第四十話 「ヒデノリショーグン」

 開けた場所で両軍は再び対峙しているのだが、キャノン砲も用意しないイングランド軍に以前のような熱気が感じられない、


「殿、使者のようです」


 イングランド軍からまた三人の者が歩いて来る。


「どうやらクロムウエル殿のようだな。トキ、安兵衛、付いて来い」

「はっ」

「はい」


 中央付近で前回と同じメンバーが相対した。


「ヒデノリショーグン」

「クロムウエル殿」

「…………」


 クロムウエルはなかなか声が出ない。気のせいか、時々空を気にしている。


「残念ながら我々の負けのようです」

「貴軍の戦いぶりは見事でした。賞賛に値します」


 確かに両軍の死闘は激しいものであった。さすがは欧州全土を席巻して世界制覇を狙うイングランド軍である。しかし日本までやって来た十七世紀最大規模の大艦隊も、陸上戦のみとなってしまえばなんの用も成さなかった。しかもその野戦では戦国時代を勝ち抜いたつわものぞろいの日本軍が相手であったのだ。


「負けを認めた上で、このような事を申し出るのは忍び難いのですが」

「…………」

「停戦して協定を結んでは頂けないでしょうか」


 おれは停戦ではなく、もうこれ以上の戦は止めて、平和裏に協定を結ぼうではないかと提案する。それに対してクロムウエルは本国に帰り、新たに平和協定の案を送付しましょうと言ってきた。おれは了承して、別れ際に対等の国として、貿易などの利益を共有出来る協定なら歓迎すると伝えた。その言葉に納得したクロムウエルは、もう一度空を見上げると、


「ところで、ショーグンはあの者を御存じなのですか?」

「あの者とは?」

「いや、あの、空に浮かんだ……」

「何かおりましたかな」


 おれはとぼけて首を曲げ、空を見た。




 イングランドの軍船には水と食料を与えて帰らせると、クロムウエルは驚いていた。しかし般若の面にこれほどの効果が有るとは思わなかった。


「トキ、凱旋だぞ」

「そうですね」

「またガールズコレクションだ」


  うぐいすの鳴く時期を選んでガールズコレクションを開催する。場所は大阪城で、例によって佐助のブランド「サスケ」を売りにした派手なパフォーマンスで、会場を沸かせる事にした。

 今回も薪能を催して、手筒花火を効果的に使い幻想的なパフォーマンスを心がける。多数参加した大阪商人達も、始めて見るガールズコレクションに目を丸くして、成功裏に終わった。




「トキ、佐助、戦も終わったし、ガールズコレクションも無事に済んだな」

「よかった」


 佐助の笑顔がまぶしい。


「おれがここに戻った目的も達成された訳だ」

「…………」


 トキは心なしかうつ向いている。多分もうイングランドは攻めて来ないだろう。


「殿」

「ん?」

「これからどうする?」


 佐助の居ない時にトキが聞いて来た。


「そうだな……」


 それが一番の問題だ。


「あの部屋に帰ればまた記憶が無くなるんだろ?」

「…………」

「そうなると、トキとは……」

「…………」


 おれはまたあの会話を思い出していた。


「元居た部屋と時間に戻るという事は、この世界での記憶が無くなるという事なの。この戦国時代に居た事が無かった状態になるわ」

「――――!」

「そうでない未来か、どちらの世界に戻りたいか、また今いるこの戦乱の時代に留まる事も可能なのだから、あなた次第よ」

「…………」


 元の世界に帰ってただのフリーターに戻るのか、それともこの世界に留まるのか。さらに新たな未来に夢を求めるのか。


「あの、あの」

「なあに?」

「その、もう一つだけ聞いていいかな?」


 これはおれがどうしても聞きたい事である。


「いいわよ」

「もしも記憶を無くして元の世界に戻ったとして、そしたらもうトキとは会えないのか?」

「…………」


 前回トキの返事は無かった。


「だよな」

「…………」

「さて、どうするか」

「記憶を残したまま帰りたいの?」


 そうしたいのはやまやまなんだが、どんな世界になっているのか分からないんだろ。リスクが有り、危険な状況かもしれないのだ。

 おれは殺人兵器の開発をとんでもなく加速してしまったからな。





 季節は巡って暖かくなってきた気配を感じたのか、うぐいすが盛んに鳴いている。

 

「殿」

「どうした」

「イングランド王国から親書が送られて参りました」


 幸村の持参した親書はこれまでと違い、打って変わって丁寧な内容になっていた。日本を対等な国として認め、貿易や人的交流を促したいと言って来た。そしてガレオン船が日本を離れる際の、水や食料の供給を受けた事、また戦闘で亡くなった者を、鹿児島湾を見下ろす丘に埋葬する許可を出された事等に感謝するとなっていた。おれの「戦闘が終わってしまえば、敵国の軍と言えども我が国のゲストである」との言葉に、クロムウエルは「あのように優れた為政者の治める国は、最恵国待遇にするべきです」と国王に進言したようだ。さらにはイングランドに帰った兵隊達から、黄金の国ジパングは、山をも動かす荒ぶる神の守る土地であると、伝承されたて行くことになった。

 だが日本から帰国したクロムウエルを祖国で待っていたのは、イングランド王ジェームス一世との対立だった。その後議会派が結成されるなどイングランド国内の混乱に乗じて、イングランドに制圧されていたヨーロッパ各国が一斉に反旗をひるがえした。






「殿」

「佐助」


 佐助もやっとおれを殿と呼ぶようになってくれた。


「新しいスカートを作りました」

「佐助のデザインはなかなかでしょ」


 トキがほめている。これで完全に元に戻ったな。

 さてと、問題はおれの方だ。あの部屋に帰るのか。このままこの時代に留まるのか。記憶を無くすという事は、トキとの出会いの思い出も無くなる事になる。しかしおれはどうしても未練が有ったのだ。


「トキ」

「なあに」

「あの、記憶を残したままで元の世界に戻る事は出来ないんだろうか……、その、トキも……」


 元の世界に戻る時は記憶を無くすのだが、トキと一緒なら記憶はそのままだという。以前トキはおれに一度だけ微妙なニュアンスの返事をした事があるのだ。


「たしか記憶がそのままで戻ればって言ってたけど、じゃあトキも一緒に来てくれるの?」

「一緒に戻ってもいいわ」

「えっ、やった!」


 それはサプライズな返事だった。

 ただおれが戻ったとして、その後はどうなる。秀矩は影武者の手にゆだねられる事になるではないか。

 

「トキ、どうしたら良い?」

「そうね、じゃあ殿が今一番信頼出来ると思う若い人は誰?」

「信頼できるのは幸村だが、さらに若い者と言えば、勝家だ」

 

 ちょっと乱暴だが、勝家を秀矩に転生させてしまえばいい。トキの入れ知恵だった。


「幸村」

「はい」

「勝家を呼べ」


 いやも応も無かった。本人が反論する間もなく決行してしまったのだ。






 おれはトキと二人だけになり、その時が来て、また周囲の空間がゆがんだ――


「あれっ」


 見慣れた部屋で目の前に居るのは、腰元、いや、


「トキだよね?」

「そうよ」

「という事は、おれは部屋に戻って来たんだが、記憶はそのままだ!」


 だが、すぐにハッとした。

 どうなってる、この時代は、もしかして何かが変わった?

 おれは恐る恐る窓を開け、外を見た。


 窓の外を見ると。


「ん?」


 特に変わってはいない?

 その時、


「ちょっと、何なの」


 おれはそこそこ広いマンションに住んでいるのだが、ドアの外から何やら騒がしい声が聞こえて来る。

 トキも怪訝な表情だ。

 ドアの側に行き、覗いてみる。


「ありゃ!」


 なんと安兵衛が外に居るではないか。

 すぐドアを開け――


「安兵衛」

「殿」

「え、この人、今、殿って言ったあ!」


 隣に住むおしゃべりおばさんが、素っ頓狂な声を上げた。


「あの」

「あなたの知り合いなの?」


 おばさんはしきりに安兵衛の刀を気にしているようなのだ。それで怪しい人物として尋問をしていたわけだった。


「あ、おばさん、この人は、その」

「…………」


 ――やばい、何とか説明をしなくっては――


「あの、あ、チンドン屋なんだ」

「はあ!」

「ほら、商店街で売り出しセールとかで、その……、アルバイト……」

「ふうん……」


 今時チンドン屋なんてあるのかどうか分からないが、おばさんはまだ怪訝な表情だったが、何とか引き下がってくれた。



「安兵衛、早く入れ」


 安兵衛を部屋の中に招き入れた。


「殿、チンドン屋とは何の事でしょう?」


 安兵衛が聞いて来た。


「あ、いや、それは、トキ、どうなってるんだ?」

「入ってしまったのね。うっかりしたわ」


 トキは安兵衛が居るのに気が付かず、泡を作って移動をしてしまったのか。

 人を時空移動させる時は、泡のような物で包むという事は聞いていたが……


「殿と私しか居ないと思っていたのよ」


 どうやらいつも傍に居る安兵衛が、移動の瞬間に来てしまったようなのだ。


「ここは一体……」


 部屋を見回す安兵衛に、事情を説明するのには時間が掛かった。

 それでも安兵衛が再び聞いて来た。


「まだ良く分かりませんが、それで、先ほどのチンドン屋と言うのは――」

「あ、それか、それはつまり、なんだ、商売をする時の一種の芝居、いや作法なんだ」

「…………」


 苦しい言い訳だが、まあ安兵衛がチンドン屋を実際に見る事など無いだろう。

 おれはすぐ元の時代に戻す事も考えたんだが、せっかく来たんだから、お茶でも入れて上げようという事になった。

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