友情なんて、こんなもんか。




「一ノ瀬ちゃんよ。同窓会なんかにくる余裕があるなら、1円でも借金を返せよ。参加費ぐらいは、用意してきたんだろぉ? それを俺らに渡して、返済しろや」


「なっ! そんなことをしたら、会費を払えなくなるでしょ!」


「そんなの知るかよぉ! 金を返さねえ、お前が全部悪いんだ! ヒャッハッハッ! ……モガッ!」




 チンピラは、口から札束を生やした。


 俺がぶん投げたものだ。




「うげっ! 誰だ!? 俺に変なものを食わせた奴は!? ……ってこれは! 札束だとおっ!?」


「リアクションが、以前と同じじゃないか。成長してないんだな」


「ゲッ! 札束投げの旦那!」


 どうやら向こうも、俺のことを憶えていたみたいだな。




「あ……あの……。ひょっとして今回も遠藤親子の時みたいに、旦那が一ノ瀬の借金を全額返済してくれたりなんかは……」


「そうしようと思ったんだがな。あいにく今日は、お前の口に捻じ込んだ100万しか持ち合わせていない」


『100万!?』


 周囲のクラスメイト達が、驚きの声を上げた。


 しまった。

 また金銭感覚のおかしい発言だったか。




「へへっ、旦那ぁ。これだけじゃ足りませんぜ。まあ今夜100万円返してもらえるなら、残りの900万は後日でもいいんですがね」


「いや、残りは後日だなんて面倒だ。……ちょっと待ってろ」




 「ちょっと待ってろ」といったものの、あんまり時間はかからなかった。


 居酒屋の扉が開き、見知った女性が入ってくる。






「お待たせしました~。金生さ~ん。いえ、旦那様~」


 見知った女性だったんだが、恰好が予想外だった。

 メイド服だ。


 のりタン先生、最近なんでメイド服ばっかりなんだ?

 本業が弁護士だってこと、忘れられるぞ?


 それに俺が呼びだしたのは、執事のアレクセイだったはずなんだが……。





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