第23話 愛車マウント、彼女マウント、そして乳マウント

さわ……か……」


「……あ? てめえ、何呼び捨てにしてんだよ? 『さん』を付けろ」


「俺はもう、お前の部下じゃない」


「ちっ! やっぱり生意気な野郎だ」




 美沢は駐車場の路面に、つばを吐き捨てた。


かなおいお前、こんなところで何してんだよ」


「ちょっとドライブにな」


「ほほお? 車を買ったのか? どんな車だ? 見せてみろ」




 俺が指差した先には、ボロボロの大型バンが停まっていた。


 嘘はついていない。

 そのバンの陰に、俺のポルシェ911が停まっている。


 背が低い車なんで、完全に隠れて見えないが。




「なんだ~? ダッセエぼろぼろなバンに乗りやがって。まあ仕事クビになっちまったお前には、安物の中古車がお似合いだ」


 ダサいだと?

 あの大型バン、実用的でいい車じゃないか。




「お前もこれくらい、上等な車に乗ってみろや。無理だろうけどな」


 美沢があごをしゃくる。

 やつの背後には、オープンカーがあった。


 助手席には、女性が座っている。


「へえ、いい車乗ってるな」


「どうだ、羨ましいか?」


「ああ、運転してみたいね」


「誰がお前なんかに運転させるかよ」


 いい車だと思ったのは本当だ。

 このオープンカーは国産メーカーが頑張って作った車で、低価格にしてはなかなか楽しいと評判の車種。

 運転してみたいというのも、本音だったりする。




「新車で300万もしたんだぜ。先週買ったばかりだから、ピッカピカだろう?」


 はい、嘘。

 この車は、3年前に生産が終わっている。

 明らかに中古車だ。


 それに新車価格でも、200万ぐらいだったはず。




「ねえ美沢さ~ん。その人誰? お友達?」


 オープンカーの助手席にいた女性が、退屈そうに話しかける。


「こんな奴、友達じゃねえよ。元部下だ。クビになった、無能野郎だ」


 助手席の女性は俺をいちべつしたあと、「フンッ」と鼻で笑った。

 そこそこの美人だが、性格は悪そうだ。

 あまりお近づきには、なりたくないタイプ。




「おい! 金生! 人の彼女を、ジロジロ見てるんじゃねえよ。まあ、羨ましいのもわかるがな。綺麗だし、若いだろ? まだ、20代なんだぜ」


 こいつ、若い女性と付き合うことがステータスだとか考えてるタイプか?


 やめとけ、やめとけ。

 年の離れた若い女性と付き合うなんて、俺達オッサンには大変なことなんだ。

 ジェネレーションギャップを感じてヘコむし、期待や責任も重いしな。


 苦労するぞ?

 振り回されて、疲れるぞ?

 夢花やのりタン先生に振り回されている、俺が言うんだから間違いない。


 まあこいつに、そんなことを忠告してやる義理はないが。




「金生お前、嫁さんとか彼女っていたっけ?」


「いや、今はいないが……」


「あひゃひゃひゃ! ボロ車に乗っていて、無職で、彼女もいない孤独なオッサンか! 絵に描いたような負け組だな! 可哀想に……」


 助手席の女性も、腹を抱えて笑っていた。

 やはり品のない人だ。

 こんな彼女なんていたら、羨ましいどころか罰ゲームだろう。


 まあ、どうでもいい。

 好きなだけ笑え。

 たぶんもう、美沢に会うことはないだろうし。




「ただいま、ご主人様! ……あれ? お知り合い?」




 美沢達の笑い声が止まった。

 ついでに俺も凍り付く。


 ジュースを買いに行っていた、えんどうゆめの御帰還だ。


 マズい。

 マズ過ぎる。


 女子高生を連れ回しているなんて知れたら、警察に通報されるかもしれない。

 しかも夢花の奴、俺のことを「ご主人様」呼びしやがった。

 女子高生にご主人様と呼ばせるオッサンなんて、犯罪の臭いしかしない。




(夢花、これ以上余計なこと言うなよ)


 俺が目線で訴えると、夢花はウインクで返した。


(任せて、ご主人様)


 表情がそう言っている。

 察しがよくて助かるな。




 ……と、思ったんだが、夢花の奴は俺の腕に絡みついてきやがった。




「初めまして! あたし潤一さんの婚約者、遠藤夢花です! ピッチピチの高校生です!」


 おいおいおいおい。

 何言ってくれちゃってるんだ、この暴走メイドは。




「婚約者だぁーー!? しかも高校生だぁーー!?」


 美沢の奴、驚き過ぎだろう。

 大きな声で叫ぶのは、やめて欲しい。




「いや、美沢。夢花は我が家のメイドでな」


 「婚約者なんかじゃないんだ」と続けようとしたが、夢花が脇腹をつねってきたので言葉が止まってしまった。


 痛い!

 肉が抉れる!




「やだぁ♡ 潤一さん。人前で、そういうプレイの話はしないで。恥ずかしいじゃない。帰ったらまたメイド服を着て、続きをしてあげるから♡」


 終わった……。

 何もかも……。


 俺は女子高生にメイド服を着せて、淫らな行為をする変態野郎というレッテルを貼られる。

 投獄待ったなしの犯罪者だ。




「金生……。高校生とそんなことをしたら、犯罪なんじゃ……」


「18歳だから、セーフでーす」


 ん? 夢花の奴、微妙に年齢詐称しやがった。

 18になるのは、らいげつだよな?


 ああそうか。

 一応俺が犯罪者にならないように、話を合わせてくれているのか。


 いや、それでもな……。

 違法でなくても、世間様の目ってもんがな……。




 夢花はオープンカーの助手席にいる、美沢の彼女に注目した。

 そして胸元を見ながら、「フンッ!」と鼻で笑う。


 意味がわかったようで、美沢の彼女は眉間にしわを寄せた。


 そりゃサイズは夢花の圧勝だが、そういう失礼な態度はやめなさい。

 大きさが全てじゃないと、俺は思う。


 ところが彼氏である美沢は、大きさ至上主義のようだ。

 夢花の胸と自分の彼女の胸を、交互にチラチラと見比べている。

 そういうことすると、彼女から捨てられるぞ?


 夢花の胸が美沢の視線に晒されるのは、なんかムカつく。

 俺は自己主張の激しい双丘を、背中の陰に隠した。




 しかし夢花は背中からひょっこり顔を覗かせ、今度は美沢の車に注目する。


「わあー、オープンカーに乗っているんですね。潤一さんのポルシェ718スパイダーと一緒だ。この車も、1000万円以上するんですか?」


「ポルシェ!? 1000万!? ははは……。金生も婚約者ちゃんも、フカシこくんじゃねえよ」


「え~。嘘じゃないですよ。今日は潤一さん、別の車に乗ってきていますけど。ほら、あの車」


 夢花が指差した先で、大型バンが発進した。

 遮るものがなくなって、俺のポルシェ911GT3RSが露わになる。




「ぽっ……ぽっ……ぽるっ……!」


「あの911GT3RSってモデル。色々なオプションを付けたのに、たったの4000万円ぐらいで買えました。お買い得ですよ」


 ……美沢の彼女より、夢花の方が性格悪いかもな。




 ぽるぽると謎の鳴き声を発し続ける美沢。

 ポカーンとしている彼女。


 2人を放置して、俺と夢花はポルシェ911に乗り込んだ。






「どう? ご主人様。あのオッサン、嫌いな奴だったんでしょう? ご主人様のアイコンタクト通り、マウントかましてやったわ」


「いや、余計なこと喋らないでくれという合図だったんだが……」


 誇らしげに言う夢花からジュースを受け取り、俺は水平対向エンジンに火を入れた。





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