お天気次第の魔法使い、詐欺師の嫁になる
竹部 月子
お天気次第の魔法使い、詐欺師の嫁になる
1章 詐欺師に嫁ぐ
第1話 魔導士試験 落第
魔導国家エミリアにおいて、魔導士になるには国家資格が
10歳から20歳の誕生日まで受験することができるこの試験は、魔導の家系に生まれた者にとって決して難しいものではない。
なのに、一時は神童ともてはやされた、火の
筆記試験は、当然満点を取った。
はじめての失敗から、血のにじむような努力を重ねてきた10年間だと言い切れる。
「
紡いだそばからほどけていく詠唱をかきあつめるように、背中を丸めて奥歯を食いしばった。
不協和音が魔石をギシギシと鳴らしはじめ、試験官たちが顔をしかめる。
それでも火の力は集まってこない。これじゃ、成功するはずがない。
分かってる、分かってるけど。どうか奇跡よ起きて!
「
詠唱に、杖はシンと冷えたまま応えなかった。
私はくずおれるように、祭礼場の中央で膝をつく。
「あれがイファルド家の出来損ないよ、みっともないこと」
「おまえも努力を怠れば、あんな風になるんですからね」
水と風の家からの忍び笑いと、火の家系からの「恥さらしが」という視線が背中を刺す。
「ヴェルラクシェ・ファム・イファルド、魔導士試験、落第。これが最後の挑戦であったこと、分かっていますね?」
はい、とうつむいたまま答えると、容赦なく「顔を上げなさい」と冷たい声が投げられる。
涙でにじんだ目で仰げば、イファルド家筆頭、
「ならば杖を置いて去りなさい。あなたの魔導士としての生は、ここで終わりです」
「っ……ぐっ……」
泣き声を必死でかみ殺した。
一番期待に応えたかったその人から下された宣告に、心がサラサラと灰になっていく。
「申し訳ありません……お母さま」
許しを請えば、母は迷惑そうにため息をついて
「いいの、分かっていたことよ」
憧れ続けた、悠然たる炎が遠ざかる。
私は、見限られたのだ。
「ヴェルラクシェ!」
城を出る前に、凛々しい声に呼び止められた。
「殿下、ご機嫌麗しゅう」
殿下と呼ぶたびに、彼は苦い顔をする。
婚約破棄のすぐ後は、そんな他人行儀な呼び方やめてよとベソをかいていたが、それももう、ずいぶんと昔の話だった。
「試験は、どうだったの?」
答える代わりに、顔を上げて泣きはらした目をさらす。
彼が悲しそうに眉をしかめてくれたから、この人だけは最後まで私が魔導士になれると信じていてくれたのだと、うぬ惚れていよう。
「イファルド家のひとり娘として、魔導士になれなかったこと、恥じ入るばかりでございます。お許し下さい」
「そんなこと……」
おろおろと首を横に振った王子の後ろから、ヒールの音も高く近づいてくる者がいる。
「オリンヒルド様、わたくしを待っていてくださったの?」
婚約者候補である彼女は、最大限のアピールで、もう一人の
「あーらヴェルラクシェ様、先ほどはお疲れ様」
学生時代に、常に私と張り合ってきた彼女は、勝ち誇って
「魔導士になれなかったなら、城に来る用事も無くなるし、もうお会いすることもなくなるのかしら。寂しいわぁ。さ、オリンヒルド様参りましょう」
何ひとつ言い返すことはできない。
ゆくゆくは王妃の座も見据える彼女は、今や雲の上の存在だった。
「殿下、メルカミーア様、それでは失礼いたします」
頭を下げている私に、メルカミーア様がつかつかと寄ってきて囁いた。
「サギシニトツグなんて、あなたにとってもお似合いよ、おめでとう」
言葉の意味が分からないまま、嫌な笑いを浮かべた彼女と、去っていく王子を見送る。
外へ出ると、土砂降りの雨。
母はとっくに屋敷に戻ったのか、傘を持っているはずの執事の姿も見当たらない。
「メルカミーア様は、何と言ったのかしら」
一応声に出してみたけど、頭が死んだように働かない。
「いいわ。なんだって、どうだって、いいわ」
そのまま冷たい雨に身をさらす。
雨は、額から滝のように流れ落ち、泣きながら歩く私の声をかき消してくれた。
「ヴェルラクシェ、あなたに縁談が来ています」
部屋に入ってくるなり、そう言い放った母に、私は思わず「はっ?」と声を上げてしまった。
だって、濡れネズミの私に驚いたばあやが、熱いお茶を持ってきてくれると言って部屋を出て行ったばかり。
さっき落第を言い渡されてから、2時間もたっておらず、泣きすぎた目もパンパンに腫れたままなのだ。
「明日、先方へ伺うことになっています。
母の言葉に、これはもうずいぶん前から決まっていたことなのだと気づいた。
本当に私はもう小指の先ほども、魔導士になれると期待されていなかったことを知り、やっと止まった涙がまたあふれてきそうになる。
「どなたとの……縁談ですか」
なんとかその問いを喉から絞り出した。
どちらの
「パトラス
「恩……爵……?」
魔導爵家ですらないと聞いて、次の息がうまく吸えない。
魔導国家エミリアの、貴族階級は2つ。
魔導士たちからなる、火、水、風の三家の
いまひとつは、王家に特別な功績が認められた者が、褒章としていただくことができる一代限りの
世界神の誕生を予見したという、
いいえ、どこかで聞いたわ。でも、どこで……?
「話は以上です。明日、粗相の無いように」
言うだけ言って、母は部屋を出ていく。
取り残された私の頭の中で、ようやくパチンとピースがはまった。
さっきメルカミーア様は「詐欺師に嫁ぐなんて、あなたにお似合いだわ」と言ったのだ。
数ヶ月前に外国人が恩爵を授かった、まだ若い男だと騒ぎになっていたのを思い出す。
背が高くて立ち姿が素敵だとか、目が合ったら気さくに微笑みかえしてくれたとか、好意的だった声は一時だけのこと。
図書室の開館待ちをしていた私は、令嬢たちがすぐそばのベンチで噂話を初めたのを、聞くつもりもなく聞いていた。
「パトラス恩爵の話、お聞きになった? なんでも、陛下を騙して貴族にのしあがったって」
「わたくしも
ひどい虚言癖じゃない、とクスクス笑った後で、1人が声をひそめた。
「そんなことより、あの恩爵、故郷の国で貴族でもなかったらしいの」
平民上がりってこと? と、令嬢たちが寄せた額の下で、意地悪そうに目が細められる。
「あれは浮浪児だったんじゃないかって、メルカミーア様が仰ってたわ」
やだぁ、と床を踏み鳴らし始めたあたりで、ようやく図書室の開く時間になった。
図書室に向かう私の耳に、最後まで甲高い声がつきまとってくる。
「そんなの詐欺師と同じよ、詐欺師の恩爵だわ」
一睡もできずに夜が明けた。
朝の支度に来たばあやが「まぁ」と眉を下げたところを見ると、昨日一応冷やした目は完璧にはもどらなかったらしい。
私の髪が、手早く逆毛を立てながらツインテールに結い上げられていく。
豊かで真っ赤だった髪は、いつのまにか細く情けないオレンジ色になってしまった。
「赤とピンクのドレスなら、どちらがお嬢様の
気を使って、わざと明るくふるまってくれるばあやに、取り繕うだけの元気も無い。
「分からないわ……ばあやが選んでちょうだい」
着付けられたドレスの、大げさな肩のふくらみとリボンとレース。
つり目がちで、きつい印象がある私には正直似合っていないと思う。
でも、これがイファルド家の令嬢の正しい装いだ。
ホールへ降りるとすでに母が待ち構えていて、私を頭からつま先までざっと見回し、微かにうなずいてドアを開く。
合格をもらえたのは、
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