第14話 おそろしく速い手刀。あたしでなきゃ見逃しちゃうわね

(ねえねえ、ご主人様。あたし達、客だと思われていないんじゃない?)




 ゆめがヒソヒソと、俺に耳打ちしてくる。

 たぶん、彼女の言う通りだろう。


 今日の俺と夢花は、ラフな服装だ。

 コストパフォーマンス抜群で知られる、大衆ブランドコーデ。


 朝から屋敷の掃除をしていたから、この恰好がぴったりだったんだ。




(やっぱりあたし、メイド服で来た方がよかったかも? そしたらメイドさん雇えるほどのお金持ちだって、アピールできたわよ)


(その代わり、俺が社会的に死ぬ。女子高生にメイドの恰好をさせて連れ回す変態だと、うわさが立ってな)


 俺も夢花の耳元にささやき返す。

 すると「やぁん♡ くすぐったい♡」と、つやっぽく息を吐きながら身をくねらせた。


 そういうリアクションはやめろ。

 店員さんや他のお客さんが、ジロジロ見ているぞ。


 夢花は私服だと高校生に見えないから、それだけが救いだ。




「とにかく、営業さんは見て回ってもいいと言ってくれたんだ。お言葉に甘えようじゃないか」


「そうね。……あっ! あれってランボルギーニじゃない?」


 夢花が指差した展示車両は、シボレー・コルベットだった。

 昨日フェラーリだのランボルギーニだの言ってたから、スーパーカーに興味があるのかと思っていたが……この間違えっぷりからすると、そうでもないらしい。




 高級ホテルのロビーみたいな店舗内には、これまた高級な車がたくさん展示してある。


 フェラーリ296GTB

 ランボルギーニ・ウラカン

 メルセデスベンツAMG GT

 アウディR8

 BMW M4

 マセラティMC20

 ロータス・エミーラ


 そしてマクラーレン720S。


 スーパーカーの見本市だな。


「ここに展示してある車、総額でいくらになるんだろうな」


「ご主人様なら、みんなまとめて買えるんじゃない?」


 実際、夢花の言う通りだ。

 ログインボーナスは、日額30億円に到達した。

 屋敷を買って減らした分は、あっという間に取り戻せてしまう。

 この店に置いてある車を全部買っても、お釣りがくるだろう。




 俺は迷っていた。

 憧れの車が、あるにはある。


 だけど、それを買っていいものかどうか。

 自分で働いて、稼いだお金じゃないのに。


 高級車を買うとアレクセイに約束したものの、欲望の赴くままに選ぶのはどうなのか?

 実用性のカケラもない車なんだよな、俺が欲しいアレは。

 ロールスロイスとかベントレーとか、いかにも社長らしい車を選ぶべきなんじゃないだろうか?


 そうやって悩みながら店内を歩き回っているうちに、1時間ほど過ぎてしまった。


 意外なことに夢花の奴は、飽きていない。


「すごーい! ご主人様! この車、時速341kmも出るんだって! お値段はたったの3338万円! お買い得じゃない?」


 マクラーレン720Sの前で、きゃあきゃあとはしゃぐ夢花。

 どうやら彼女にとっては、車両価格と最高速度が関心ごとらしい。


「日本でそんなにスピードが出せる場所は、ありません」


 それに3000万円オーバーの車を、たったのとかお買い得とか言うんじゃない。




「ちょっとあなた達! いつまで店内をうろついているの!? 冷やかしなら、帰ってくれない? 迷惑なのよ!」


 突然、キンキン声が耳に突き刺さった。


 入口で俺達に冷たい態度を取った、女性営業さんだ。




「いえ……。冷やかしではなくて、本当に車を買おうと……」


「ハッ! 着ている服を見れば分かるわ。お金なんて、持っていないんでしょう? ウチの店で扱っている車はね、あんたらみたいな庶民が買える代物じゃないのよ!」


 庶民……という言葉は否定できないな。

 なんせ俺は、まだ1円も稼いでいない会社の社長。

 本来はこういうスーパーカーを、買えるだけの甲斐性はない。


 夢花の奴は、ニヤニヤしながら俺の顔とキャリーケースを交互に見る。


 こいつ、性格悪いな。




「庶民でも、お金を持ってくれば買えるもんなんじゃないですか?」


「だからそのお金を、持っていないでしょう? 1億ぐらい持ってきたら、売ってあげてもいいわよ」


 女性営業さんは、おほほほと高らかに笑った。




「1億円あればいいんですね?」




 俺はキャリーケースを開けた。


 中にびっしり詰め込まれているのは、札束だ。




「2億円あります。これで車を売っていただけますか?」


「え……? あ……? う……? ウソ……? だってそんなにお金がなさそうな格好しているのに……」


「高級ブランド品で全身を固めていれば、いいというものでもないでしょう?」


 オシャレにあまり興味がなかった俺だが、アレクセイのアドバイスを受けて色々わかってきた。

 全体のバランスを取ったりだとか、逆に一点だけハイブランドのこだわり品を着けたりだとか、そういうセンスが大事なんだ。


 あと、安くて品質のいい庶民の味方的ブランドを愛用するお金持ちは、けっこう多いらしい。




 女性営業さんは、まだ札束ショックから立ち直れていないみたいだ。

 謝罪して接客態度をあらためてくれれば、水に流すつもりだったが……。




「に……ニセ札よ! そうに決まっているわ! 誰か警察を呼んで!」


 ああ、ダメだこりゃ。

 この店で車を買うのはやめよう。


 そう思った時、黒い影が閃いた。




「ウグッ!」




 態度の悪かった女性営業さんの首筋に、別の女性店員さんが背後から手刀を見舞ったんだ。

 あっさり白目を剥いて、女性営業さんは崩れ落ちる。


 なんて動きだ。

 俺はけっこう動体視力に自信があるんだが、微かにしか見えなかった。




「みぞおちにボディブロー1発。首筋に手刀が2発。とんでもない達人ね」


 夢花が腕を組みながら、感心したように呟く。


 え? ウソだろ?

 手刀1発しか分からなかったぞ?

 こいつ、どういう動体視力してるんだ?

 

 そういや前に、「野球部エースの速球を、3打席連続ホームランにしたことがある」って言ってたな。

 あれ、冗談じゃなかったのか。




 失神した女性営業さんは担がれ、店の奥へと連行されていく。


 とりあえず札束をキャリーバッグへと詰め直していたら、背後から声をかけられた。




「申し訳ございません。当店のスタッフが、大変失礼をいたしました」


 振り返ってみると、老紳士が申し訳なさそうにしていた。

 オールバックの髪には白いものが混ざり始めているが、そこがまた渋い。




「わたくしが当店の店長です。あの者には厳しく再教育を行いますので、なにとぞご容赦いただければ」


 ふーむ。

 この店長さんは、まともそうだ。


 よし。




「すべて水に流す代わりに、俺のワガママを聞いてくれませんか? 仕入れるの大変でしょうけど、欲しい車があるんですよ」


「ほう。それは一体、どのようなお車で?」




 少しためらいながら、俺は車名を口にした。






「ポルシェ911。それもGT3RSを買いたい」






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