第6話 レベルアップでこんだけ増えるって、ヌルゲー過ぎるんじゃないですか?

 借金取り撃退の晩。




 俺の部屋に執事服を着込んだイケオジと、メイドの服に着替えた女子高生が押しかけてきて大変だった。


「旦那様、何なりとお申し付けください」


「ご主人様、家事はあたし達に任せて」


 と2人は張り切っていたが、仕事はなかった。


 俺は家事をマメにやるタイプで、掃除も洗濯も行き届いているからな。


 晩御飯も、作り置きのカレーがあった。


 今夜は3人で、食卓を囲んでいる。




「なんであたし達、ご主人様から作ってもらったご飯を食べているんだろ? 使用人だから、作ってあげる立場なんじゃない?」


 夢花もアレクセイも、納得がいかないという表情をしていた。

 2人が美味しそうに食べてくれるから、俺としては満足なんだけどな。


 2人の呼び方は、呼び捨てに矯正された。

 「旦那様」、「ご主人様」呼びは勘弁して欲しいと要求したのに、却下されてしまう。

 ウチの使用人達は厳しい。




「2人を雇うって言ったけど、雇用契約書とかちゃんとしないといけないだろう? そのうち大きな家も買うからさ。働いてもらうのは、それからだ」


「簡単に『家を買う』だなんて、ご主人様はお金持ちよね~。普通の工場勤めだって聞いていたけど、何か他に収入源があるわけ? 実家が資産家とか?」


 ちゃぶ台上に身を乗り出して、無遠慮に詮索してくる夢花。

 アレクセイにジロリとにらまれて、彼女は小さくなった。




「まあ、秘密の収入があるんだよ。いつまで続くのか、わからないけどな」


 俺の説明に、夢花は納得していない様子。

 探るような視線を向けてくる。

 興味津々だな。




「とにかく2人とも、しばらくはゆっくりしといてくれ。明日は土曜日だしな」




 その後、俺は風呂に入った。

 「お背中を流します」という、アレクセイの申し出は丁重に断る。

 「なら、あたしが流してあげようか?」と言う夢花には、デコピンをかましてやった。




 湯船につかりながら、俺はそっとつぶやく。


「明日のログインボーナスも、100万ぐらい振り込まれているといいなぁ」


 小さく呟いたはずなのに、浴室内では大きく反響してしまった。

 夢花やアレクセイに、聞こえていないだろうな?


 なんか脱衣所から、ガタッと音がしたような?





 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□■






 翌朝。

 俺は通帳記入のために、銀行へと向かった。


 そういえば今日は、レベルとかいうのが上がる日だったな。

 もらえるログインボーナスが、豪華になるという話だった。

 10%アップして、110万円とかになっていたら嬉しい。


 祈るような気持ちで、記帳された通帳を確認する。




『*10,000,000』


『ログインボーナス』




 ……増えていないな。

 昨日までと同じ、100万円だ。


 ん……?

 何か違和感が。


 昨日記帳した部分より、数字の列が長いような。


 いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、いっせんま……。




 通帳を持つ手が震えてしまった。


 ログインボーナス、1000万円だと!?





■□■□■□■□■□■□■□■□■





 俺はアパートに戻り、ずっと通帳を眺めていた。


 今回も眼鏡の曇りや汚れを疑い、何度も拭く。

 だけどやっぱり数字は変わらない。


 1000万円、振り込まれている。


「マジか……。ログインボーナスが3日目で10倍になるなんて、ヌルゲーにもほどがあるだろう」


 また、ウィンドウを表示させてみた。

 出てこいと念じると、簡単に光の文字が出現する。


 ……どうやら次のレベルアップは、5日後らしい。




「しかし、1000万か……。1日1000万となると、月収はどれぐらいになる? 年収は?」


「単純計算で、月収3億1000万円の年収36億5000万円ね」


「そんな大金、どう使っていいかわからないな」


「あたしとお父さんのお給料を、ドーンと奮発してくれてもいいのよ?」


「もちろん、相場より多く支払う気だ。借金はなくなったとは言っても、まだまだ遠藤親子の生活は厳し……え?」


 俺はいま、誰と話しているんだ?

 アパートの自室には、俺以外いないはず。


 振り返るとそこには、えんどうゆめの姿があった。

 「ご近所から変な目で見られるからやめろ」と言っているのに、今日も彼女はメイド服を着込んでいる。

 お気に入りらしい。


 色素の薄いグレーの瞳は、好奇心に輝いていた。




「ねえねえ、ご主人様! ログインボーナスってなに? その怪しい光のウィンドウと、何か関係あるの?」


 俺は慌てて指で払い、光のウィンドウを消した。


「今のはゲームだよ、ゲーム。最新のVRゲームだ」


仮想現実VR? 現実世界に文字とか出るなら、拡張現実ARっていうんじゃないの?」


 そうなのか?

 俺もよくわからないまま言ったからな。




「ウィンドウの件は置いとくとして……。やっぱりご主人様って、お金持ちなのねぇ。日給1000万は、ハンパないわ」


「コラ、通帳を盗み見るな」


 夢花は俺の肩越しに、通帳を覗き込む。

 密着もやめろ。

 質量の巨大な何かが、背中に押し付けられる。




「ご主人様の仕事って、本当は何? 工場勤めの派遣社員っていうのは嘘?」


「3日前までは、本当だったよ。クビになって、今は無職だけどな」


 夢花はキョトンとした顔になった。

 一瞬間を置いて、ケラケラと笑い出す。




「無職で、アパート住まいで、執事とメイドが居て、日給1000万円って何それ!? 変な人!」


 主人を変な人呼ばわりとは、失礼なメイドだ。

 あとでアレクセイから、お説教してもらおう。




「まあいいや。ご主人様が、不思議な収入源を持っていること。それが日給1000万円っていう、とんでもないがくであること。これだけわかっていれば、充分よ」


「信頼に足る、雇い主だってことか?」


「ううん。あたしの結婚相手として、充分な稼ぎだってこと」




 俺はちゃぶ台に、ひたいを打ちつけた。


 ……何を言ってるんだ? この子は?

 最近の若い子が考えることは、わからん。




「はいはい、わかったわかった。ムサいオッサンを、あんまりからかうな。アレクセイに殺される」


「え~。ご主人様って、身なりを整えればカッコイイおじさまだと思うけどな。それにお父さんは、ご主人様相手なら喜んで結婚させてくれると思うよ」


「夢花が大人になったらな~」


「あ~! 本気じゃないと思ってるでしょ? あたしもう、17歳なんですけど? あと何か月かして18歳になれば、結婚できるんですけど?」


「アレクセイが許すわけないだろ? 俺は無職だぞ? 娘が無職の男と結婚するなんて……」


「ははあ? ご主人様は、無職なことを気にしてるんだ? それだけ収入があれば、気にすることないと思うんだけどなぁ……。無職が嫌なら、いい方法があるわ」


「一応、聞こうか?」




 ちょっともったいぶった笑顔を浮かべたあと、夢花は元気よく提案した。






「会社を起こすのよ!」






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