第28話 踊るくまさんパンツ

 川原がわらとコンカフェで飲んだ翌朝、俺は屋敷の書斎にいた。


 執務用の机に着き、口の前で指を組む。




 正面に立っているのは、夢花とのりタン先生だ。

 なぜか今日も、のりタン先生はメイド服を着ている。


「いくらなんでも、2人でアレクセイを縛り上げたのはやりすぎでしょう。彼は何も悪くない。俺が仕事の接待をしている可能性もあるから、邪魔しないように止めたと聞きましたよ」


 低い声でそう告げると、夢花も先生もシュンとなった。


 今日はアレクセイに、仕事を休んでもらっている。

 昨夜先生から顔面に催涙スプレーをかけられたそうなので、念のためだ。

 まあそういうアイテムでも使わないと、アレクセイを拘束するのは無理だからな。

 ウチの執事は戦闘力チートだ。




「それと夢花。お前はまだ、高校生だ。夜の街に来ていいわけないだろ? 補導されるぞ?」


「だって……。ご主人様がニセモノメイド達とイチャコラしていると思うと、ムカついて……」


「先生も先生です。夢花を止めるどころか、連れて来るなんて」


「ごめんなさ~い。責任は、わたしにあります~。夢花ちゃんを、叱らないであげてください~」


 ふむ。

 2人とも反省しているようだし、そんなにお説教しなくても充分だろう。


 そう思っていたのに、先生が妙なことを言い出した。




「ここは年上のわたしが~、夢花ちゃんの分も罰を受けるべきです~」


 ……罰って何だ?

 減俸とかか?


 そこまでやるつもりはないぞ?




「のりタン先生……そんな……あたしの代わりに……」


「いいんです~、夢花ちゃん。今回の件は、わたしが悪いんです~。かなおいさんが過激なコンセプトカフェに入ったと、教えたのもわたしですし~」


 2人で手を握り合いながら盛り上がっているが、別に罰とか与えないからな?




「覚悟はできました~」




 のりタン先生が、椅子に座っている俺のすぐ隣まで歩いてくる。


 そして背を向けた。




「さあ、思いっきりやっちゃってください~」




 何を思ったのか先生はメイド服のロングスカートを捲り上げ、お尻を突き出した。

 パンツにバックプリントされた、くまさんと目が合う。


「ちょっと先生、何やってるんですか」


「お仕置きを受けるポーズです~。金生さんは~、メイドさんのお尻を乗馬鞭で叩くのが好きな変態だと聞きました~」


 可愛らしいお尻を、フリフリと振る先生。

 くまさんが踊る。


 ……っておい!

 何だそのデマは?




「夢花。先生に、変なことを吹き込んでくれたようだな」


 ねつぞうメイドは口笛を吹きながら、明後日の方向を見ていた。


 くそう。

 こいつの尻こそ、後でシバく。




「金生さ~ん。叩かないんですか~? 恥ずかしいので、早く済ませて欲しいんですけど~」


「叩きませんよ? ついでに言うと、俺にそんな趣味はないです」


 俺の言葉を聞いて、先生はやっとスカートを戻してくれた。




「夢花ちゃ~ん? 聞いていた話と、違うんですけど~?」


「おかしいわね。あたしのお尻は、嬉々として叩いたのに」


 なんかもう、反論する気力もない。




「金生さんが変態でないのなら~、作戦を変えないと~。普通にお色気で勝負です~」


「なら、あたしの圧勝ね。小学生体型な先生に、勝ち目はないわ」


 先生が夢花に飛びかかった。


「痛い! 痛い! もげる!」


 やるな先生。

 怪力夢花の手が届かないよう、背中にしがみついている。


 その状態から、夢花の胸をギリギリとわしづかみにしているんだ。


「ごめんなさい! ごめんなさい! もう先生のことを、ぺったんこだの小学生だの言いませーん!」


「ふっ。おごれる巨乳も久しからずです~」


 先生の勝利宣言と同時に、夢花が床に崩れ落ちる。

 確かに最近の夢花は、平家もかくやという勢いで乳マウントを取りまくっていたからな。


 滅亡は必然か。




「勝者であるのりタン先生に、ちょっと相談があるのですが」


「何ですか~? 結婚式の日取りですか~? わたしと金生さんの~」


「いえ、そうではなくて」


 咳払いをひとつ入れて、俺は表情を引き締めた。




「欲しい会社があるんです」


「金生さんの財力なら~、大抵の上場企業は思うがままに買収できるでしょう~」


 誰でも株式を売買できる上場企業なら、話は簡単だ。

 お金に物を言わせて、株を買いまくればいい。

 会社は株主のものだからな。


 だが今回は、その手が使えない。


「それが……、上場企業じゃないんです。株式も非公開になっていまして」


「ほえ~。なんという名前の会社ですか~?」


ついほう技研という会社なんですけど……」


「ああ~。そういうことですか~。さすが金生さんです~。五里川原さんを~、助けるんですね~」


 槌鳳技研は、かつて俺が派遣社員として働いていた場所。

 いまも五里川原が働き続けている工場。

 そしてさわの野郎が、正社員として居座っている会社でもある。


 俺が大株主になれば、経営にも口を出せる。

 美沢の好き勝手には、させないんだが……。




「非公開会社の株式って、買えないんですよね」


 非公開会社はようするに、俺みたいな投資家が来るのを拒んでいるんだ。

 経営に、口を出されたくない。


 だから乗っ取られないよう、株式を非公開にしている。

 株式を所有しているのは会社内で働いている重役だったり、創業者の親族だったり、OBだったり。


 そういう人達から買おうとしても、譲渡制限というのがかかっている。

 会社に無断で、売り買いできないようになっているんだ。




「買えますよ~」


「そうですよね。やっぱり買えますよね。……え?」


 思いがけない発言を聞いて、先生を見た。


 彼女はダークブラウンの三つ編みをほどいて、眼鏡を外す。

 すると一気に大人びて、妖艶な雰囲気になった。

 小柄な体格とはアンバランスなオーラが出ていて、実に背徳的だ。


「どうです~? お色気出てます~?」


「それはもう、ものすごく……じゃなかった。先生、今の話は本当ですか? 非公開会社でも、株式を買えるっていう」


「本当ですよ~。莫大なお金と、手間がかかりますけど~」


「お金には、糸目をつけません」


「そう言うと思いました~。手間の方は~、わたしに任せてください~。弁護士としての~、腕の見せどころです~」




 背後に立ち、のりタン先生は首に腕を回してくる。


 妖艶オーラに当てられて、動くことができない。






「はいはい! そこまでよ先生! 弁護士としての仕事に取り掛かりましょうね!」


 復活した夢花が止めてくれて、本当によかったと思う。





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