第4話 唸れ! 札束ストレート!

かなおいさん、お見苦しいところを見せて、申し訳ありません」


「いえいえ。それより、大丈夫ですか? 怪我していませんか?」




 倒れた状態から起き上がろうとするえんどうアレクセイさんに、俺は肩を貸した。


 おおっ! 痩せこけたイケオジだと思っていたけど、結構筋肉があるな。

 昔は鍛えていたに違いない。




「はははっ。我が家には、借金がありましてな。明日が返済期限でして。取り立て屋が釘を差しに来たというわけです」


「300万円とか言っていましたね。返すアテはあるんですか?」


「……いえ。全く」




 俺は自室に置きっぱなしにしている、預金通帳のことを思い出した。


 ……ダメだ。

 今日と同じように、明日100万円ログインボーナスがもらえたとしても合計200万。

 100万円ほど足りない。


 そもそもあのログインボーナスとやらは、勝手に使っていいお金なのかどうか悩む。

 本当に税金がかからないのか疑っているし、自分で稼いだお金じゃないから後ろめたさもある。


 だいたい俺は何で、この親子の借金を肩代わりするつもりでいるんだ?


 何度かお裾分けを持って行ったり、すれ違った時に挨拶するだけの間柄だろう?


 300万円も支払ってまで、助ける義理は……。




「お父さん……。あたしがなんとかするよ、任せといて!」


 夢花ちゃんが、ドンとトレーナーの胸を叩いた。


「夢花……。300万円もの大金、高校生のお前がなんとかできるわけが……」


「ダイジョーブ! 成績学年1位であるあたしの頭脳なら、絶対切り抜けられる! 明日までに、いい方法を思いつくはずよ」


 「思いつくはずよ」なんて、未来の自分任せかよ。


 呆れながら夢花ちゃんの表情を見ると、グレーの瞳の奥には絶望が浮かんでいた。

 この子……あのチンピラの言いなりになって、裏の風俗店で働く気だな。


 くそ……なんとかならないかな?




「アレクセイさん。借金300万円のうち、100万円だけでも用意できませんか? そしたら俺のツテで、残りは何とか」


 俺の提案に、アレクセイさんも夢花ちゃんも驚いた。

 しかし――


「お恥ずかしながら……」


 ダメか……。

 こうなるともう、俺の力ではどうしようもない。




「金生さん、ありがとうございます。ですがこれは、私の問題です。無関係なお隣さんを、これ以上巻き込むわけにはまいりません」


 アレクセイさんは夢花ちゃんの肩を借りて、自室へと戻っていった。


 玄関をくぐる前に夢花ちゃんが振り返り、「着替え、ありがとうね。洗濯して明日返すから」とお礼を言ってくる。


 その笑顔が健気で、悲しい。




 せめてもう少し、返済期限に猶予があれば……。


 俺は無力感に苛まれたまま部屋に戻り、シャワーを浴びて寝た。

 晩飯は食う気になれなかった。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 翌日、俺は自転車でハローワークに行った。

 失業保険の手続きなどをするためだ。


 ついでに求人票も眺めていたが、37歳で特別な資格もないオッサンが応募できる会社は少ない。

 ちょっと特殊な資格は持っているが、あれは就職に役立ちそうではないしな。


 帰りに銀行にも寄ってみる。


 通帳を記帳すると、今日も確かに100万円振り込まれていた。

 これで貯金額は、200万ちょっと。


 ログインボーナスをもらえるようになる前は、ほとんど貯金なんてできない生活だったからな。


 銀行のカードを財布にしまい込んでいると、クレジットカードが目についた。

 無職になった時って、クレジットカード会社に連絡しないといけないんだっけ?




「ん? そういえばこのクレジットカードって……」




 ちょっとしたアイディアを思いついた。

 しかしこれは、危険もともなうアイディア。


 明日以降も同じようにログインボーナスをもらえないと、俺は破滅する。




(着替え、ありがとうね。洗濯して明日返すから)


 そう言って別れた、夢花ちゃんの悲しい笑顔。

 頭の中にこびりついて、離れないな。




 俺はATMの前で、しばらく立ちすくんでいた。






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 アパートに帰った俺は、駐輪場に自転車を停めた。

 するとそのタイミングで、何かが壊れるような音が聞こえる。


 俺は急いで音のした場所――アパートの2階へと階段を駆け昇った。


 遠藤家のドアが、壊されている。




「ヒャッハー! 借金のカタに、娘は頂いていくぜぇ~!」


 玄関から、借金取りのチンピラが出てきた。

 昨日と同じ奴だ。


 「借金のカタに娘をいただいていく」なんて、お前はいつの時代の人間だよ?


 追いすがるアレクセイさんを突き飛ばし、チンピラは夢花ちゃんを引きずって行こうとする。




「お父さんに何するのよ! 乱暴するなら、大人しくついていってなんかやらないんだから!」


「うるせえ! お前はまだ、自分の立場をわきまえてねえようだな?」


 このままじゃ、夢花ちゃんが殴られる。

 とっさに俺は、彼女の前に割り込んだ。


 相手の平手を、受け止められたらカッコ良かったんだろう。

 だけど俺程度では、代わりにビンタを食らうのが精一杯だ。

 これでも中学までは、空手部だったんだけどな。


 月日の流れって、残酷だな。


 殴られた衝撃で、眼鏡が飛んだ。




「か……かなおいさん!」


 夢花ちゃんが、心配そうな声を上げながら腕に抱きついてきた。

 抱きつくなら、お父さんの方にしなさい。

 色々当たってマズいから。




「な……なんだぁ? 昨日のヒョロもじゃ眼鏡じゃねえか! 邪魔すんじゃねえよ!」


「邪魔しますよ。彼女をどこに連れて行こうっていうんですか?」


「昨日も言っただろ? 夢花には、親父の借金を返してもらわねえとな。体を使って稼ぐんだ。そういうお店だよ」


「確かに、借りたお金は返さないとマズいですよね」


 腕に抱きついていた、夢花ちゃんの力が強くなる。


 大丈夫だ。

 見捨てたりなんかしない。




「だろお? 借りた金は返すのが道理ってもんだ。それともオッサン。あんたが遠藤親子の代わりに、借金を返してくれるのか? どうなんだよ!?」


 昨日と同じ、顔芸みたいなガン飛ばしだ。


 こいつは俺が、引き下がるもんだと思っているんだろうな。

 ただのお隣さんが、多額の借金を肩代わりするなんて想像もしていない。


 そう思うと楽しくて、唇の端が吊り上がった。




「あ? 何ニヤニヤしてんだよ? さっさと夢花をこっちに……」






 俺はリュックサックから取り出した札束を全力投球。

 チンピラの顔面に叩きつけた。




 正直、かなり気持ち良かった。





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