第32話 セクハラオークを討伐せよ

 サーキットへ着くなり、ゆめはバッグを持ってトイレへと駆けこんだ。




 そして戻ってきた時の姿に、俺は驚かされた。




「夢花、その衣装は……」


「えへへへ……。サーキットと言えば、やっぱりコレでしょう」


 高いヒール。

 ピッチリとした未来的なデザインのミニスカート。

 サーキットパラソルを差してクルクル回転させる姿は、まごうことなきレースクィーンだった。


「お前な……。しろたぶみたいなのから目を付けられているのに、そんな過激な格好したら危険だぞ?」


「だって……。ご主人様、好きでしょ? レースクィーン」


 あっ、こいつ。

 俺がレースクィーンマニアだと思っているな?


 こないだコンセプトカフェのコスプレオプションで、キャストさんにレースクィーンの衣装を着せたから。


「コンカフェでのことを言っているなら、違うぞ。知り合いがレースクィーンやってたから、懐かしくてリクエストしただけだ」


「知り合い? 誰よそれ? あたしやのりタン先生以外に、女がいたの?」


 そんなに詰め寄るな。

 胸が当たっている。


「面白くないわ。その女とあたし、どっちがレースクィーンコス似合ってる?」


「それは……」




 返答に困っていると、自称政財界のフィクサーじい様がそばにやってきた。


「ふぉーっ! いいのう! いいのう! レースクィーン夢花ちゃん、最高じゃ! 撮影させてくれい!」


 衣装を絶賛しながら、フィクサーじい様はデジタルカメラのフラッシュを浴びせまくる。

 気をよくした夢花は、ポーズを決めながら撮影に応じた。


かなおい君、もっと嬉しそうな顔をせんか! こんなに可愛いレースクィーンをはべらせるなんて、一流プロレーサーでもなかなか機会がないことじゃぞ」


「そうよご主人様。それとももっと密着しないと、満足できないの?」


「2人とも、勘弁してくれよ……」




 俺が戸惑っていると、場内放送が流れた。




『「スーパーカーグランドツーリング」にご参加の金生じゅんいち様。金生潤一様。お連れ様がお待ちです。ドライバーズサロンまでお越しください』


 夢花と顔を見合わせる。

 このサーキットへは、2人だけで来たはずだ。




「ご主人様。お連れ様って……誰?」


「いや、心当たりは……。あっ」


 ひょっとしたら、昔の仲間達の誰かが来ているのかも?

 あいつらまだ、ここに出入りしているのか?




「夢花。俺はちょっと、ドライバーズサロンに行ってくる。白椨に絡まれないよう、じい様の近くにいるんだぞ」


「うん。わかった。ご主人様も気を付けて」


「可愛い女の子を、じじいに長時間任せるでないぞ。早く戻ってくるのじゃ」




 昔の仲間達に会えるかもしれない。

 そう思うと、期待に胸が膨らむ。


 俺は軽い足取りで、ドライバーズサロンへと向かった。





■□■□■□■□■□■□■□■□■





 ドライバーズサロンには、ミーティングルームやレストランがある。


 だがその中のどこを探しても、俺の知り合いは見つからなかった。




「おかしいな……? いたずらか?」


 なんだか嫌な予感がする。


 俺は早足で、夢花の元へと戻った。

 ピット裏にある、パドックと呼ばれる広場だ。

 そこに今回のイベント参加車両が駐車している。




 俺のポルシェ911近くで、夢花とフィクサーじい様がもめていた。


 夢花の奴はもうレースクィーン衣装じゃなく、私服のジーンズ姿に着替えている。

 そしてなぜか、いつもバイクに乗る時に被るヘルメットを抱えていた。




「やめるんじゃ! 夢花ちゃん! まだ運転免許も持っておらぬのじゃろう!」


「おじいさん離して! あの白ブタに、目にもの見せてやるんだから!」


 どうやら運転席に乗り込もうとする夢花を、じい様が止めてくれているようだ。




「夢花。じい様。俺がいない間に、一体なにがあったんだ?」


「あっ、ご主人様。実は……」


「すまん金生君。ワシが油断したせいじゃ」


「ううん、おじいさんは何も悪くないわ。『トイレの入り口で待たれると落ち着かないから、ついて来ないで』って言ったの、あたしだもん」




 夢花は着替えのために、再びトイレに向かったらしい。


 そして出てきたところを、白椨に待ち伏せされていた。




「後ろから抱きつかれて、首筋を舐められて……。胸を……触られた……。怖かった……」


「すまん、夢花。俺があんな放送に釣られていなければ……」


「ううん、仕方ないわ。あれが白ブタの罠だなんて、誰も思わないもの。あの野郎! あたしが怒って振りほどいたら、『代金だ』なんて言いながらコレを放り投げやがったの」


 夢花の手には、百万円ほどの札束が握られていた。


「あいつのブガッティ・シロンに追いついて、フロントガラスにこの札束を叩きつけてやる!」


「……わかった。白椨のシロンは、コースに入ったんだな?」


 すでにサーキット走行会は開始されている。

 参加希望者達は自分の車に乗り込んで、コースに入り始めていた。




「じい様、ヘルメットを貸してください。今日は走らないつもりだったんで、持ってきてないんです」


「金生君、何をする気じゃ? 白椨君への制裁なら、ワシが裏から手を回すが」


 どうやらじい様は、本当に権力者らしい。

 白椨も富豪っぽいのに、それを制裁とは。


 だけど……。




「いえ、大丈夫です。俺がカタをつけます」




 ヘルメットを借りてかぶった俺は、911GT3RSの運転席へと滑り込む。


 センターコンソールにあるタッチパネルを操作。

 通常走行ノーマルモードからサーキットトラックモードへ切り替える。


 水平対向6気筒エンジンは、普段より狂暴なほうこうを上げ始めた。




「ちょっとご主人様、何をする気?」


 助手席に、夢花が乗り込んできた。


「何って白ブタ討伐さ」


「……あたしもさっきはカッとなって追いかけようとしたけどさ、冷静に考えると無理よ。相手は400km/h以上出るブガッティ・シロンよ? 296km/hしか出ない、このポルシェじゃ……」


「まあ見ていろ」




 ピットレーンを通り、サーキットのコース内へ。


 速度制限区間が終わったのでフル加速する。


 さすが2輪駆動最強の蹴り出しトラクション性能を誇るポルシェ911。

 タイヤは全然空転しない。

 500馬力オーバーのパワーを、無駄なく路面に伝える。




「凄い……速い……。まるで風みたい……」


 ひらひらとコーナーを曲がる911に、夢花が呆然とつぶやく。


 バイクで超人じみた運転をするこいつでも、驚いたようだな。

 2輪と比べると、4輪の曲がるスピードは圧倒的に速い。




「さすがポルシェ911GT3RSだよな」


「車の方じゃなくて! ……ご主人様、なんでこんなに上手いの? サーキットとか、興味なさそうだったのに」


「……話はあとだ。ほら、白椨のブガッティ・シロンが見えたぞ」




 前方にモンスターマシンがいた。

 クールダウンでゆっくり流している。






「さあ、覚悟しろよ。セクハラオーク野郎」

 




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