第9話 ざまぁ法律事務所

 ブラックカード入手から、1週間経過した日。

 俺はりつのり先生を呼び出した。


 場所は県内で最高級の料亭だ。




 お座敷で卓を挟み、俺と先生は向かい合っていた。


「律矢先生。お忙しい中、お呼び立てして申し訳ありません」


「いえいえ~。いいんですよ~、かなおいさ~ん。会社は上手くいっていますかぁ~?」


「まだ始めたばかりなんで、なんとも。YouTuber事務所なんていっても、所属しているのは俺だけですし。アカウントを設立しただけで、動画ひとつ投稿していません」


「うふふふ~。法律関係なら、なんでも相談してくださいね~」


「『なんでも』と、おっしゃいましたね? 実は先生に、相談したい案件があるのですが」


「なんですかぁ~? あらたまった顔をして~」


「先生。法律事務所から独立して、専属弁護士になってください」




 律矢先生の表情が固まった。




「専属……ですか~? 顧問弁護士じゃなくて~?」


「ええ、専属です。俺がお願いする仕事以外は、断っていただきたい」


「わたしが若いからって~、甘く見ないでくださいよぉ~。そんな条件、よっぽどの報酬を約束していただけませんと~。わたしにも~、生活がありますから~」


「アレクセイ」




 俺が呼ぶと、座敷の外で待機していた執事が入ってきた。

 西洋風の執事服を着ているのに、和室での作法も優雅で自然だ。


 アレクセイは風呂敷を持っていた。

 その中身を、座卓の上に広げる。


 現れたのは札束だ。




「ここに、1000万円あります」


「1000万円……。一般的な弁護士の平均年収を、越えていますね~。これが年俸……というわけですか~」


「いいえ。この1000万は、単なる手付金です」


「ふえ~?」




 俺は指を2本立ててみせる。




「ま……まさか、年俸2000万円も……」


「違いますよ。先生に用意する年俸は、2億です」


「に~お~く~!?」


「足りませんか? ならもう一声。オプションでお好きな物件を、独立後の事務所として用意しますよ」


「わわわ……、それ以上は怖いです~。わたし、どんな仕事をやらされちゃうんですか~?」


「そりゃもう、色々とアテにしています」


 財務関係の仕事や税金関係の仕事も、律矢先生にやっていただこうかと思っている。

 なんてったって、公認会計士の資格持ちだからな。

 弁護士さんや公認会計士さんは、登録すれば税理士さんの仕事もやれるらしい。


 俺は今後、投資とかも始めようと思っている。

 資産管理の会社を、設立する必要もあるだろう。


 その時も、先生に手伝って欲しい。


 だから勧誘の口説き文句はこうだ。




「律矢法子先生。俺の専属になってください」


 なぜか先生は口元を押さえ、ビクーン! と背筋を伸ばした。


「えっえっええ~!? 『我が社の』じゃなくて、『俺の』専属なんですか~!?」


「そうです」


 「我が社の」って言ったら、こないだ設立したYouTuber事務所だけの話になってしまう。


 資産管理会社の方も、仕事をお願いしたい。

 これから俺が直面する法律関係のアレコレは、全部彼女に丸投げだ。


 だから「我が社の」じゃなくて、「俺の」専属なんだ。




 ん……?

 なんでアレクセイは、困った顔してるんだ?

 俺に何か言いたい様子だ。




「そ……そんなこと……。男の人から言われたの、初めてで~」


 何?

 女性のお客さんからは、専属になってくれと頼まれたことがあるのか?


 これはイカン。

 大切な人材を、よそに奪われてしまう。


 もっと熱意を込めて、勧誘しなければ。




「俺には、あなたしかいないんだ」


 先生の顔が、なぜか真っ赤になる。


 アレクセイ、なんで溜息をつく?




「わ……わたしなんかの~、どこがいいんですか~?」


 律矢先生は、自分に自信がないのか?

 掛け値なしに有能なのは、仕事ぶりからわかっているのに。




「あなたはとても、誠実な人だ。俺の依頼にも、しんに対応してくれた。事務所にいる他の弁護士さん達は、俺のことを金にならない客だと煙たがっていたのに」


「それは~。金生さんっていつも地味な服装だったけど、高級品ばかり身に着けていたじゃないですか~。だから支払い能力は、ちゃんとありそうなお客さんだな~と」


 いまならアレクセイの意図がわかる。

 目立たないハイブランド品で固めさせたのは、それを見抜く観察眼を持った人材を探すためだったんだ。


 あの法律事務所で見抜けたのは、律矢先生だけだった。




「ええ、支払い能力はあります。対価はきちんと払いますとも。あなたは2億という年俸に、相応しい法律家ひとだ」


「こんなの人身売買ですよ~。違法ですよ~。女性ひとをお金で、自分のものにしようだなんて~。強引ですよ~。でも~、嫌いじゃないかも~。ちょ~っと歳が離れていますけど~。金生さんって、渋くて素敵かな~と」


 うつむいたまま、指をこねこねする律矢先生。


 心外だな。

 人身売買じゃなくて、正当な契約だろう?


 それに俺の歳は、契約と関係ないんじゃないのか?




「大抵のお客さんは~、わたしを信頼してくれないんです~。女で~、弁護士としては若くて~、見た目も小学生みたいだから~。舐められやすくて~。なのに金生さんは~、全面的に信頼してくれて~。打ち合わせの時も~、かなり年下のわたしに~ていねいな話し方をしてくださって~」




 しばらく指をこね続けていた先生は、急に背筋を伸ばした。




「わ……わたしは……」




 外の日本庭園に設置された鹿ししおどしが、カコーンと乾いた音を立てた。






■□■□■□■□■□■□■□■□■





 

 高級料亭での会談から、2週間が過ぎた。

 現在俺は、座間法律事務所の前に立っている。


 今日の恰好は、誰の目にも高級品とわかるスーツとコート。

 靴や腕時計、アクセサリーに至るまで派手めの高級品で固めてある。


 正直派手過ぎて、ちょっと恥ずかしい。

 だけど、アレクセイが着て行けっていうから仕方ない。


 通行人もジロジロ見ていく。

 「冴えないオッサンが、高級な服に着られてやがる」とか、思っているんだろうな。




 しはらくたたずんでいると、事務所の扉が開いた。


 ツカツカと勢いよく、律矢先生が歩いてくる。

 小柄な先生なのに、今日はやたら大きく見えた。




 彼女のあとを追って、オッサン弁護士達が3人飛び出してくる。

 どうやら必死で引きとめようとしているみたいだ。


 あれだけ先生に仕事を振ってたんだ。

 彼女がいなくなれば、事務所は回らないだろう。






 ざまぁ。

 ブラック法律事務所め。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る