第27話 僕はずっと、金生さんの下で働いていたかったっス……

 川原がわらは失神から目を覚ましたが、まだ足元がおぼつかない。




 俺はゴリラみたいな巨体を担ぎ、夜の街を歩いていた。

 後ろからはメイド服姿のゆめがついてくるので、やたらと目立つ。




「ご主人様。お友達を担ぐのは、あたしの仕事よ?」


「ダメだ。こいつはメイドマニアで女子高生マニアだから、夢花には触らせない」


かなおいさん、ひどいっス。いくら僕でも金生さんのメイドさんに、変な真似はしないっス」


 信用できないな。

 コンカフェでメイドキャストさん達相手に、鼻の下を伸ばしていた奴だ。




「ご主人様、あの角を曲がった先よ。路上駐車で違反にならないよう、車でのりタン先生が待っているわ」


「先生が? 運転してきたのは、アレクセイじゃないのか?」


「お父さんはあたしとのりタン先生を邪魔しようとしたから、ふんじばって屋敷の地下室に閉じ込めてきたの」


 ……帰ったら、詳しく事情を聞く必要がありそうだ。




 角を曲がると、のりタン先生がいた。




 ……それを取り囲む、お巡りさん達も。




「だ~か~ら~! わたしは24歳の弁護士だって、言ってるじゃないですか~。ほら~! 免許証~! 日本弁護士連合会の身分証明カード~!」


 どうやら職務質問を受けているようだ。


 そりゃ小学生みたいな女の子がメイド服着て夜の街をうろついていたら、お巡りさんは声かけるよな。


 ……なんでのりタン先生まで、メイド服なんだ?


 夢花のメイド服と若干デザインが違い、ロングスカートだ。




 さすがに日本弁護士連合会の身分証明カードは効いたようで、お巡りさん達は撤収していく。


 よかった。

 のりタン先生は成人だが、夢花は高校生だからな。


 お巡りさんに気付かれたら、補導されてしまうところだった。




「あ~、金生さ~ん……じゃなかった。お帰りなさいませ~、旦那様~」


 のりタン先生まで、淑女の礼カーテシーを決めてみせる。

 夢花と違って本職メイドじゃないから、ちょっとぎこちない。

 そこがまた、可愛らしくもあるが。




「夢花はともかく、なんでのりタン先生までメイド服なんですか?」


「コンセプトカフェのメイド達から~、金生さんを取り戻そうと思いまして~。本職メイドの方が~、イイに決まっています~」


 俺がどんな店に入ったか把握して、わざわざメイド服に着替えて出撃してきたわけか。

 ……って先生も、本職はメイドじゃないでしょう。




「ま……またメイドさんっスか? 何人雇ってるんスか? 金生さんは辞めさせられてから、どんな仕事をやってるんスか?」


「その辺は、送って行きながら車の中で説明する。乗ってくれ」


 俺は車のドアを開けた。


 夢花のせいで買わされた、ロールスロイスのファントムエイトだ。


 のりタン先生が運転手。

 夢花は助手席だ。


 静かに、ファントムⅧは発進してゆく。

 本当にエンジンがかかっているのか、疑わしいぐらいだ。




 後部座席で、俺は五里川原に名刺を渡した。


「これが今の職業だ」


「YouTuber事務所の社長!? スゲーっス! さすが金生さん!」


 騙しているようで、ちょっと罪悪感が湧く。

 今日使った金のほとんどは事業で稼いだものじゃなく、女神のログインボーナスでもらったもの。


 その辺は説明しようがないので、黙っておくが。




「いいな、メイドさん達も事務所の人達も……。金生さんのもとで働けて……。羨ましいっス」


 YouTuber事務所の方は、俺1人だけの会社なんだが……。

 ま、訂正しなくてもいいか。




「僕もずっと、金生さんの下で働いていたかったっス」


「俺はそんなに、優秀なリーダーじゃなかったろ?」


 特に役職がついていたわけじゃないが、俺は工場で派遣社員達をまとめるリーダー的な役割をしていた。


「金生さんは、いいリーダーだったっス。ていねいに仕事教えてくれたし、職場がいい雰囲気になるよう人間関係も取り持ってくれたし。そりゃ、安全衛生には厳しかったっスけど、それがまた守られてる気がしてたっス」


「買いかぶり過ぎだよ」


「買いかぶりじゃないっス。金生さんがいなくなって、派遣はどんどん辞めていったっスよ……」




 年配だったが、溶接の鬼と言われたとりかいのじい様。


 さわがコスト削減のために工場内のエアコンをこっそり止めるようになり、熱中症でダウンしてしまったらしい。


 その後、復帰は叶わなかった。




 部品の在庫管理が天才的だった、うしやまママ。


 子供が熱を出した時に帰らせて欲しいと申し出たら、美沢から罵詈雑言を浴びせられた。


 泣きながら、工場を去ったそうな。




 毎月膨大な改善提案書を提出する、インテリ青年のわたり


 だがアイディアのほとんどを、美沢が自分の案として会社に提出していたらしい。


 怒って別の派遣先へと、異動を申し出たんだとか。




「そして僕は毎日、美沢のミスを押し付けられてるっス。証拠を掴みたいのに、あいつ責任転嫁といんぺいだけは上手いっス」


「ひどいな……美沢の奴は……」


「金生さんがいる時は、好き勝手できなかったんスけどね……。あいつの派遣いびりに対して、いつも堂々と立ち向かってくれたじゃないっスか。金生さんは上層部から評価されてたから、美沢もうかつに手出しできなかったんスよ」


「えっ? 俺は評価されていたのか?」


「そうっスよ。正社員登用の話も、出ていたって聞いたっス」


 正社員登用が台無しになった話を聞いても、あまり腹は立たなかった。


 美沢にハメられたおかげで、今の生活があるんだからな。


 俺がクビになっていなかったら、夢花は借金のカタに裏の風俗店行きになっていただろう。

 そうなったらアレクセイは、立ち直れただろうか?


 のりタン先生とも出会えていない。


 あそこでクビにならなかった人生なんて、もう考えられない。


 だが……。




「正社員になった金生さんの下で、毎日思いっきり働く。鳥飼のじいさまや牛山ママ、猿渡も一緒に。いつかそんな日がくるんじゃないかと、僕は夢見ていたんス」


 五里川原の言葉に、胸が痛む。


「……すまん、五里川原」


「いえ! 金生さんが謝るようなことじゃないっス! 悪いのは全部美沢っス!」




 一瞬、考えた。


 ウチの屋敷は人手不足だ。


 五里川原を、執事見習いとして雇うのはどうだろうか?


 ……いや、ダメだ。


 工場の仕事を覚えるために、五里川原がどれだけ頑張ったのか俺は見てきた。


 こいつはあの工場で、成功を掴むべき人間なんだ。




 そんなことを考えていたら、いつの間にか五里川原の自宅前に着いていた。

 

 車から降りた五里川原は、深々と頭を下げる。




「金生さん、今日はありがとうございました。メチャメチャ楽しかったっス。これでまた、明日から頑張れるっス!」


「五里川原、俺は……」


「絶対正社員になって、美沢より出世するっス! そしたらまた、コンカフェに連れて行ってくださいっス!」


 ドコドコと胸を叩く五里川原。

 自分を奮い立たせているんだろうな。


「ああ。そしたらお祝いに、コンカフェでも寿司でも連れて行くぜ。派遣仲間達を屋敷に呼んで、バーベキューパーティーもしよう」


「約束っスよ!」






 俺は窓から身を乗り出し、小さくなっていく五里川原に手を振り続けた。





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