第四十二話 結菜さん戦国時代に行く


 今日はまたデートだ。

 前回はとんでもないことになったが、出直しだな。

 おれの前にはやっぱりいつ見ても可愛いガイドさんが居る。もちろんおれはおしゃれをして来た。ばっちりだと思う。


 ガイドさんの名前は結菜(ゆいな)さん、しかもおれの名前は結翔(ゆいと)だ。偶然にしては出来過ぎ。

 待ち合わせの場所はいつもと同じ大阪城跡地だったが、少し歩いておしゃれなカフェに入った。おれは甘党だし、結菜さんも飲み物とケーキを注文する。

 

 店内にはハードロックカフェと言う店名らしく、旧世代で活躍したロックスターの写真や、ゆかりのギターが壁に展示してある。

 雰囲気は最高だ。


 もちろん二人の会話はすぐ戦国時代にさかのぼる。

 おれは真田幸村のファンなのだが、結菜さんは人物よりも城に興味があると言う。日本中の城を訪ね歩くのが夢だと話し始めた。特に戦国時代の城郭となら結婚してもいいと言うほどの、ちょっとあぶないお城オタクだったのだ。

 だが、おれがおいしそうな抹茶ケーキを一口と思ったその時、


「ギッギッーー」

「んっ」


 ――まさか!――


「結菜さん、今何か聞こえませんでしたか?」

「えっ」

「ギッギッーー」


 ――嘘だろっ――


「何でここに出るんだよ!」

「どうしたんですか?」


 結菜さんはびっくっりして、突然立ち上がったおれを見た。


「あいつだ、あの声が聞こえるでしょう」

「えっ、声?」

「…………」


 トキの引き寄せた魔物は一匹だけではなかったのか。だけどまずいな、もしかするとおれだけに聞こえて、結菜さんには聞こえてないのでは。

 おれだけが襲撃を受けるという事だとすると、周囲の助けは受けられない。

 まずい、これは非常にまずい展開だぞ。

 もうトキも安兵衛も居ない。おれ一人であいつと戦うのか!

 前回やられた手の傷もまだ癒えてないのに。テーブルに有ったナイフとフォークを両手に握りしめる――

 だが、それっきり声は聞こえなくなってしまった。


「結菜さんには聞こえなかったんですか?」

「どんな声ですか?」

「あの、ちょっと不気味な……」

「…………」


 その後のデートは最悪な結果だった。思わぬ魔物の出現におれの意識は吹っ飛んで、デートどころではなくなってしまったのだ。

 結菜さんと何処に行ったのか、何を話したのか全く覚えていない。

 気が付いたらおれは自分の部屋に帰っていた。もう初デートがめちゃくちゃだ。結菜さんには悪いことをした。おれに対する評価も最低になっただろう……



 翌日結菜さんから連絡が有った。


「大丈夫でしたか?」

「あ、結菜さん、昨日はすみませんでした」

「結翔さん具合が悪そうだったので……」

「いや、もう大丈夫です」


 おれは思い切って、全てを話してしまう事にした。

 おかしな人と思われてもいいや。そんな決心をして、結菜さんを誘った。そして再び大阪城跡地で待ち合わせをしたのだった。


「結菜さん、実はおれ戦国時代に行って来たんです」

「えっ~~、うらやましい!」

「はっ」


 いや、普通は何を言い出すのって反応でしょ。うらやましいって……


「じゃあ、秀吉の建てたお城も直接見たんでしょ!」

「あ、まあ、確かに」


 秀吉のお城を見たとか、そう言う事じゃなくって、転生なんて信じられない出来事が起こったんだよ。結菜さんって、かなり楽天的と言うか、なんと言うか……


「わあ、私も行ってみたいな」

「…………」


 時空移転や転生などと言う信じられない事態をどう説明したらいいのか、ここに来る道筋でさんざん考えながら来たんだが、おれは完全に調子が狂ってしまった。


「あの、トキという名の時空を超えた存在の人が居て、その方から転生させられたんだけど」

「中にももちろん入ったんでしょ」

「えっ?」

「お城の中よ」

「あ、それは、入ったんだけど……」


 ――全くかみ合ってないな――


「えっ~~、私も行きたい!」

「…………」


 ――だめだ、こりゃ――


「ねえねえ、結翔さん」

「えっ」

「トキさんに連絡して。私も連れて行って欲しいの」


 そんな簡単にトキと連絡が取れれば苦労はしない。

 この後結菜さんに分かってもらうのに要した時間の長さは、考えないでおこう。


「携帯の番号を聞くとか、LINEを交換するとかしてなかったんですか?」

「あ、それは……」


 もう少し時間が掛かりそうだな。

 それにしても携帯かあ、そんなんで話が出来たら……

 おれはアイフォーンを取り出して試しにトキと打ってみた。結菜さんがおれの手元を真剣に見ている。

 だが、打ち込んでいるうちに、おれも本気になってしまい、携帯を耳に当てた。


「殿」

「えっ」

「迷惑を掛けてしまったわね」

「トキなの?」


 おれは心臓が飛び出しそうになった。トキと話が出来るではないか!


「例の魔物は私が引き寄せてしまったでしょ。気になって帰った後も注意して見ていたの」

「あの……」

「でも今私が不用意にそこに行くと、また出て来てしまうかもしれないわ」



 結局魔物も今は出て来ないみたいだから、しばらく様子をみよう、そう言う事になった。だけどカフェで聞いた声は、間違いなくあいつだった。おれの部屋でもないのに出て来たってことは……

 これはまたいつ何処で出て来てもおかしくないな。護身用にナイフか何かを持ちたいが、それはちょっと出来ない。


「そうだ!」

「えっ、行けるんですか?」


 結菜さんが目を輝かせた。


「あっ、いや、そういう事じゃなくって……」


 スタンガンだ。ロングバトンタイプと言って警棒のような物が、三万前後の値段で買えるって聞いた事があるし、強力だそうだ。

 おれはすぐアイフォーンで検索し、通販で注文をした。

 魔物はネットとか、ゲームの中で表現されている架空の生き物じゃないか。だったら電気ショックだ。電源をパワーの元にするスタンガンなら有効かもしれない。

 だけど、すぐ心配になって来た。もしかしてあいつは雑魚レベルの奴?

 だとしたらトキに来てもらう事は、めちゃくちゃ危険だ。万が一ラスボスクラスのモンスターが現れたら……

 やはりここは当分おれ一人で対処するしかない。


「結菜さん」

「えっ」

「戦国時代はいつか行きましょう」

「行けるのですか?」


 それはなんとも言えないけれど、現におれは二度も行っているのだから、まあ不可能ではないな。


「きっと行けますよ」


 すると結菜さんは「お城」と一言言って、また目を輝かせた。





 おれの前に結菜さんが座っている。

 今日もおしゃれなカフェに来ているのだが、結菜さんの要求が問題だ。


「お願い、行きたいの」

「う~ん」


 しまった、前回はもう少し難しいとでも言っておけばよかったか。


「トキさんに頼んだらいいんでしょ」

「それはそうだけど……」


 どうしても戦国時代に行きたいと言うのだ。

 

「じゃあ、聞くだけ聞いてみるね」

「わあ、ありがとう。これでお城に行ける」

「いや、まだ……」


 おれは仕方なくアイフォーンを取り出してトキと打ち込んだ。


「もしもし」

「仕方ないわね」

「えっ」


 トキが返事をしてくれた。


「結菜さん、行きたいんでしょ」


 おれは無理しなくっても良いと言ったんだが、


「無理じゃ無いわよ。じゃあ結菜さんに代わって」

「結菜さん。トキが話をしたいって」


 結菜さんはこれ以上の幸せはないと言った感じで携帯を受け取った。


「もしもし」

「ええ、そうなんです。どうしても行きたいんです」

「わあ、良いんですか!」

「ありがとうございます」


 結菜さんは携帯を手にぺこりとお辞儀をした。

 こうしておれは結菜さんと一緒にまたまた戦国時代に行く事になった。

 やれやれ、魔物とは別に心配事が増えた。何となくやばい予感がするのだ。

 そして、約束の当日になって、


「結菜さん、何そのキャリーバッグは!」

「だって何泊するかまだ分からないでしょ。これでも少なめにしたの」

「…………」

「このバッグは機内持ち込みの出来るサイズなんですよ」

「…………」


 行く前に用意するからちょっと待って、という彼女の言葉に若干不安をおぼえたのだが、やはりというか。結菜さんはピンクのキャリーバッグを、ゴロゴロと引きずって来たのだった。


「あの……」

「えっ」


 結菜さんがちょっと遠慮がちに説明を始めた。


「向こうのお水とかは綺麗だと思うんですが、一応スキンケア用のトラベルセットを持ってきました」

「…………」

「乾燥していたら肌荒れを防ぎたいので、クレンジングから洗顔・化粧水・乳液の四本がセットになったスキンケアセット、おすすめな商品なんですよ」

「あの――」

「それから化粧水は少し余分に持ったし、あっ、口紅とかは控えめな色にしましたから大丈夫です。ファンデーションも控えめな色にしたんですが、もちろん自然なつやとうるおいが得られて、UVカットと美白ケアが同時に出来る優れものです」

「…………」


 まあ確かに女の子が旅をするんだから、手ぶらでなんて訳にはいかないんだろう。それにしてもそのキャリーバッグは派手だった。取っ手にはお城を擬人化した人形まで付いている。


「それから、念のためパスポートを持って来たんだけど、保険には入ってないんです。大丈夫かしら」

「…………」


 国内だからパスポートは必要ないですねと、一応言ってみた。保険に関しては、なんとも……

 おれはこれ以上何か出ないうちにと、アイフォーンを手にして先を急いだ。


「トキ、頼む」


 周囲の風景が揺らぐと、結菜さんの叫び声が、


「わあ!」

「着きましたよ」

「…………!」


 大阪城の前に来ていた。

 見ると結菜さんが城を見上げ、「アウアウ」と絶句している。

 ところが、おれも結菜さんの服装もそのままだ。転生ではなく、時空移転をしたのだった。この時代ではめちゃくちゃ目立つが仕方がない。




 表門の前には幸村が出迎えに来ていてくれて、おれは思わず声が出た。


「幸村」


 ――あっ、いや違った――


「幸村さん」


 おれはもう殿様ではないんだ。気を付けねば。


「よくいらっしゃいました。トキ殿から話は受け承っております」

「わざわざお出迎え有難うございます」


 とりあえず中に入ってという事になった。

 が、


「あれ」


 結菜さんがいないではないか。


「結菜さん……」


 結菜さんは表門の真下で口を開け、首を大きく曲げて見上げていた。

 何やら口走っているのだが、


「結菜さん」

「あっ、はい」

「お城はこれからいつでもゆっくり見れますよ。行きましょう」


 結菜さんはキャリーバッグをゴロゴロと響かせながら、急いで付いて来た。





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