第16話 じゃじゃ馬×じゃじゃ馬

 メガディーラーで車を買ってから、1週間が経過した。




 すでにポルシェ・パナメーラとカイエン、718スパイダーは納車されたので、移動には不便しない生活が送れている。


 車の免許がないゆめだけが不便かと思いきや、彼女は普通自動2輪免許を持っているらしい。


「ねえねえ、ご主人様。車に引き続き、バイクも欲しくない?」


「お前、俺に買わせて自分が乗るつもりだろう?」


「あったりィ。中古の250ccでいいから、買おうよ」


 俺も大型2輪の免許を持っている。

 小さめのバイクが屋敷にあると便利かなと思ったし、夢花にも足が必要だろう。


 4輪新車に比べたら、中古の小排気量バイクなんて安いはず。

 そう考え、好きなのを選べと言ったのが失敗だ。

 浪費家メイドは、とんでもない中古バイクを買ってきやがった。


 RGV250ガンマSPという、怪物みたいなバイクだ。

 公道走っていいのかと疑わしいぐらい、レーシングマシンそのものなナリをしている。

 馬力規制がほどこされていない、逆輸入車らしい。

 じゃじゃ馬ムスメがじゃじゃ馬マシンに乗るとか、笑えない。




「夢花。このバイク、いくらしたんだ?」


 99年式らしいが、新車みたいに綺麗だ。

 これだけ状態がいいと、中古でもすごく高いはず。

 特にこういう過激なスポーツモデルは、プレミアが付いているだろうからな。




「大した価格じゃないわよ。ご主人様が買った、ポルシェ911GT3RS。あれの16分の1」




 なるほど。

 やっぱり中古バイクは安いな。


 ……って、騙されるところだった。


 4000万円の16分の1なら、250万円もするじゃないか。

 リッターバイクの新車どころか、4輪の新車が買えてしまう。


 まったくもう、こいつときたら。


 好きなのを選べと言った手前、怒るに怒れない。


「まあ、いいか。好きなバイクに乗るのが、1番だもんな。どうしても、そのガンマに乗りたかったんだろ?」


「いいえ、全然。なんか高かったから、いいバイクなのかと思って。どうせお金出すのはご主人様だし、高いの買わせちゃおうってね」




 アレクセイが、無言で乗馬鞭を差し出してきた。


 親父さんのゴーサインが出たので、俺は乗馬鞭をフルスイング。

 夢花の尻を引っぱたいた。


 パァン! という、乾いたイイ音がした。




「いったぁ! ご主人様、そんなプレイが好きなの? これはのりタン先生と、情報共有しないと」


「やめれ。……もう買ってしまったものは、仕方ない。大事に乗るんだぞ」


「イエッサー!」




 尻をさすりながら敬礼した夢花は、メイド服にノーヘルのままガンマに飛び乗った。


 エンジンを始動すると、華麗にバイクを振り回し始める。


 まずは屋敷玄関前のロータリーを、グルグルと回ってみせた。

 膝を路面に擦りそうなほど、車体を傾けて。


 さらには後輪を持ち上げるジャックナイフ。

 前輪を持ち上げるウイリー走行を披露。


 なんだこのメイド?

 バイクのことを全然わかっていなかったみたいなのに、メチャメチャ運転上手いじゃないか。




「乗り物の運転が得意なのは、亡き妻に似たんでしょうな」


 しみじみとアレクセイが語る。


「奥さん……。大型トラックの運転手だったっていう?」


「私にはもったいないくらい、素晴らしい女性でした。ギャンブル好きで、浪費家な面もありましたが……」


 それ、夢花にも遺伝してるぞ。

 借金作ったのも、奥さんだって話だったな。




「夢花の髪は、ストロベリーブロンド。私の銀髪と、妻の日本人ばなれした真っ赤な髪を混ぜた色。あの子は自分の髪を、大層気に入ってくれておりましてな。私も妻も、それが嬉しかったのです」


「綺麗な髪だよな」


「派手な色なので、中学生の頃はいじめに遭ったりもしたようです。高校に入ってからは、そのような話を聞きませんのでホッとしております」


 夢花がいじめに遭う……か……。

 ちょっとイメージが湧かない。


 あいつは明るくて、さっぱりした性格をしている。

 運動神経抜群だし、成績も学年トップ。

 見た目だって華やかな美人だ。


 クラスの人気者になりこそすれ、いじめの標的には……。


 いや、だからこそいじめられる可能性があるのか。

 目立ち過ぎる奴を、寄ってたかって袋叩きにする。


 残念ながら人間には、そういう習性がある。

 ムカつくことだがな。


 そういえばログインボーナスをもらいはじめた日、夢花はずぶ濡れでアパートの廊下に座り込んでいた。


 本人は「スカイフィッシュを追いかけて用水路に落ちた」なんて言ってたが、あれはいじめで水をかけられたとかじゃないのか?


 高校生活、大丈夫なんだろうな?




「夢花、そろそろやめとけ。ここは私有地だから違反にはならないが、ヘルメットかぶらないと危ないぞ。メイド服だと、転んだらケガするしな」


 俺が声を掛けると、夢花はアクセル操作で後輪をホイールスピンさせた。

 ぐるっと1周、滑りながら円を描くマックスターン。

 俺と向き合う位置で、ピタリと停車させる。


 ……玄関前に、タイヤ痕が付いてしまったじゃないか。

 責任取って、掃除してもらおう。




「はーい、やめときまーす。それにスカートだと、パンツ見えちゃうしね」


 わかっているなら、やるなよ。


 こりゃ、ライダースーツも買わないとな。






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 夢花がガンマを買ってから、1週間が経過。


 俺は屋敷のリビングで、のりタン先生と紅茶を楽しんでいた。


 アレクセイが淹れてくれたもので、びっくりするぐらい香りも味もいい。




「先生。そろそろ事務所にする物件を、探さなくていいんですか? 独立を勧めたのは俺だから、家賃はこちらで持ちますよ?」


「う~ん。わたし~、あんまり事務所を持つ意味がないんですよね~。かなおいさんの仕事しか受けない、専属弁護士ですし~」


「なら、いいんですが……。部屋は余っているので、寝室とは別に先生の仕事部屋を用意しますか」


「いま借りている寝室を仕事部屋にして、わたしの寝室は金生さんと一緒にしても構いませんよ~?」


 いや、それは俺が構う。




 挑発的な先生の言動をスルーして、ティーカップを口に運ぶ。

 紅茶の液面が、微かに揺れた。

 同時に屋敷の外から、パラパラという弾けた音が聞こえてくる。


 2ストロークエンジンの排気音。

 夢花のガンマだ。




「あ~。夢花ちゃん、学校から帰ってきたみたいですね~」


「出迎えてやりますか」


 俺と先生はリビングを出て、玄関へと向かった。




 いつも夢花は元気な声で、「ただいま~!」と叫びながら扉を開ける。


 だが今日は違った。

 玄関の大扉を小さく開けて、中の様子を伺っている。

 こっそり入りたいようだ。


 こいつ、また何かやらかしてコソコソしてるんじゃないだろうな?




 俺は玄関のドアを、大きく開けた。




「夢花……。その髪はどうした?」


「ご主人様……。これは……その……」






 夢花のストロベリーブロンドは、黒く染められていた。






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