第5話 無職、ボロアパート住まいの俺が、イケオジ執事と女子高生メイドを養う羽目になった件

「あべしっ! オッサンてめえ、何しやがる……ってこれは! 札束だとおっ!?」


 借金取りのチンピラは、投げつけられた札束を見て慌てふためいていた。




「それは100万円の束だ。よーく確認するんだな」


「へっ! 立て替えてやるつもりか? だがな! 遠藤の借金は、合計300万! これだけじゃ足りな……ひでぶ!」


 俺は2投目を放った。

 チンピラの顔面に、合計200万ツーストライクだ。


 札束を景気よくブン投げる俺に、夢花ちゃんもアレクセイさんもポカーンとしていた。


 リュックサックに手を入れ、最後の札束を取り出す。


 おおきく振りかぶって、最後の1投を――




「まっ……待て! もう投げるんじゃねえ! お金は大事に扱いなさいって、母ちゃんから教わらなかったのか!?」


 ぬっ?

 チンピラのくせに、まともなことを言うじゃないか。


 俺は投げるのをやめた。




 ――フリをして、クイックモーションで投げつけてやった。


 これで合計300万円ストライクスリー




「うわらば! やりやがったな! てめえ!」


「そんなことより、お札の枚数を数えなくていいのか?」


 俺の指摘に、チンピラは金額を数え始める。




「……確かに300万あるぜぇ。いいんだな? オッサン。遠藤の借金を、てめえが立て替えるってことで。返してくれって言っても、もう返さねえからな」


「返せなんて言わないさ。借用書を置いて、とっとと帰るんだな」


「ちょっと残念だぜ。ゆめはかなりの上玉だったのに……。300万円より価値が……」


「分かってると思うが、2度と遠藤親子に近づくなよ? あの2人は、今日から俺が雇う。つまりは身内だ。俺の身内にちょっかいを出す奴は、どうなっても知らんぞ? はした金で汚れ仕事を請け負う奴は、世の中にごまんといるんだからな」


 もちろんハッタリだ。

 2人を雇うなんて言っても、俺は単なる無職だし。


 殺し屋に依頼するコネも度胸もない。

 今使い果たしたから、お金もないしな。


 使い果たしたどころか、借金がある。

 足りなかった分の100万円は、クレジットカードのキャッシング枠を限界まで利用して借りた。


 これで明日からログインボーナスが打ち切りになったら、俺の人生は詰みだ。




 ハッタリとも知らず、チンピラは脅しを真に受けたようだ。


 借用書を夢花ちゃんに手渡し、バタバタと慌ただしい足取りでアパートから出て行った。


 ふう……。

 とりあえず目の前にあるピンチは、これでしのげたか。


 ビンタを食らった衝撃で吹っ飛んでた、眼鏡を拾ってかけ直す。

 幸いにも、割れたりはしていなかった。




かなおいさん、どうして……。どうして300万円もの大金を……」


「あれは偶然手に入った、あぶく銭なんだ。こういう風に使うのが、きっと1番いい」


 そうさ。

 俺が働いて得た金じゃない。


 人助けに使うのが、後腐れなくていい。




「あたし、絶対返すから! いまは高校生だからバイトしかできないけど、卒業したらバリバリ働いて返す! 何年もかかっちゃうかもしれないけど、絶対返してみせるから!」


「ははっ、そう気張らないでくれ。俺はキミ達親子にあげるつもりで、お金を出したんだ」


 それにいま、アレクセイさんが働けない状態だからな。

 俺への返済なんて、できる状況じゃないだろう。




「お……お……おお……」


 アレクセイさんは、ヨロヨロとこっちへ向かってくる。


 そして俺の近くまでくると、いきなり片膝をついた。




「金生さん……、感謝の言葉もございません。私達親子を救っていただいて、なんとお礼を申し上げてよいやら」


 びっくりした。

 アレクセイさん、肩を震わせて泣いている。




「私が不甲斐ないばかりに、娘にも心配をかけてしまった。ちゃんと働けていれば、妻が残した借金などとうの昔に返済できていたはずなのです」


 あ……。

 借金作ったのって、奥さんだったんだな。




「そういえばアレクセイさんって、お体はどこが悪いんですか?」


「お父さんは、精神が参ってしまったの。前の職場を失ったショックで」


 夢花ちゃんが、代わりに答えてくれた。


 よほど、ショックだったんだろうな。

 前職はたしか、お金持ちの家に仕える執事さんだったはず。


 どうして辞める羽目になったんだ?




「私が仕えていた家はとても裕福で家族仲もよく、幸せそうな家庭でした。しかし事業に失敗して財産のほとんどを失い、一家は離散してしまったのです。私の力が足りなかったばかりに……」


「さすがに主人の事業失敗までは、アレクセイさんの責任ではないと思いますけど……」


「いいえ。家を守る者がいるからこそ、主人は思い切り外で働けるのです。私のサポートが、万全だったなら……」


 拳をギリギリと握り締める姿から、アレクセイさんの無念さが伝わってくる。

 この人はきっと、執事という職業にやりがいとプライドを持っていたんだな。


 それを突然失って、生きる気力も失くしてしまったんだ。


 今日、借金は返せたけど、これだけじゃ本当に助けたことにはならない。




「……アレクセイさん、俺の執事になってくれませんか?」


 自分で言っててぎょっとした。

 

 かなおいじゅんいち、お前は何を言ってるんだ?


 無職、ボロアパート住まいの主人なんて、断られるに決まっているじゃないか。




「金生さん……」


「お給料は前の職場ほど出せないかもしれませんけど、その分あんまり働かなくていいんで。まだ心の傷が癒えていないんでしょう? 俺のところでちょこっとずつ働いて、執事としての勘を取り戻して下さい」


 きっとこの人には、執事としての居場所が必要なんだ。


 そう思ったら、後先考えずに勧誘していた。




「私に……仕えさせてくださるというのですか? 心が折れて、いちどは執事の世界を離れた、この私を?」


「心が折れたのは、それだけ前の雇い主さんを大切に思っていた証拠です。主人想いな執事さんに恵まれて、きっと幸せだったんだと思いますよ」


「おお……お……おお……」


 感極まった様子のアレクセイさんは突然飛び上がり、アパート自室へと駆けこんでいく。


 取り残された俺と夢花ちゃん。


 俺は戸惑っているのに、夢花ちゃんはニヤニヤしている。


 キミのお父さんは何をしているのかと尋ねようとした時、アレクセイさんが戻ってきた。


 何と、バリっとした執事服姿だ。




「このアレクセイ・エンドー。命を賭して旦那様に仕えさせていただきます」


 ビシッと礼を決めるイケオジ執事。

 これは紳士の礼ボウ・アンド・スクレープってやつだな。

 漫画で見たことがある。




「お父さんばっかりずるい! ご主人様、あたしも雇って! メイドさんやってみたい。お母さんが残したメイド服があるし」


「ご主人様はやめてくれ。犯罪臭がする。お母さんも、アレクセイさんと同じお屋敷で働いていたのかい?」


「ううん。お母さんは大型トラックの運転手だったの。メイド服は、お父さんとお母さんの趣味よ」


 なんだか聞いてはいけないことを、聞いてしまった気がする。






 こうして無職、ボロアパート住まいの俺は、イケオジ執事と女子高生メイドの主人になってしまった。





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