第8話 黒光りするアレを、震える手で触る女子高生メイド

 それから俺は、何度か法律事務所に通った。




 会社設立に関する相談だけでなく、アレクセイとゆめの雇用契約についても色々教わっている。


 担当弁護士は、やっぱりりつのり先生だ。


 ……というか法律事務所にいる他の弁護士は、俺に近づいてもこないんだよな。

 金にならない案件を持ってきた、邪魔な客だと思われているみたいだ。


 色々探りを入れてみてわかったんだが、律矢先生はとてつもなく優秀だ。

 司法試験は1発合格。

 公認会計士の資格まで持っているらしい。


 優秀すぎるせいか、無茶な仕事の振られ方をしているようだ。

 事務所にある彼女の机には、いつも山のような書類が積み上げられている。


 それだけ頑張っているのに、先輩弁護士達の態度はひどい。


 すぐ怒鳴る奴。

 嫌味を言ってくる奴。

 すれ違い様に、お尻を撫でていた奴までいた。


 尻を撫でるのはもちろんセクハラだが、人前で怒鳴るのもパワハラになるんじゃないのか?

 法律を扱う人間が、平気で法を犯すというのはどうなのか。


 俺の応対中なのに自分達のお茶くみをさせるし、もうめちゃくちゃだ。


 律矢先生は、こんな事務所にいるべき人物じゃない。


 俺は決心した。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 ある日、アパートの自室にいた時のことだ。


「ご主人様、郵便がきたわよ。本人限定受取郵便だってさ」


 今日も俺の部屋に、夢花がきている。

 まだ正式に雇ったわけじゃないから、来なくていいと言ってあるんだがな。


 しかも恰好がメイド服だ。

 ご近所の目が痛い。


 アレクセイも無駄に執事服を着たがるし、コスプレ大好きな遠藤親子には何を言っても無駄だろう。


 郵便屋さんは戸惑っていた。

 ボロアパートから、突然メイドさんが湧いてきたんだから当然だ。


 彼から小さな箱を受け取った。

 中身はなんだろう?


「ご主人様、何が届いたの? えっちなDVD?」


「お前は雇い主を、何だと思っているんだ? アレクセイに指導してもらうぞ? ……しかし、何だろうな? 通販とかは、何も注文していないんだが……」




 箱に貼り付けてあるラベルを見ると、クレジットカード会社の名前が書いてあった。


 嫌な予感がする。


 そういえば俺は、無職になったことをクレジットカード会社に届け出ていない。

 お怒りの書状でも届いたか?


 とにかく、開けてみることにする。


 ダンボールの中から出てきたのは、ちょっと高級感のある小箱。

 そして何枚かの書類。



 書類のうち1枚には、こう書いてあった。




 レベルアップおめでとう!


 毎日のログインボーナスが、1000万円から1億円になるよ★


 それと今回のレベルアップでは、便利なカードも付きます★


 ジャンジャン使ってね♪


 ――女神アメジストより――




 相変わらず、★や♪が多い文章だ。


 そういえば今日は、レベルアップの日だった。


 どうやら今回のレベルアップでは、ログインボーナスのがくが上がるだけでなくアイテムも付くらしい。




「ご……ご主人様……。これってまさか……。漫画とかでよくある、あのカードなんじゃ……」


 夢花が震える手で、黒光りするカードを摘まみ上げている。

 こいつ、勝手に小箱を開けやがったな。




「ブラックカード……ってやつか……」


 付いてきた説明書によると、利用上限額は1億円。

 飛行機の手配やレストランの予約を代行してくれる、コンシェルジュサービス付き。

 その他色々な優遇を受けられる、とんでもクレジットカードだ。


 しかし、どうやってカード会社の審査に通ったんだろう?

 まだ会社設立までこぎつけていないから、俺の職業は無職だぞ?




「ぐふふふ……、ご主人様すごい。ブラックカードに、毎日のログインボーナスが1億円! 1ケ月で31億円! 1年で365億円!」


「おーい、夢花。顔が福沢諭吉になってるぞ」


 もちろん冗談だが、変な顔になっているのは確かだ。

 ちょっとヨダレまで垂れている。

 年頃の女の子が、見せていい表情じゃない。




「ねえねえ! これだけ収入があるんだから、大きな家を買って引っ越そうよ! あたし、豪邸で住み込みメイドやりたい! お父さんも、大きなお屋敷で住み込み執事する方が燃えるはずよ!」


 なんでこいつは、住み込みやる前提で話しているのか……。

 まあ、アパートに住み続けられないというのは確かだな。

 ここじゃ、夢花とアレクセイの仕事がないし。




「……そのことなんだが、ちょっと考えがある。もう少し、家を購入する資金を貯めたいんだ」


「えっ? 1日1億の収入があるご主人様が、貯めないと買えない家? どんな大豪邸なの?」


「それは……まだ秘密だ。アレクセイにも、黙っておいてくれよ。ビックリさせたいんだ」


 庶民の俺は、お金をドカンと使うのにまだ抵抗がある。

 だけど家に関しては、大金をつぎ込んででも欲しい物件があった。




「毎日1億円ももらえるようになったのは、ありがたいな。これで夢花やアレクセイに、充分な給料を払うことができる。……あの人にもな」


「ご主人様って、お金を他人に使ってばかりね。少しは自分の贅沢のために使っても、ばちはあたらないと思うわよ?」


「そうか? それじゃ今夜はブラックカードもらった記念に、豪華な晩飯にするか」




 その晩、俺達の夕食は焼肉だった。

 5万円もするシャトーブリアンだ。


 高級ステーキに使用されるそれを、しょぼいホットプレートで焼肉にするという暴挙。

 火を通すと油がじゅわじゅわと溢れ出してきて、思わず唾を飲み込んだ。


 焼ける匂いは、嗅ぐだけで鼻が幸せになる。


 有能執事が完璧な加減で焼いてくれた肉を、口に入れた。

 信じられない。

 とろけるような柔らかさだ。


 アレクセイは、「私は焼く係なので」と遠慮した。

 だけど俺が、むりやり食わせた。

 この美味しさを、共有したかったんだ。


 ちなみに夢花の奴は、俺がすすめる前にモリモリ食べている。




「『自分の贅沢のために』ってあたしは言ったのに、結局は高級焼肉もみんなで食べてる。ご主人様は、お人好しよね」


「夢花、口を慎みなさい。旦那様は、うつわが大きいのだ」




 お人好しでも何でもいい。

 贅沢をするなら、誰かと一緒にやる方が楽しい。

 そう思っただけだ。




 俺の贅沢は、留まることを知らない。


 焼肉を食べたあとは、デザートだ。

 コンビニで買ってきた、ハーゲンダッツだ。

 こんなお高いアイスクリーム、初めて買ったぜ。


 ログインボーナス増額とブラックカードで気が大きくなっていた俺は、冷凍庫いっぱいのハーゲンダッツを購入していた。





 そしていっぺんに2個も食べて、腹を下した。

 やはり慣れない贅沢をするもんじゃない。


 3個食べた夢花がケロっとしているのが、納得いかなかった。





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