第29話 女性に宝石を贈る楽しみを、旦那様から取り上げることはできません

「あ? かなおいじゃないか。どうしてお前が、こんなところにいるんだよ? スーツなんて着込んでよ」




 ついほう技研の工場内を視察していた俺の背中に、嫌な声が聞こえてきた。




さわか……。工場内を、見て回っていただけだよ」


「見学者プレート付けてるとこ見ると、ちゃんと許可を得て工場に入っているみてえだな。ははーん、わかったぞ? この会社に、就職したいんだな? それで入社試験前に、工場を見学してるんだな?」


 全然違う。

 なのに美沢は、自分の推理が当たってると信じて疑わない。


「無理してポルシェなんか買ったから、金がなくなったんだろ? それで慌てて職探してるんだな? ……馬鹿じゃねえの? 歳もいってるし、派遣社員としてもクビになったお前がウチの会社に入れるわけねーだろ? ちっとは考えろや」


 お前こそちっとは考えろ。

 槌鳳技研は今、求人募集なんてしていない。

 俺が入社希望の見学者なわけないだろ?


 それに金に困っている人間が、フランチェスコ・スマルトのスーツなんて着れるか。




「まあ、俺が上層部に口添えしてやってもいいぜ? こないだの婚約者ちゃんには、まだ捨てられてねえんだろ? あの子を一晩貸してくれたら……」


 美沢はそこで、台詞を止めた。

 前方から上司達が、早足にやってきたからだ。

 社長、工場長、課長……。

 みんな血相を変えている。


 来てくれてよかった。

 もうちょっとで、美沢をブン殴ってしまうところだったからな。

 



「み……美沢君! 何をやっているんだ!?」


「はい。以前クビになった金生が工場内をうろついていて迷惑だったので、追い出そうとしていたところです」


「馬鹿を言うな! 金生氏は、我が社の大株主……。持株比率100%のオーナーだぞ!」


「ははは。社長、何を。ウチは株式を勝手に売り買いできない、非公開会社じゃないですか。いくら金を持っていようと、株を買い占めるなんて……」


「勝手にじゃない。株主総会で承認された。既存株全てを、金生オーナーが買い取ることが」


「……は?」




 種を明かせば簡単だ。

 シンプルに、お金でゴリ押ししたに過ぎない。


 まずは元の値段から100倍の価格で、既存株主達に株を譲ってくれと交渉する。


 さすがにその値段になると、みんな売りたがる。

 だから会社に、「売らせてくれと」請求する。


 すると臨時株主総会が開かれるが、ここで俺への譲渡にストップがかかるはずだった。

 でないと俺に、会社を乗っ取られるからな。


 ところがのりタン先生は、これを承認させた。

 株を法外な値段で売ってくれと頼むと同時に、株主達の委任状も取り付けたんだ。


 株主達の代理人として総会に出席したのりタン先生の前で、俺への株式譲渡が決定した。


 大半の株をかき集める気でいたが、まさか100%集まるとは思わなかった。

 株を保有していた社長や部長達も、快く手放してくれた。

 会社は思い通りにできなくなるが、売り飛ばした方が圧倒的に美味しいとの判断だろう。


 やっぱりお金って怖い。




「金生……。おま……お前……」


「オーナーを、『お前』呼びするんじゃない!」


 社長に一喝されて、美沢は飛び上がった。


 大株主である俺は、取締役の首をすげ替えることもできる。

 なので当然、社長をはじめとする取締役達は俺の顔色をうかがってくるわけで……。


 こないだまで下っ端だった俺に、ヘコヘコするのはどんな気分なんだろうか?




 俺は美沢を放置して、社長と共に工場の廊下を歩き始めた。




「社長。例の件、考えておいて下さいよ」


「ええ、もちろん! 迅速に対応します!」


 例の件とは、人事に関すること。

 川原がわらの正社員登用だ。


 とりかいのじい様、うしやまママ、インテリわたりに関しても、本人が希望すれば戻ってこられるように取り図っている。


 派遣ではなく、正社員として。


 鳥飼のじい様や牛山ママは、バイトとしての再雇用やパートの方が働きやすいかもな。




 そして美沢なんだが……。


 別に降格させようだとかクビにしようだとか、そんなことは考えていない。


 しかし、新たに設立されるポジションに据えられる予定だ。

 かつて俺がこなしていた、派遣やパートのまとめ役。

 それを正社員のあいつにやらせる。


 派遣やパートの人達から人望を得られないと、評価が下がる仕組みにしておいた。


 あいつのことだから、嫌われて評価を落すだろうな。




 工場内を歩いていると、仕事中の五里川原を発見した。


 ひたいに汗を浮かべているが、どことなく楽しそうだ。


 やっぱりあいつには、ここの仕事が合っているな。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 5月初頭。


 カラっと晴れた空の下、俺達は屋敷の庭でバーベキューパーティーを開いていた。




「か……金生さん! なんスか!? この美味そうなステーキは!?」


「五里川原。これがシャトーブリアンってやつだ」


「あの150gで軽く1万円を超えるっていう!? それをこんなに分厚く切るなんて……」


「ほら。海鮮類はもう、焼き上がってるぞ。食えよ」


「うほおーっ! 伊勢海老ヤバいっス! プリプリっス!」




 招待したのは、五里川原だけじゃない。


 鳥飼のじい様や牛山ママとその家族、猿渡とその彼女。

 他にも派遣社員時代の同僚たちは、ひと通り呼んである。




「へえー。ご主人様って、本当にお友達がけっこういたのね」


 給仕の合間にやってきたゆめが、しみじみとつぶやく。


 そういやコイツ、俺のことをぼっち好きだと思い込んでいやがったな。

 屋敷に引っ越してきた時、そういう話をした。


「屋敷に越してきた時に言っていた『仲間』なら、また別にいるぞ」


「ふう~ん。じゃあその人達も、屋敷に招待しなきゃね」


「……そうだな」


 『仲間』達とは、ずいぶん長いこと連絡を取っていない。

 もう俺のことなんて忘れてるかな?


 いや。

 ずっと憎まれているかもな。




「夢花。そういえばお前、あした誕生日だよな?」


「そうよ。プレゼントに、フェラーリ買ってくれる気になった? ……もちろんあれ、冗談だけどね。ご主人様が乗ってみたいなら、ついでにって思って……」


「フェラーリは売り切れだ。これで我慢してくれ」


「えっ? ネックレス? やだ! これってフェラーリより高いんじゃ……。さすがに受け取れないわ。お父さんに、怒られちゃう」


「アレクセイは了承済みだ。『女性に宝石を贈る楽しみを、旦那様から取り上げることはできません』だとさ」


「お父さんは、お母さんに大喜びでみついでたからなぁ……。えっと……それじゃ、頂いちゃうわ」


「さっそく着けるか?」


「……うん。お願いします」




 俺は夢花の首に、「ドリームフラワー」を着けた。


 夢の花が二輪咲いている……。

 やっぱりよく似合うな。


 これが女性に宝石を送る楽しさか。

 いい買い物をした。




「ねえ。ご主人様は、ピンクサファイアの宝石言葉って知ってるの?」


 夢花の顔が赤い。

 バーベキューの熱でやられたか?


「もちろん知っている。『成功』だろう? お前が無事に、自動車教習所で仮免取れるようにと思ってな」


「仮免試験には、オーバー過ぎるお守りね。……ってそうじゃなくって、『成功』以外にも意味があるんだけどな。まあ、いいか」




 ストロベリーブロンドの巻き髪とネックレスをなびかせながら、夢花はクルクルとターンを決めてみせた。






「ありがとう。ご主人様」





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