イタリアンジョーク

浅賀ソルト

イタリアンジョーク

とけ続けるアルプスの氷河から今年も遺体が出てきて、それの身元が判明すると〝物語〟を欲しがるマスコミによる取材合戦が始まったわけで。

捜査当局では身元は発表していなかったがすぐにどこかからリークされ遺族の口元に何本ものマイクがつきつけられることになった。

何十年も前の行方不明者なので当然対象は孫か曾孫になる。

「あ、はい。見つかってよかったです。おじいちゃんを発見してくれた方と身元を調べていただいた捜査関係者に感謝いたします」くらいが無難なコメントだった。ほとんどの親戚がそうした。

俺はまだ二十歳だったので尖っていた。

BBCだのAP通信だのといったすごいカメラの前に立ち、こんな風にコメントしてしまったのだ。

「あ、はい、見つかってよかったです。祖父の記憶ですか? 本当に小さい頃にちょっとチンチンをいたずらされました。けど、もう気にしていません」

なんでそんなことを言ったのかとすぐに詰められることになるのだが——俺が生まれたのはそもそも祖父が失踪したあとだったりする——面白いと思ったからというか、そんな感じである。

そんなわけがないと知っている友達とは、その日の晩にこの出来事を話して、ぎゃはははは、馬鹿じゃねーのと笑ってそこで話は流れた。こういうノリを理解してくれる友達でよかった。あるいは、こういうノリの友達がいるから駄目だったのかもしれない。

俺の冗談はこういう悪趣味なものが多いんだ。悪趣味なんだからやめなさいと言われても、俺は悪趣味な冗談が好きだから悪趣味な冗談を言うんだ。こういう冗談が世の中からまったく消えてしまってもつまらないだろう?

俺は通信社のカメラクルーにもこの冗談が通じたと思った。俺の言い方は完全にこれがジョークですよというニュアンスだったし、顔も笑っていたし、これでこれがジョークだと通じない奴はイタリア人じゃねえ。聞いたスタッフもははははと笑った。なんにせよ何十年も前の氷漬けの死体の話だぜ?

さて、ここで俺の発言がそのまま全世界に報道されたというならある意味、典型的な馬鹿——というかチョケてるだけだ——のエピソードになるんだけど、一流のマスコミはそのままは流さなかった。というかちゃんとジョークと理解していた。そのまま裏も取らずに死人の名誉を毀損するような報道はしなかったのだ。素晴らしい。

ではどこがどうなったかというと三流のゴシップ紙である。さっきの一流報道チームが「取材した若者がこんな冗談言ってたんだけどよー」とどこかの酒場で漏らしたか、俺の冗談を聞いた友達がさらによそで笑い話として話したのか、俺の住んでいる集合住宅にやってきて「ザ・サンなんですけどお話が」なんてきたら、おっと、おっとだ。

このようなお話を耳にしたんですけど詳しくお伺いしてもよろしいですか?

「あー、はいはい。そうねー。自分の金玉をしゃぶられたことはあったかなー。アナルは数回ですね。まだ子供の頃ですよ。そんなに覚えてないです」

これが他人の人生の再現ドラマだったら、「あちゃあ」とか言っているところだ。

けど面白いだろ? 笑えないか? 俺はこのときの取材でもウケを取ろうとしてけっこう頑張ったぜ。そして、その取材でもちゃんと笑いは取れてたんだ。

だって俺は最後にちゃんとオチも言ったんだ。「まあ、俺が生まれたのはじいちゃんが死んだあとなんですけどね」

はい、爆笑。

取材メモの手も止めて、レコーダーやカメラのスイッチも切りますよ。そりゃ。

「わざわざすいませんね。どうも」

「いえいえ、こちらこそどうも」

そして、次の出来事だ。

この話がオチも含めて面白いと思ったんだろう。オチも含めて記事になった。

『この夏に氷河で見つかった遺体の孫が取材に応じて、祖父の思い出を語ってくれた』——で、俺の冗談に、さらに俺が言ってない記者が盛った性的虐待のエピソードが並び——『最後にこの青年は、「まあ、俺が生まれたのはじいちゃんが死んだあとなんですけどね」と言った。愉快な若者だった』

アルプスに登る際にはみなさんも充分な準備を、まであったかもしれない。

友達でこれを最初に見たという奴はいなくて、みんな人から教えてもらって読んだと言っていた。しょうもないオチだとみんな笑っていた。そうだろ? あはは。

だけどこれがまためんどくさい。

ネットになってしまうとこの感じがまったく伝わらない。

俺の冗談がまったく笑えないっていう文句ならまだいい。俺の冗談は悪趣味なんだ。だが、トラウマを冗談で誤魔化そうとしている被害者だとか同情されるのはさすがにやってられない。

本当に祖父が死んだあとの孫だと判明したら、今度はあまりのショックで別の過去と混同させているんだという説まで出る始末。

あとは最悪なのは、わざとオチを削って拡散させる奴ね。こういう奴がYouTubeでお金をもらってると思うと本当に腹が立つ。

俺の冗談で他人が儲けてるんだぜ。面白いと思うならせめて笑えよ。

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