第7話 ニート・オア・プレジデント

「会社を起こすって、ずいぶん簡単に言ってくれるよな。何の商売をするんだ?」




 俺の返しに、ゆめは考え込んだ。


 女子高生に商売の教えを乞うオッサンって、なかなかシュールだよな。


「それはその……えーっと……。そうよ! YouTuberの事務所を設立するのよ!」


 名案だ! とばかりに人差し指を立てる夢花だったが、俺は不安しか覚えない。


 YouTuberってあれだろ?

 投稿サイトに動画をアップロードして、収入を得るっていう。

 そういう人達が所属する、事務所ってことか?


 俺みたいなオッサンからすると、未知の職業だ。




「YouTuberっていいじゃない。あたしんって借金あったから、貧乏だったでしょ。だからお金を使う楽しいことは、何もできなかった」


 一瞬だけ、グレーの瞳に陰りが差す。


「だけど動画を見ている時は、すごく楽しい気分になれた。海外の観光地で絶景を見たり、スポーツをやったり、華やかなイベントに参加したりを疑似体験できたの」


 そうか……。


 この子は色んなことを諦めて、生きてきたんだ。

 お金がないというだけの理由で。




「あたしはまだ17だからダメだけど、将来はYouTuberになってご主人様の事務所に入りたいな。それまではご主人様が作ったアカウントで、動画投稿させてくれない? 撮ってみたいの」


 ふむ。

 確か18歳からでないと、チャンネルの収益化はできないと聞いたな。

 だからアカウントは、俺が作る必要があるわけか。


 夢花が動画を撮るというのは、いいアイディアに思えた。

 俺みたいなオッサンより、可愛らしい夢花が登場した方が再生回数を稼げるだろう。


 しかしだ――




「会社設立なんて、やり方が全然わからない。起業したものの、何百万という借金を背負ってしまった話も聞く。俺には荷が重いよ」


「日給1000万円の男が、何を言ってるのよ! 経営に失敗しても、そのログインボーナスとやらで穴埋めしたらいいじゃない」


「だけど……」


「いよっ! かなおい社長!」




 夢花のヨイショに、心臓が跳ねる。


 「社長」という言葉に、憧れない男はいない。

 



「会社の設立とか経営なんて、よくわからなくてもいいんじゃない? 優秀な人を雇って、代わりにやってもらえばさ。お金はうなるほどあるんだから」


 コイツ他人の金だと思って、気軽に言ってくれるな。




 だけど一理ある。

 自分がわからないのなら、専門家の手と知恵を借りればいいんだ。


 きっちりと、対価を支払ってな。


 何より無職は嫌だ。


 昨日銀行に行く途中、お巡りさんから職務質問されたんだよな。

 無職と答える、せつなさといったら……。




「ニートになるの? 社長になるの? 道はふたつにひとつよ!」


「ニートと無職は、似ているようで別物だぞ」


「知らないわよ。社長になるの? ならないの?」


 ウチのメイドが、やたらと煽ってくる。

 まあ雇い主が無職じゃ、夢花もアレクセイも恰好がつかないよな。


 ……よし!




「夢花、俺は起業するぞ。社長になる」




 こうして俺は、起業をこころざした。

 無職が嫌という、極めて消極的な理由で。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 翌日俺は、法律事務所を訪れることにした。


 弁護士さんに、起業の相談をするためだ。

 夢花とアレクセイを家事使用人として雇うから、雇用契約の仕方や給料の決め方についてもアドバイスが欲しい。


 それだけじゃない。

 起業したあと、顧問弁護士になってくれそうな人を探す目的もある。


 アレクセイの助言を受けてのことだ。

 彼が言うには、税理士さんも探した方がいいらしい。


 今までの人生では、弁護士さんとか法律家の先生方と会う機会なんてなかった。

 ちょっと緊張するな。


 今日は身なりも整えてきている。

 コーディネイトは、アレクセイによるものだ。


 シャツやジャケット、パンツ、靴、腕時計に至るまで地味なデザイン。

 だけどハイブランドで、目玉が飛び出るほど高かったりする。


 どういう意図で選んでくれたのかわからないけど、札束を身にまとっているようで落ち着かない。




「こんにちは~」




 俺は法律事務所のドアを開け、堂々と挨拶をした……つもりだった。

 だが実際には萎縮して、控えめな声になってしまっている。


 事務所内には、数人の弁護士さんらしき人達がいた。


 彼らは机仕事の手を止め、俺を見る。

 全身を舐め回すように観察すると、興味を失ったみたいで仕事を再開した。


 挨拶もなしとは、感じ悪いな。


 アレクセイのコーディネートは、失敗じゃないのか?

 地味なもんだから、金のない冷やかしだと思われたっぽいぞ?




「いらっしゃいませぇ~。ようこそ法律事務所へ~」


 ただひとりまともに出迎えてくれたのは、小学生ぐらいの女の子だ。

 ダークブラウンの三つ編みをフリフリさせながら、足早にやってくる。


 弁護士さんの子供かな?

 家業の手伝いとは、なかなか感心だ。




「法律に関するご相談ですか~? まずはお掛けになって、お待ちくださ~い。お茶をお持ちしますね~」


 やたら間延びした喋り方だけど、応対自体はしっかりしている。


 格好もレディーススーツにハイヒールと、大人っぽいファッションで……。




 ん……?

 この子の襟元に輝くバッジは……。




「あはは~。小学生に間違われることが多いけど、これでも一応、24なんですよ~。弁護士のりつのりと申します~。よろしくお願いしますね~」


 眼鏡のフレームを手の腹で押し上げながら、女の子は自己紹介する。

 どう見ても見た目小学生な彼女は、何と弁護士の先生だった。


 きっちりと名刺まで、差し出してくれる。




「よろしくお願いします、律矢先生。俺はかなおいじゅんいち。すみません。せっかく名刺をいただいたのに、俺は名刺を持っていなくて……。なんせ今、無職なもので」


 プッという失笑が聞こえてきた。

 ほらな。無職と宣言した途端、これだよ。


 なのにアレクセイは、無職であることを隠さない方がいいだなんて言い出したんだよな。

 どういうつもりだ?

 舐められたら、仕事受けてもらえないんじゃないのか?




 俺の無職宣言を、律矢先生は嘲笑したりはしなかった。

 ただ、素早く全身を観察されたのは分かった。


 そして態度を変えたりはせず、用件を聞いてくれる。


「本日は~、どういったご用件ですか~」


「会社を設立したくて、その相談に」


「なるほどなるほど~。こちらにおかけ下さい~。まずは~、設立する会社の形態についてご説明いたしますね~。株式会社とか合名会社とか、色々ありまして~。それぞれにメリット・デメリットが~」


 俺を応接用のテーブルに案内した律矢先生は、ていねいに説明をしてくれた。

 嚙み砕いて話してくれるから、法律にうとい俺でもわかりやすい。


 ……いい弁護士さんだな。

 この事務所にいる他の弁護士さんは、俺と視線も合わせようとすらしないのに。






 見た目は小学生だし、実年齢も弁護士さんとしては若手だろう。

 それでも律矢法子先生になら、安心して仕事をお願いできる気がした。





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