第26話 黙れ! 貧乳の似非メイドども!

 グラスが1段、また1段と積み上げられていく。




「うほ……。スゲーっス。シャンパンタワーなんて、初めて見たっス。一体いくらぐらいかかるんだろ……」


 積み上げられたグラスの前で、川原がわらは興奮していた。


「5段のタワーだから、そんなにかからないはずだぞ」


 お店にあるグラスの数が足りなくて、5段が限界なんだそうだ。




 最上段のグラスに、メイドキャストさんがシャンパンを注ぎ始めた。


 1本、2本……。


 合計8本か。


 この店最高級のシャンパンが1本100万円ぐらいだから、1000万には届かない。




「凄い! 凄ーい! ご主人様達は、本当にお金持ちなんですね♪」


 メイドさん達にべったり密着されて、五里川原はご満悦だ。


 俺もまあ、悪い気はしない。

 ただ、どこか冷めた気分でいるのも確かだ。


 メイドさんが非日常の存在である五里川原と違い、俺はどうしても自宅にいるような気分になってしまう。


 ……そうだ。

 別の恰好をしてもらおう。




「この店は確か、コスプレオプションがありましたよね」


「はい。ございます♪ ナース、女子高生、バニーガール、ビキニアーマー女騎士、包帯ミイラなど、様々なコスチュームをご用意しております♪」


 高額オプション売り上げの気配に、メイドさんはウキウキ顔だ。


 隣で五里川原もウホウホしている。




「か……かなおいさん、僕もオプション頼んでいいっスか? メイドさんが最高なんスけど、女子高生も捨てがたいなって……」


「おう。お店の売り上げに、貢献してやれ」


 こいつ、女子高生が好きなのか。

 高校の制服も、俺には見慣れたものなので特に嬉しくはない。

 ウチには現役女子高生がいるからな。


 っていうかお前も、高校生時代に飽きるほど見ただろうに。


 とにかく、五里川原の性癖は理解した。

 いい奴だが、ゆめには会わせないようにしないと。




「うほうほ~。金生さんは、どんなコスが好きなんスか?」


「そうだな、俺は……」


 オプションカタログを眺めていると、ふと懐かしい衣装が目についた。

 日常生活では、縁がない職業の衣装だ。


 ……あいつはこの衣装が、よく似合っていたな。




「レースクィーンでお願いします」


「うほっ! 金生さんも、スケベっすね!」


 五里川原は俺をスケベ扱いするが、レースクィーンの衣装なんてそんなに露出度は高くない。




 ところがキャストさんがレースクィーンコスチュームに着替えて登場すると、予想は裏切られた。

 カタログの写真より過激だ。


 おいおい。

 ほとんど水着じゃないか。


 そんなレースクィーン像は、バブル時代のもんだぞ?




「うふっ♪ ご主人様。似合っています?」




(どう? じゅんいち。似合っているかしら?)




 脳裏に昔の思い出が蘇る。




「み……ゆき……」


「やだぁ、ご主人様。私の名前は、ナナですよ♪」


 キャストさんから指摘されて、我に返った。


 危ない、危ない。

 何を口走っているんだ?




 思ったより、酔いが回っているのかもしれない。




「ねえ金生様~。金生様は五里川原様と違って、チップを胸元に挟んでくれないんですね~♪」


 レースクィーンとは別のメイドキャストさんが、俺ににじり寄ってきた。

 唇を尖らせて、拗ねたような表情をしている。


「五里川原と同じくらい、チップを挟んだはずですが?」


「そうじゃなくて、場所! 金生様は頭上のホワイトブリムとか袖口とか、そういうところに挟んでばっかりじゃないですか。五里川原様は、胸元に挟んでくるのに」


 それでなぜ、不機嫌そうなんだ?

 チップはチップ。

 金額は同じだろう?




「私のおっぱい、魅力ありませんか?」


「いや、決してそんなことは……」


 一瞬、「夢花よりは小さいな」なんて考えてしまった。

 あまりに失礼な考えなので、頭を振って忘れる。


 しまったな。

 キャストさん達もプロとしてのプライドを持って、この仕事に挑んでいるんだ。

 本人が「胸元に挟むのはOK」と言っている以上、避けるのはかえって失礼だったか。


 ……よし。




 俺はメイドキャストさんのドリンクを注文した。

 これでチップを挟む権利が発生する。




「うふ♪ 金生様も、ようやくその気になったみたいですね」


 1万モエール札を持った俺の手が、メイドキャストさんの胸元へと伸びていく。

 セクハラにならないよう、素早く挟んで終わらせよう。


 そう思って、スッと手を伸ばしたのがいけなかった。




 誰かがメイドキャストさんとの間に割り込んだのに、勢いがついて手が止まらなかったんだ。


 1万モエール札が弾かれ、握っていた指にむにゅっとした感触が伝わる。


 ゲッ! 胸に触ってしまった!

 サービスが過激なこのお店でも、お触りはNGなのに。


 誰だ?

 誰が割り込んだんだ?


 他のキャストさんと同じメイド服だが、デザインが違うようだ。

 そんなにスカートは短くないし、胸元も開いていない。


 これではまるで、夢花が着ている屋敷のメイド服……。




「ずいぶん楽しそうね。ご主人様」




 俺を冷ややかな目で見ていたのは、えんどう夢花だった。




「夢花……。どうしてここに?」


「ご主人様が街に行くって聞いて、のりタン先生がGPSを仕込んだのよ。変なお店とかに行かないように」


 なるほど。

 納得した。


 いや、納得してはいけない気がする。

 だけど酔いが回っていて、冷静な思考ができない。




「はいはい。今夜はもう、お開きよ。お会計、お願いしまーす!」


 パンパンと手を叩いて、勝手にお開きを宣言する夢花。


 周囲のメイドキャストさん達が、一斉に「ええーっ!?」と不満そうな声を上げる。




「黙れ! 貧乳のメイドども!」




 夢花……誰彼かまわず、乳マウントを取るなよ。




「会計額は……1042万円!? ご主人様! どういう金銭感覚をしてるのよ!」


 金銭感覚について、夢花から怒られる日がくるとは思わなかった。


 カードで支払いを済ませていると、五里川原が俺に尋ねてくる。




「金生さん……。あの綺麗だけどおっかないメイドさんは誰っスか? お知り合いみたいっスけど」




 俺がどう誤魔化したものかと考えあぐねていると、夢花がさっさと自己紹介を始めてしまった。




「失礼いたしました。わたくし、金生様に仕えるメイドの遠藤夢花と申します。以後、お見知りおきを」


 ため息が出そうなほどに美しい、淑女の礼カーテシー

 夢花の奴、淑女っぽく振る舞おうと思えばやれるんだよな。

 本質はじゃじゃ馬浪費家メイドだが。


 きちんと挨拶してくれて助かる。

 どうさわの時みたいに、「婚約者だ」とか言い出したらどうしようかと思っていたんだ。






「ほ……本物のメイドさん!? うほーん……」




 あっ。

 五里川原の奴、失神しやがった。





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