第三十八話 クロムウエルとの対決
島津軍からの報告では、来航したガレオン船には三層甲板に砲百二十四門を装備するものや、四層甲板に百三十六門を装備する超巨大艦も混じっていると言う。
だがよく見れば二層七四門ほどの中級戦艦が主流のようだ。
しかし我々は海戦をするわけではない。ガレオン船の砲などこの戦いでは無意味となるだろう。
「申し上げます」
イングランド軍を偵察していた者からの報告である。
「上陸した敵軍勢は四万から五万ほどと思われます」
「大筒はどれくらいだ?」
「三十門ほど確認を致しましたが、まだ陸揚げ中のようで御座います」
「分かった。次はどの方角に進んで来るのか、しっかり見届けるようにせよ」
「はっ」
鎌倉時代中期、二度にわたり来襲した元の軍船は大小合わせて七百から九百隻余りだったという。兵員は四万近くにもなったと言うから、今回の危機は正にそれに匹敵するのではないか。日本にとって二度目、三百数十年ぶりとなる非常事態である。
イングランド軍の上陸から数日後、湾から五キロほど内陸に入った開けた所で、両軍は初めて対峙した。五百から六百メートルほどの距離だ。
火器の有効射程距離とは、命中させて破壊力を発揮できる最大の距離のことである。だからその圏外では、目標に直接危害を及ぼす事が出来ず、はっきり言えば弾が届くというだけである。したがって五百メートル離れているという事は、殺しあう一歩手前に居ると言う事だ。
この時代は現代の殺戮戦と違い、互いに陣地を築いて相対するといった、勝敗を競い合うという気風が色濃く残っていた時代である。
蒙古襲来とも呼ばれる文永の役や弘安の役では、鎌倉幕府の武士たちは襲ってきた元の軍勢に向かって、一人進み出ると名乗りを上げたという。「やあやあ我こそは」と、ところがそんな作法は全く通ぜず、それらの武士はいきなり大勢の敵に囲まれて馬から引きずり降ろされ殺された。名乗りも何もない、元軍にとっては敵を素早く殺すのが全てであった。たった一騎で敵軍の前に出てくるなどありえない行動である。だが今回の相手はイングランド軍で、オリバー・クロムウェルに率いられている。
クロムウエルはケンブリッジ大学で学び、強い信仰心から生涯ピューリタンを貫いて庶民院議員となる。ピューリタンは清教徒と訳され、清潔・潔白を表し、厳格な人、潔癖な人を指すこともある。
彼は「酒場の給仕や職人の軍隊で上流人士の騎士たちと戦を続けることは難しい。これからはキリスト教信者の軍をつくらなければならない」と語り、強い信仰心を武器として国王軍に対抗してゆく。実際の戦闘では、聖書に書かれている詩編を唱えながら突撃していたほどだという。
当初クロムウエルの議会軍が劣勢だった理由は、その編成にあったといわれる。国王軍は訓練・戦闘経験を積んだ者も多かったいっぽう、議会軍は民兵を主力とする混成部隊だった。装備・訓練・実戦経験において国王軍に及ばなかったのだ。クロムウェルはそこを強い信仰心で克服しようとしたのだった。
土嚢を積み元込めの火縄銃を並べ、全員伏せて待機させる。その後ろにはキャノン砲を配置。敵もキャノン砲を横一列に配置して、兵士が列をなしている。
「殿」
幸村が声を出した。
「敵から使者らしい者たちが出てまいりました」
「ん?」
確かに三名の将校らしい服装の者がこちらに向かい、一人は旗を掲げて歩いて来る。これはこちらも出て行くっきゃないだろう。
「トキ、安兵衛、付いて来い」
「殿!」
「なんだ」
すぐ出て行こうとするおれを、幸村が危険ではと言って来た。
「大丈夫だ、おれにはトキも安兵衛も付いている」
「…………」
トキの能力は別格だが、安兵衛とていざとなれば三人の相手など抜く手も見せず切り倒すだろう。
双方は両軍の中間地点で歩みを止めた。
まずイングランド軍将校の一人が声を出したのだが、なんとその男こそクロムウエル本人だった。
そのクロムウエルが、前回は共にスペイン・ポルトガル連合軍と戦ったのであるが、今回このように雌雄を決するようになってしまい残念だと言って来た。
おれはトキの通訳で秀矩と名乗り、確かにそれはこちらも残念だと言った。クロムウエルはトキの滑らかな通訳にも驚いたが、おれが秀矩である事にはさらに驚いているようだった。為政者が直接前線に出てくるとは思っていなかったんだろう。彼にしてみれば秀矩の行動は、国王が最前線に出て来て直接交渉を始めたようなものである。
クロムウエルとしてはこの場で、東洋の野蛮な者達ではあるだろうが、前回は共闘したのだから、最低限の礼儀は示そうとしたようである。だが、おれの同様な作法と返答には言葉を失ったようだ。
その後互いに健闘を約束し合う。そして最後に無言で答礼をすると、クロムウエルは陣営に帰って行く。
その後ろ姿が物語っていた。
――この秀矩という為政者は一体――
そしてまず双方のキャノン砲が火を噴いたのだが、
「これは!」
イングランド軍もキャノン砲にライフリングは施してあるようなので、互角の戦いだろうと思っていた。ところが味方の陣地に着弾した砲弾が炸裂するではないか。カノン砲は地面へ弾をバウンドさせて敵兵をなぎ倒すのが主な使用法で、ボーリングのように弾で敵をなぎ倒すのである。だが、
「しまった!」
敵は炸裂弾を完成していたのか。おれは元込め砲は出来るかもしれないが、炸裂弾はさすがに無理だろうと諦めていた。と言うより、実は仁吉に説明する炸裂弾の知識がほとんど無かった。火薬の知識も乏しかったから、他の面で対処しようと考えていたのだ。
二十一世紀より来たからと言っても、知らない事は教えられない。
「逃げろ、この場は撤退だ」
この状況でぐずぐずしてはいられない。直ちに撤退を命令した。
「砲なんかかまうな。逃げろ逃げろ」
おれはそこに居た全軍を退却させた。置き去りにした十門ほどのキャノン砲は惜しいが仕方ない。せめて火薬だけはと持って逃げさせた。
ただ日本の砲は独自に開発した物であり、イングランド軍の砲弾とはサイズが合わないはずだ。
そしてさんざん逃げてまた兵を集めると、撤退の決断が早かった為か、さほど被害は無い事が分かった。
ところが振り返ると、イングランド軍兵が追って来るではないか。キャノン砲はまだ追いついていないようだ。
「幸長」
「はっ」
「狙撃隊で迎え討て」
「分かりました」
土嚢は用意出来ないが、鉄砲隊全員を伏せさせ、元込めの銃を並べて待ち構える体制になった。そこに勝ちほこったのか、勢いよくイングランド兵が銃を撃ち込んで来た。ところが鉄砲隊は皆地面に伏せた状態なので、被害が少ない。
「撃て」
幸長の号令が響くと、横一列になった鉄砲の一斉射撃だ。立っている敵兵はバタバタと倒れる。もちろん敵もすぐ次の弾を銃身の先より込め始めているのだが、元込め式の火縄銃を持つ幸長の狙撃兵は早くも装填を終わり、
「撃て撃て!」
もう号令を待たずに撃ち始める。地面に伏せているわが方の兵に対して、立ったままの敵兵は圧倒的に不利だ。さらに弾を込める時間が違いすぎる。
驚いたイングランド兵はすぐに撤退を始めた。
「よし、ここまでだ」
おれは全ての兵をいったん撤収させた。
これは前哨戦だ。イングランド軍に炸裂弾が有るとは知らなかった。
作戦の練り直しが必要だ。
大名、侍大将達を全員集めた。
「敵の大筒が問題なんだ」
開戦直後の思わぬ撤退より気になるのは、始めて経験した炸裂弾だ。周囲を取り囲んだ皆が、食い入るようにおれを見ている。
「砲弾が爆発するようになっている」
従来の砲弾に対して数倍の被害は受けるし、なによりその精神的ダメージが大きいだろう。こうなるとこちらのキャノン砲ではほとんど対抗できないと考えていい。
対策としては敵と遭遇した時は出来るだけ散らばる事だ。これまでのように集団で突撃するという事は大砲の餌食になるだけだからな。
他に急遽考え出されたものがある。諸大名の槍持ちには鉄砲の射撃をマンツーマンで緊急に習わせる事にした。前線で鉄砲の射手が倒れた時の交代要員だ。敵は撃たれたら減るだけだが、こちらはどんどん交代すればいい。
さらに竹藪を探させ、竹を大量に取らせた。五十センチほどの長さで束にすると、土嚢代わりに鉄砲の射手が使えるようにだ。移動時は各自が胸に括り付けると、恰好は悪いが防弾にもなる。火縄銃の貫通力は、近距離では鎧も用をなさないが、竹筒の束を身にまとっているとかなりの銃弾は防げるようだ。
結局鉄砲の射手だけでなく、槍持ちもほとんどの兵が竹の束を作り、身に着けるようになった。
「殿」
「勝永か、どうした」
勝永と勝家がおれの元に来た。後ろには細川忠興に福島正則の顔も見える。
「われらを切り込み隊に出してはくれないでしょうか」
「なに」
――それは抜刀隊ではないか――
明治十年の西南戦争最大の激戦となった田原坂の戦いにおいて、警視隊から組織された白兵戦部隊。早朝に切り込みを敢行、田原坂を制圧奪取し進軍の突破口を開いた作戦だ。
勝永らは夜間に刀だけで、敵陣に襲撃を加えてみてはどうかと言って来たのだ。
「さて――」
「ぜひ行かせて下さらぬか」
「殿!」
細川、福島両名が声を出した。剣に生きて来た侍が鉄砲の出現で忸怩たる思いを抱いているのは分かる。
「ただし二度三度はダメだぞ。やるのなら一回限りだ」
「はっ」
全員の声がそろった。
何度も夜襲を掛けたら敵は用心してしまう。さらに敵も味方も分からないような闇夜は避けて、満月の夜を待ち決行することになった。それにイングランドの兵は服装が全く違うから間違える事は無いはずだ。
そしてやるのなら徹底的にやり、敵に大打撃を与えるほどでなければならない。そうすることで後々、夜になるといつ攻めて来るか分からないという、プレッシャーを与える事が出来る。
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