第三十九話 トキと共に空を飛ぶ

 風の無い満月の夜である。


「行くぞ」

「はっ」


 鉄砲隊以外が全員参加するという大規模な夜襲が決行された。昼間のうちに腹ごしらえをして、休養をたっぷり取り万全の備えをして夜を待っていた。抜刀隊が先を進むと、槍隊が周囲を取り囲み後に続く。

 しばらく戦闘が無く静かな日々が続いていたからか、寝入っている敵兵はほとんど鎧を身に着けていなかった。


「キエーー!」


 まずは焚火の周りにいた歩哨が切り倒された。周囲で寝ていた者も、寝入っていたところをいきなり襲われ刺殺されたのである。飛び起きても武器を持つ余裕もなく逃げ惑う敵兵にとって、奇声と共に切りつけて来る月明かりに照らされた武士の形相は、恐怖でしかないだろう。肉を切りすぎて切れ味の悪くなった刀は突き刺してゆく。

 襲撃からしばらくは惨劇が続いた。逃げ惑う敵兵を刀と槍が執拗に追い掛け、イングランド兵はマスケットを手にする事も出来ず鹿児島湾に向かい逃げて行った。


「待て、ここまでだ。深追いをするな」


 まだまだ残存兵力が鹿児島湾付近には待機しているはずだ。

 おれは残されていたキャノン砲の車輪を破壊させると、火薬だけを持ち去らせた。これでここにある砲は使い物にならなくなった。全軍を直ちに撤収させる。必ず反撃があるだろう。

 大将達からの報告を聞くと、わが軍の受けた被害はほとんど無かったとの事であった。まずは夜襲成功であった。




 翌朝である。


「殿」

「どうした」

「鹿児島城とその周辺の家屋が砲撃を受けているとの情報で御座います」


 ガレオン船が鹿児島湾に来航して以来、船からの砲撃はほとんど無かったのだが、さすがに大規模な夜襲に激怒したのか、イングランド軍船から砲撃が始まったという事だ。これまで砲撃されなかったのは、周囲に支城が数多くあり目標が絞りにくかった事もあるのだろう。


「幸村、直ちに島津殿救援に向かうぞ」

「分かりました!」




 だが鹿児島城方面に向かうと、おびただしい数の住人が逃げて来るではないか。


「幸村」

「はい」

「兵二千を残す。この者達を守れ」

「分かりました」

「勝永、先を急ぐぞ」

「はっ」


 

 鹿児島城は海岸に近い立地で防衛上良くないと、その築城には反対の声もあった。それが現実になった。海からの砲撃に無防備な姿を晒してしまったのだ。

 比較的質素な城ではあったが、砲撃は容赦のないものだった。海からの攻撃に反撃出来るはずも無く、ただ逃げ回るのみだった。


「忠恒殿」

「殿」

「御無事でしたか」

「面目ない」


 イングランド軍の包囲網をやっと抜け出し、豊臣軍と出会えた忠恒殿はがっくりと肩を落とした。


「いやいやこちらこそ、救援が遅れて申し訳なかった」


 それでも薩摩の優秀な鉄砲隊が豊臣勢と合流したのは心強い。とりあえずガレオン船からの砲撃が届かない距離に陣を敷いた。


「殿」

「トキ」

「何か手伝える事はあるかしら」

「そうだな……」


 トキが気を使ってくれている。

 前回の戦では停泊中のガレオン船に潜り込み、帆に火を付けてやったのだが、今回は相手が多すぎる。数隻の船にダメージを与えてもあまり意味はない。

 また蒙古の来襲では神風が吹き敵船多数が沈没するなどして危機を脱したというが、さすがにトキでもそれは無理だろう。中国の三国志では赤壁の戦いで、孔明のは奇策をもって曹操の密集する軍船を打ち破ったと言う。今鹿児島湾でもイングランドの軍船がひしめいている。何か手はないだろうか……


「トキ」

「はい」

「般若の面を用意出来るか?」

「般若の……」

「そうだ」


 トキが面を用意してくれた。おれは竹藪から笹を取って来ると背中に差してみる。これでちょっとおどろおどろしい感じになったに違いない。イングランド軍の連中を少し脅かしてやろうと思ったのだ。


「そういう事でしたら私に任せて頂けますか?」


 トキが悪戯っぽい顔で言った。


「どうするんだ?」

「港や船の上空を魔女のように飛ぶんです」

「そんな事が出来るのか!」


 おれはまたマストの上に移動して、連中を見下ろしてやろうと考えていたんだが……


「では、行きます」

「あっ、ちょっと、わあ~~」


 おれは空を飛んでいた!

 これでどんな効果があるかまだ分からないが……


「トキ」

「はい」

「ムホッ、何処にいるんだ?」

「殿のお側に」


 初飛行の印象は、……息苦しい。

 だがその時、ものすごい音が響いて来た。


「噴火だ!」


 見ると桜島が噴煙を上げ始めたではないか。史実では一六四二(寛永一九年)四月に噴火している。


「トキ、ちょっと、これはやりすぎ――」

「殿、戻りましょう」

「どうした?」

「この噴火は私じゃありません」


 次々とガレオン船の上を飛び回っていたおれは、桜島から立ち上る噴煙を見上げた。甲板からも上を指さし騒ぐ連中がよく見える。


「分かった、帰ろう」


 火山の噴火は飛行機に相当影響を与えると言う。

 戻って来たおれはのどが少しいがらっぽい。


「殿」

「幸村、どうした」

「仁吉殿より連絡が有り、元込め砲の試作が出来上がったとの事です」

「出来たか!」


 元込めキャノン砲は口径こそ小さなものだが、三門出来て既に大阪を発ったと言う。これで炸裂弾さえあればいいのだが、幸いイングランド軍のキャノン砲は相当数が破壊されたと推測される。

 たとえ敵にまだキャノン砲や炸裂弾が残されていようと、そろそろ五分の戦いになってきたのではないか。さらに後から大阪を発った四万の豊臣軍も到着する頃だ。


「幸村」

「はい」

「大将達を呼べ」


 敵にはまだ炸裂弾が残っているだろう。大軍が固まっていてはだめだ。各大名の軍はそれぞれ離れて独自に行動するよう指示を出した。勝機が有るとみれば各々の判断で戦闘を開始せよと。


「勝永」

「はい」

「その方に兵五千を与える。離れて行動せよ」

「はっ」


 勝家にも豊臣直属軍の五千を与えて、別行動をせよと命令した。島津忠恒殿にも別行動をお願いする。

 おれの元には約一万が残った。

 この後細川、福島両軍が直ちに攻撃に移ったとの連絡が入る。これを知った他の軍も続いて戦闘状態に入り、九州南部の全域が戦場になったようだ。ただ深追いし過ぎた細川軍が、ガレオン船の砲撃を受け後退しているとの報も有った。

 しかし、各軍からの報告を聞いていると、ある共通点が浮かび上がって来た。イングランド軍があまり攻勢に出て来ないと言うのだ。守勢に回っているというよりも、明かに攻撃をためらっている感じだと。敵軍は砲撃も銃撃も今まで通りで、弾切れという感じでもないのだが、何か様子が変だ。


「トキ」

「はい」

「もう一度空を飛んでみようか」

「えっ」


 あるいはと言う思いが、おれの脳裏に浮かんだのだ。


「トキ、行くぞ」

「はい」


 おれは再び般若の面を付け、笹を背中にさして空を飛んだ。

 今度は戦場を豊臣軍側からイングランド軍に向かい、見下ろしながらの飛行だ。唖然として見上げるイングランド兵達が、ついに逃走し始めた。


「やっぱりそうだ」


 時代は十七世紀初頭だ。クロムウエルの方針もあって、特に信心深い兵隊達がそろっている。魔女の存在を信じてはいるが、本当に空を飛ぶおどろおどろしいおれの姿を見ると、先を争って逃げ出したのだ。

 中にはマスケットを投げ出して祈り始める者まで見える。桜島からは盛大な噴煙が上がっているから、舞台背景は迫力満点に違いない!


 一方豊臣軍は、


「あれは天狗ではないか」

「天狗殿がおれたちの援軍に来られたぞ」

「うおっ~~」


 豊臣軍側将兵の間に、天狗様だという声があっという間に広まった。恐れおののき逃げるイングランド兵と違い、豊臣軍側の兵は歓喜の声を上げ攻撃に転じた。信仰心の強いイングランドの者どもはついに歯止めが利かなくなり、総崩れとなり逃げていく。


「最後まで追い詰めてはならない。停止せよ」


 飛行を終えたおれは停止命令を出す。ガレオン船から砲弾の届かない辺りに全軍を留まらせた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る