第四十三話 トキとの別れ

 おれと結菜さんは広間に通され、幸村さんも傍に居てくれる。


「おなり~」


 響き渡る声に、三人は頭を下げた。


「幸村」

「はい」

「その者達か」


 一段高い位置から若々しい声がする。


「さようで御座います」


 許されて顔を上げると、そこに将軍秀矩様が居た。おれ自身は転生時の自分の顔を見ていたわけではないのだが、それでも懐かしい。元のおれがと言うか、いや勝家がというか……

 しばらくお互いを見合っていたのだが、


「殿」


 幸村はびっくりして声を上げた。

 秀矩様がいきなり立ち上がると、ずかずかと迫って来たのだ。


「殿、もうびっくりしたではありませんか」


 これは秀矩様がおれに発した言葉だ。


「私はもうどうして良いのか分かりませんでした」

「あっ、いや」

「いきなり私が秀矩様になるなんて……」


 元勝家の訴えに、おれも言葉が出なかった。


「殿――」

「殿――」


 もうどっちがどっちに話し掛けているのか分からなくなってしまう。だが表門で会った時もそうだったが、幸村も勝家も以前と違うおれをトキの配慮から認識出来ているようである。

 結局そこに居た三人で、話し合い、それぞれの立場をわきまえた行動をしようという事になった。

 勝家、いや秀矩様も分かってくれた。


「あの……」


 一人ポツンと取り残された格好の結菜さんが、呆然とおれ達を見ていた。

 その後は、おれと結菜さんの服装があまりにも目立ちすぎるという事で、上に羽織る物を貸してもらい着ることにした。帯を締めると少しは落ち着いて見える。





 豊臣政権は幸村さんから話を聞くと、順調に基盤を築いているようだった。

 おれは勝家ならばと確信していたんだが、期待にたがわず、彼は驚くほどの才能を発揮しているのが分かりほっとした。

 それならば、安心して結菜さんのお城見物に付き合っても良い。

 そんな事を思い始めた時、


「出会えーー」

「曲者!」


 何やら騒がしい声が聞こえて来る。


「幸村さん、何か有ったんですか?」

「いや私もまだ……」

「行ってみましょう」


 声のする広間に来てみると、数人の武士が刀を抜いているではないか。


「ギッギッーー」


 ――あちゃ――


「嘘だろう!」

「殿、何か分かるのですか?」


 幸村さんは思わずおれを殿と呼んでしまった。


「いや、あいつは」


 魔物がここまで付いて来ていたのか。


「殿」


 また殿と呼ばれ、振り返ると安兵衛が居るではないか。新しい殿様の身辺警護を引き受けていたのだが、やはりまだおれを殿と呼んでしまう。

 しかし魔物は安兵衛が手を出すまでも無く、数人の武士の手で仕留められた。

 だがその死骸を見ていると、


「おおっ」


 周囲のざわめきの中で、流れ出た血も何も瞬時に消えてしまった。

 おれも初めてその光景を見て納得した。確かにこれはゲームの魔物に違いない。

 それにしても一体何匹居るんだ。

 それに、もっとランク上位の奴が出て来たら太刀打ち出来るのか……


「あの、お料理はどうやって作っているのかしら?」

「はっ?」


 振り返ると、後からゆっくりやって来た結菜さんがおれを見ている。


「別におなかが空いているわけじゃないですよ」

「…………」

「ただちょっと気になったものですから」

「…………」


 おれは幸村さんに頼んでお女中でも紹介してもらい、城内を案内してもらう事にした。


「それでしたら佐助が良いでしょう」

「そうだ、佐助が居たんだ」


 呼ばれて来た佐助はまたまた変化したおれに驚いていたが、結菜さんの面倒を見てくれる事になった。

 おれは一人になるタイミングを見計らってトキに声を掛けた。


「トキ」

「なあに」


 今は腰元に転生している訳ではないので、その姿はおれにしか見えない。


「困った事になったな」

「そうね」


 このままだと魔物は何体出てくるのか分からないではないか。

 さらに心配なのは、どんどん魔物がランクアップしてきたらどうするのか。対抗するのが侍だけでは面倒な事になる。おれもゲームをしているから良く分かる。下手したら際限なく強力な奴になって来るに違いない。最初はトキが居たから出て来たとしても、次はおれだけでも出て、今度はおれやトキに関係なく出て来るようになったのか。

 トキもいい解決策が思いつかないという感じでおれを見た。


「殿、大変です」


 幸村さんがおれに声を掛けて来た。いざとなるとやはり殿と言ってしまうようだ。


「お連れの方が……」

「お連れって、結菜さん」


 結菜さんが魔物に襲われていると言うのだ。


「何処ですか?」

「あの、普段は男子禁制の場所なんですが」


 幸村さんはそんな事今は言っている時じゃないと、おれを連れに来たのだった。




 佐助が床に倒れている。


「佐助!」


 なんだこれは。見ると得体の知れない化け物が結菜さんを捕まえているではないか。駆けつけたおれの前でとぐろを巻いている奴は、今まで出た二体の魔物とは、一見比べものにならない邪悪さで、レベルが明かに違っていそうだ。


「くそ」


 やっぱり恐れていた事が現実になってしまった。


「殿」


 振り向くと安兵衛も駆けつけて来た。


「殿、離れていていてくだされ」


 安兵衛は刀を構え、じりっじりっと化け物に近づいて行く。


「ギッギッギッーー」

「安兵衛、結菜さんが!」


 安兵衛も確かに迂闊には切り込めない。

 だが時間が無い。結菜さんは意識が無いのかぐったりしている。


「トキ、合図をしたらおれをあいつの側に移動させてくれ」

「殿、そんな事を――」

「大丈夫だ」


 おれは腰から警棒タイプのスタンガンを抜き出した。これが効かなきゃアウトだが、もうやるっきゃない。


「ギッギッギッーー」


 化け物が向きを変えようとしたその時を狙った、


「トキ、頼む」


 おれの立ち位置が瞬時に変わった。


「やろう!」


 次の瞬間、おれは化け物の懐にスタンガンを打ち込んでいた。


「ビチッーー」


 短い衝撃音のような音がして、青い閃光が走る――


「ギッギッギッーー」

「やったか」

「佐助、結菜さん、大丈夫ですか?」

「…………」


 おれは床に倒れている佐助と結菜さんの側に駆けつけた。幸い気を失っているだけで、二人とも怪我は無いようだ。化け物は瞬時に消えてしまい、やはりスタンガンの電撃攻撃には弱い事が分かった。しょせんプログラミングで作り上げられた怪物なのだ。

 本当は実体などない架空の化け物。だがリアル世界に来れば実体化しているし、受けるダメージは現実になる。そこが厄介な点だ。次々と現れる化け物をどうしたら退治出来るのか。


「トキ」

「そうね、リアル世界に来させなければいいんだけど……」


 現代にゲームがはびこっているのは、どうしようもない事実だ。その魔物や化け物をリアル世界に呼び出してしまった。今更後戻りは出来ない。


「どうするか」

「じゃあ勇者を呼んでみたら」


 声を出したのは起き上がった結菜さんだった。


「結菜さん、大丈夫なの?」

「ええ、もう大丈夫です。突然の事でびっくりしてしまったんです」


 側には佐助も立っている。


「あの、結菜さん」

「はい」

「勇者って」

「あのモンスターには見覚えが有ります」


 何と結菜さんはゲーマーでもあったのだ。


「あの怪物の名はニョロンガキラーと言います」

「はっ?」

「しかも甘党でケーキが大好物なんです」

「なんじゃそりゃ」


 まあ架空の怪物なんだからニョロンガだろうがニャロンガだろうが、何でもいいんだけど、ケーキが好物って強いんだか弱いんだか……

 せっかく教えてくれた貴重な情報でも、解決には結びつかないな。

 ところが、すぐそんな思案も吹っ飛ぶ出来事が起こった。

 どたどたと幸村さん配下の者がやって来た。


「申し上げます」

「どうした」

「その、また、怪物が――」


 今度は信じられないほどの巨大な蜘蛛だと言う。

 おれと幸村さん、安兵衛と佐助は急いで騒ぎが起こっているという広間に駆けつけた。

 確かにこれは蜘蛛だろう。ただでかすぎて、取り囲みその巨体を見上げている侍たちが子供のように見える。さすがの広間も狭く感じるほどだ。バキバキっと音を立てて天井が壊れてゆく。


「嘘だろう」


 広間の半分以上を占める不気味な蜘蛛が、毒々しい赤い目玉をギラギラと光らせている。


「この毒蜘蛛はデビルサンダーです」


 また後からやって来た結菜さんが言った。


「気を付けて。このラスボスに噛まれたらアウトです」

「ラスボス!」


 早くも出て来たのか。


「安兵衛うかつに近寄るなよ」

「分かりました」


 安兵衛は刀を抜き身構えている。

 おれはスタンガンを手に持ち様子を伺っていた。


「トキ、また奴の隙を狙うからな」

「分かりました」


 チャンスはすぐやって来た。デビルサンダーが横の侍に気をとられているタイミングを狙い、


「いまだ、トキ」

「はい」


 おれは蜘蛛の下に潜り込むとスタンガンを突き上げた――

 だが、


「なに!」


 腕がしびれ、何が起こったのか分からず、おれは辺りを見た。


「しまった」


 蜘蛛の足の一振りで、スタンガンがすっ飛んでしまった。

 こいつはスタンガンを危険視しているんじゃないか。そうとしか思えない仕草でスタンガンは払いのけられた。しかもその速さが並みではない。


「殿!」


 佐助と安兵衛がもぐりこんで来た。


「イエーー」


 安兵衛が気合と共に蜘蛛の足を一本切り落とす、


「ギッギッギッギッーー」

「早く」


 佐助がおれを引き起こそうとするのだが、なぜか身体が動かない。


「くそ」


 見ると巨大な蜘蛛の足がおれを抑えつけているのだ。


 ――やばい――


「がっ」


 おれが唸り声を出すのと、トキが三人を助けてくれたのとは同時だった。

 だが、


「スタンガンが」

「殿、はい」


 トキの手にスタンガンが握られている。

 そして、すぐ言って来た。


「この魔物達を封じ込めるのは、ただ倒すだけではダメなようね。きりがないわ」

「じゃあ、どうしたら?」

「それは……、私がこの星に居てはダメなの。一時的にでもここを離れるわ」



 トキはこの地球を去ると言う。それしかトキが居る事で出現している、仮想空間とリアル空間とのトンネルを閉める手立ては無いと言うのだ。


「私があの蜘蛛の注意を引くから、その間にスタンガンで攻撃して」

「分かった」


 おれも今回ばかりは、トキとの別れだと、そんな感傷に浸っている暇は無かった。


「それから、……殿」

「えっ?」

「今度こそ、本当にお別れよ。私もあなたと会えて楽しかったわ。でもこんなことになって、ごめんね」

「ごめんなんて、そんな事……」


 トキは結菜さんを見ると、


「結菜さん、殿をよろしく」

 

 結菜さんにはトキの姿が見えないはずなのだが、なぜかこっくりとうなずいた。


「じゃあ殿、いくわよ」

「よし!」


 次の瞬間おれは巨大な怪物の真下に居た。だが蜘蛛は注意が他に行っているのか無防備だ。


「やろう、くらえ!」


 おれはスタンガンを黒々とした胸に向かって突き上げ、


「ギッギッギッギッーー」


 次の瞬間、周囲に見えている全ての物がゆがんだ――







 おれと結菜さんは現代に戻っていた。


「トキ……」


 もうトキの気配は何処にもなかった。また佐助とも別れる事になってしまったが……仕方ない。

 毎日のように来ている近所の公園では、うぐいすが盛んに鳴いている。あれっ、だけどトキが居ないのに記憶は何故かそのままだ……


「殿」

「あの、傍に他人がいる時その呼び方は止めようよ」

「ええっ、何故ですか。いいじゃないですか」

「いや……」


 結局結菜さんは何時でも何処でも、おれを殿と呼び続けることになる。


「殿、ちょっとおなかが空いてきませんか?」

「そうだな、帰って食事にしよう」


 キッチンに立った結菜さんの得意料理は目玉焼きだ。だから我が家では、目玉焼きとカレーライスが日替わりで交互に食卓を飾るのだ。


「ねえねえ結翔」

「ん?」

「実はわたしね、面白い夢を見た事があるのよ。これまで内緒にしていたんだけど……」


 結菜さんがいたずらっぽく笑った。

 それは食後のコーヒーを飲みながら、ドーナツを食べている時だった。


「秀吉の時代のお城を見たのは、夢の方が先だったの」

「…………」


 なんとトキがガイドの結菜さんに転生している間の出来事は、全て彼女の夢となって記憶されているというのだ。


「わたしはトキと一緒だったのよ!」

「…………」


 夢の中で結菜さんはトキと行動を共にし、さらにそれまで異世界でおれのしてきた事を全てを話してくれたという……

 結菜さんと出会って、おれが「戦国時代に行って来た」と言った時、あまり驚かなったのはそのせいであったのだ。そしてこの後、結菜さんからおれにミニ爆弾が投下されるのであった。


「ところで、ねえ結翔」

「ん?」


 結菜さんはおれの目を覗き込みようにして言って来た。


「佐助さんって、綺麗な方ね」

「あっ、えっ、あの……」

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【改訂版】鶴松の戦い、江戸城は二度攻撃する。 @erawan

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