第31話 車両価格3億円オーバー! ただし乗り手はマイナス4億円!

かなおいくん、金生君。エンジンかけてみてくれんかの?」




 政財界のフィクサーを自称するじい様にせがまれて、俺は911GT3RSのエンジンに火を入れた。


 軽く空吹かししてやると、水平対向6気筒エンジンが乾いたほうこうを上げる。




「くっはぁ~! いい音じゃのう! やっぱりスーパーカーは自然吸気NAじゃよ、NA! ターボだと、この音は出なくてのう。羨ましい限りじゃ」


 フィクサーじい様は羨ましがっているが、この人もマクラーレン・セナというバカ高いスーパーカーに乗ってきている。


 本当に政財界のフィクサーなのかは怪しい。

 だが俺よりずっと年上で、財産や社会的地位もある方なのは確かなようだ。

 それなのに目を輝かせて車を見る様は、まるでピュアな少年みたいだ。




「うふふふ……、凄いわご主人様。おじいさんのマクラーレン・セナ。発売当時のレートで、1億2000万円もしたんですって」


 ……それに比べてウチのメイドは、ピュアさの欠片もない。

 スーパーカーを見ても、価格の話ばっかりだ。


 ゆめめ。

 唇の端から、ちょっとヨダレが垂れているぞ?




 俺はツーリング出発前から、けっこう楽しんでいた。

 みんなが俺の911GT3RSを、ひと目見ようとやってくる。


 特にポルシェオーナー達からの視線が熱い。




 夢花の奴も、それなりに楽しんでいるようだ。


 ビデオカメラで撮影しながら、メガディーラーの駐車場内をうろうろしている。


 イベント参加者達は、撮影されるのを嫌がらない。

 それどころか、「自慢の愛車を撮ってくれ」と夢花にアピールしている。

 動画を投稿サイトにアップロードすることについても、快く承諾してくれた。

 チャンネル登録をして、配信を待ってくれるそうだ。


 よし。これでまた、再生回数を稼げるぞ。




 和気あいあいとした会場だったが、突然皆が静かになった。


 遠くから、爆音が聞こえてきたからだ。


 腹に響く、ターボエンジンサウンド。

 かなり飛ばしている。




 隣に居たフィクサーじい様が、顔をしかめた。


しろたぶ君、今回も参加するのか……。彼はマナーが悪いから、できればご遠慮いただきたかったんじゃがのう。……まったく。朝から市街地でエンジンをぶん回すなんて、近所迷惑じゃよ。飛ばすのも危険じゃし。スーパーカー乗りの面汚しめ」


 どうやらこの爆音マシンのオーナーは、悪い意味で有名人みたいだ。

 会場の至るところから、溜息や舌打ちが聞こえる。




 やがてメガディーラーの駐車場に、白いスーパーカーが入ってきた。

 歩行者を蹴散らすような勢い。

 乱暴な運転だな。




「世界に500台しかないと聞いていたが……。九州にも、オーナーがいたとはな」




 入場してきたのは、スーパーカー中のスーパーカー。

 車両価格3億円オーバー。

 最高速度は400km/hオーバーというモンスターマシン。


 ブガッティ・シロンだ。




 ちらりと夢花を見やる。


 3億円もする車なんて、高額マシン大好きメイドにはたまらないだろう。


 ところが夢花は、冷めた目でシロンと降りてきたドライバーを見ていた。




「3億円オーバーの超高級スーパーカーでも、乗ってる人がひどいと台無しね。見た目がブタみたいだから、マイナス2億円。運転も思いやりがなくてへったくそだから、マイナス2億円。トータルでマイナス1億円ってところかな」


 夢花よ。他人をブタとか言うもんじゃない。

 確かに似てはいるが……。


 ブタの方が純粋そうで可愛い表情だと、俺は思う。


 仮免練習中の女子高生から運転へったくそなんて言われたら、シロンのオーナーは立ち直れないかもしれない。


 まあ実際、夢花って4輪も運転上手いんだよな。

 718スパイダーで、仮免練習をやったことがあるんだ。

 交通法規や安全確認は完璧だし、手足みたいに車を走らせる。


 シロンのオーナーより、確実にセンスは上だな。




「……ふごっ。可愛い子が、いるねぇ」


 白椨とかいうシロンのオーナーは、ねっとりとした視線を夢花に向けてきた。

 明らかに、胸を見ている。


 瞬間移動みたいなスピードで、夢花は俺の背中に隠れた。




「ふごっ。そんなに照れなくてもいいのにぃ。恥ずかしがり屋さんだなぁ」


 自意識過剰な発言をしながら、白椨は舌なめずりをした。


 俺のシャツを掴む、夢花の握力が強くなる。


(ご主人様、あいつ無理。キモ過ぎる)


 心底嫌そうな小声でささやいてきた。


 わかるぞ。

 男の俺でも、鳥肌が立ちそうだ。


 いきなり女の子の胸をジロジロ見るなんて、失礼だろう。

 運転の乱暴さから見て、性格も悪いのは間違いない。


 結論。

 こいつは夢花に近づけてはいけない。




「夢花。もう車に乗っておけ」


「……うん」


 俺は夢花を、GT3RSの助手席に押し込んだ。


「女神アメジスト様。夢花を守ってくださいよ」


 女神様の髪と同じ、紫色をした車体に祈る。




「皆様。本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。『スーパーカーグランドツーリング』も、今年で第3回を迎え……」


 メガディーラーの店長さんが、マイクを使って開会の挨拶を始めた。


 その間も白椨は、いやらしい目で夢花をガン見している。


 くそ……。

 やっぱり参加するんじゃなかった。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 開会式後。


 俺達は車に乗り、ツーリングへと出発した。


 一般車に迷惑をかけないよう、スーパーカーの群れは一列に隊列を組んでバイパス道路を走る。




「うげえ、ご主人様。白ブタが来た!」


「白ブタじゃなくて、しろたぶな」


 一列で走るようにと開会式で言われていたのに、白椨は俺達と並走していた。


 俺達のポルシェ911が左側の走行車線。

 白椨のブガッティ・シロンは右側の追い越し車線だ。




「もうやだぁ。あたしに手を振ってる」


「目を合わせないようにしておけ」


 幸い俺のポルシェは、日本向けの右ハンドル仕様。

 夢花が乗っている左側の助手席は、白椨から見て遠い。



 しばらく並走した後、ブガッティ・シロンは突然急加速をした。


 1500馬力を炸裂させて、小さくなってゆく。


 明らかなスピード違反だ。




「なにあれ? 『みんなでゆっくり楽しくツーリングしましょう』っていう、イベントの主旨ドン無視じゃない」


「本人は、カッコいいつもりなんだろうな」


「ダッサ! アクセル踏んでスピード出すだけなら、猿でもできるわよ!」


「同感だな。仮免練習中である夢花の方が、よくわかっている」


「あーもう! 腹立つ! 鳥肌も立っちゃったわ」


「イベントを棄権して、もう帰るか?」


「うーん、それはちょっと……。イベントの終点、サーキットに行ってみたいな」


「そんなに大した場所じゃないぞ」


「え? ご主人様は、行ったことあるの?」


「昔、ちょっとだけな」






 俺は車を走らせ続ける。


 その後も何度か白椨のシロンが並走してきたが、存在を無視し続けた。





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