第24話 誕生プレゼントにフェラーリを寄越せとはふざけている。お前みたいな強欲メイドにはこれで充分だ

 4月になり、ゆめが高校3年生になった。




 あいつは来月が誕生日。

 もう18歳になる。


 誕生日プレゼントはどんなのがいいかと尋ねたら、


「もうすぐ車の免許取るから、フェラーリを買って。ご主人様も、乗ってみたいって言ってたでしょ?」

 

 なんて答えやがった。

 フェラーリに若葉マーク……きっと色んな人からひんしゅくを買うだろう。


 フェラーリをプレゼントはなしだ。

 というわけで俺は、フェラーリ以外の誕生プレゼントを探しに街へと来ていた。




 18っていったら、あいつらの世代ではもう成人なんだよな。

 俺達の世代は20歳で成人だったから、かなり違和感がある。


 成人なら、何か大人っぽいプレゼントにした方がいいんだろうか?


 悩みながらアーケードの下を歩いていると、とある看板が目についた。




「夢の花?」




 ジュエリーショップの看板だった。

 どうやら展示会をやっていて、「ドリームフラワー」という名前の高価なネックレスが目玉らしい。


 俺は店内に入り、ウチの暴走メイドと同じ名前のジュエリーを拝んでみた。


 分厚いガラスショーケースの中に、ネックレスが鎮座している。


 ペンダント部分中央の石は、巨大とも言える大きさのピンクサファイアだ。

 その周辺には、の花を模したプラチナが咲く。


 俺は宝石のことはよくわからない。

 しかしこの「ドリームフラワー」が、素晴らしいネックレスだというのは感じる。


 人の目を惹きつけて離さない、存在感と華やかさがあった。


 ……夢花とよく似ている。




「この宝石が、お気に入りですの? わたくしがこのネックレスのオーナーですわ。おほほほ」


 恰幅のいいマダムが、俺に話しかけてきた。

 おほほほと笑う度に、お腹の肉が揺れている。


「素敵なネックレスを所有していらっしゃるのですね。羨ましい」


「おほほほ。褒めても差し上げませんのよ」


「それはもちろんそうでしょう。いくらお金を積んでも、譲ってはいただけないんでしょうね」


「わたくしも鬼ではありませんから、相応のお金を積まれれば譲ってもよろしくてよ。そうですわね……30億でどうでしょう? ……なんてね。おほほほ」


「あ、買います」


「おほ?」


 マダムの笑い声が、変なところで止まった。




「いやー、手が届く価格でよかった」


「え……? いや……。その……。ちょっと待ってくださらない?」


「もちろん待ちますよ。引き渡しは、展示会の期間が終わってからで結構です」


「さ……30億なんて大金、すぐに用意できるはずが……」


「どちらの口座に振り込めばよろしいですか?」


「で……ではこちらの口座に……え? え? え? 本気ですの?」


「はい。女神銀行のネットバンキング経由で、振り込みが完了しました。ご確認ください。契約書とかは、専属の弁護士さんに作ってもらいますので」


「そ……その……実はわたくし、本当に売るつもりは……」


「いや~。話のわかるオーナーさんでよかった」


 マダムの手を取り、ぶんぶん振りながら握手をした。

 うん。脂肪でみちっとした手だ。




「ま……まあいいでしょう……。購入時より、だいぶ高く売れましたし……。おほ……おほ……おほほほ……」


 マダムはちょっと疲れた顔になっていたが、満足してくれたようだ。

 やはりこういうのは、お互いが幸せになれる取引じゃないとな。


 ジュエリーショップの自動ドアから店外に出たところで、俺は冷静さを取り戻した。




 高校生の誕生プレゼントに、なんてものを買ってしまったんだ。

 フェラーリより高いじゃないか。


 俺にもだいぶ、夢花の浪費癖がうつってしまっているのかもしれない。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 ジュエリーショップを出ると、すでに日が落ちかけていた。


 タクシーを拾って屋敷に帰ろうと、アーケード街を歩いてゆく。




「あれ? かなおいさん? 金生さんじゃないっスか!」


 背後から野太い声が聞こえた。


 ……おっ。

 この声には聞き覚えがあるぞ。


 振り返ると、そこにはゴリラみたいにガッシリとした体格の若い男がいた。




川原がわらじゃないか。元気にしていたか?」


 五里川原は俺と同じ派遣会社に所属し、同じ工場で働いていた後輩だ。

 多少お調子者なところもあるが、仕事熱心で元気よく働く。




「金生さ~ん! いきなり辞めたって聞いて、すげえ悲しかったんスよ! どうして僕らを置いて、消えちゃったんスか!?」


「いや、俺は自分の意思で辞めたわけじゃないんだが……。ひょっとして派遣社員のみんなは、聞かされていないのか? 俺がクビになったこと」


「ええっ!? なんスか!? それ!? 金生さんみたいな人をクビにするなんて、おかしいっスよ! 人一倍働いて、僕らの面倒も見てくれたじゃないっスか! クビになるなら、さわの方っス!」


「おいおい。こんな人通りの多い場所で、大声出すなよ。……なあ、五里川原。晩メシはもう食べたか?」


「いや、まだっスけど」


「なら、俺と一緒に食いに行こう」






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「か……金生さん……。せっかく連れてきてもらってなんですけど、僕、あんまりかねもっていないっス」


 回らない高級寿司屋のカウンターで、五里川原はおろおろしていた。


「何言ってるんだ。俺がおごるに決まってるだろ?」


「いや……このお店、金生さんが思っているよりだいぶ高いと……」


 五里川原は俺に、気を遣ってくれているな。

 やっぱりこいつ、いい奴だ。

 そりゃ仕事をクビになったから、生活苦しいと思われていて当然か。


 よし、安心させてやろう。




 俺はカウンターの上に、100万円の札束をポンと置いた。




「う……うほっ? 金生さん、なんっスか? この札束は?」


「俺のお小遣いだ。いくらお前が大食らいでここの寿司が高くても、100万円分は食えないだろう?」


 本当は100万円以上食べても大丈夫だ。

 俺のポケットには、100万円の束があと2つ入っている。


 五里川原の視線が、札束から動かなくなった。

 普通はそういう反応だよな。


 最近慣れてきてしまっている、自分が怖い。




「札束じゃ、腹は膨れないぞ。まずは寿司を食えよ」


 五里川原の前に、皿が置かれた。

 ネタがキラキラと輝いて、宝石みたいな寿司だ。


 ごくりと唾をのむ音が聞こえる。


 五里川原は震える手で、おそるおそる寿司を口に入れた。


「う……うまいっス!」


 大男の目から、ポロリと涙が零れる。

 わさびの効きすぎとかではないらしい。


「オーバーな奴だな」






 俺もヒラメを口に運んだ。


 さっぱりとした味わいと、舌にひろがる優しい甘み。


 あ……。

 美味すぎて俺も泣きそう。





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