第三十七話 イングランド軍

 おれはこれから起きるであろうイングランド軍迎撃のシナリオを思い浮かべていた。イングランド軍は香港の基地からやって来るだろうから、やはり上陸地点は九州のどこか。大軍の上陸できる地点は鹿児島湾か長崎港か。大阪湾の可能性は低いのではないか。


「殿」

「ん?」

「パイン殿から続報で御座います」


 幸村がやって来た。

 

「イングランド軍が南から、ヌルハチが北から総攻撃を加え始めたようです」

「ついに始まったか」


 中国王朝の歴史は功臣の冤罪をでっち上げ、讒言、裏切りの末、ライバルの一族皆殺しを重ねる。そして衰えた王朝に外敵が侵入するというもので、明王朝も正にその轍を踏んでいる。

 ただ世界の歴史も似たようなものであり、日本も例外ではないのだが、中国のそれは完璧に同じパターンを繰り返して来た、王朝興亡の歴史なのだ。幸い日本は外国と海を隔てている為、外敵と陸続きの中国とは若干事情が違う。それでも今回は危機に違いない。


 その後明軍とイングランド・ヌルハチ軍の戦闘の様子が分かってきた。

 明軍は三十万とも四十万とも言われている大勢力なのだが、南北から同時に攻められて、それぞれに半数ずつの兵しか向けられなくなった。

 イングランド軍のキャノン砲は大口径の滑腔砲で、また一部の砲は小口径でありライフリングが施されているようだと言う。

 火薬を砲弾に詰める榴弾が発明されているかどうかは定かでないが、それは時間の問題だろう。ただいずれも先込め砲であり、その点は日本の側が先に元込めを造れば、勝機が有るに違いない。



 そして翌年、ついに明王朝滅亡の知らせが届いた。

 ヌルハチは明朝滅亡前に戦闘で死亡したが、後継者により万暦帝は殺害される。降伏する者には寛大な処置であったが、最後まで反撃する者は容赦無く皆殺しにされた。ただ戦後の領土問題でイングランドと女真族の両国はもめ始め、イングランド軍はしばらく日本には進軍出来ないかもしれないと言って来た。


「殿」

「ん?」

「又イングランド王国からの書状です」


 書面には相変わらず一方的な要求の列挙と、脅し文句が記されていた。

 返事など出す必要もない。



 そして年が変わり、パインよりついにイングランド軍が東進の準備を始めたと連絡が来た。

 香港島の周囲を埋め尽くした艦船数はどう少なく見ても四百隻余りで、その内百隻ほどは大型のガレオン船だと言って来た。

 やはり日本に上陸して来る兵は六万くらいだ。しかしそのイングランド軍も本気で戦闘をするのかどうかは分からない。大軍団を見せつけて脅しを掛け、条約の締結を迫るつもりかもしれないのだ。脅すだけで問題が解決するならその方が良いからな。


 そうはいくものか。日本の底力を見せてやる!


 今度の陸上戦では新しい小口径のキャノン砲も使用されるだろう。向こうの砲もどうやらライフリングを施されているようだから、その点では互角の勝負だ。そして残念ながら仁吉からはまだ元込め式キャノン砲完成の連絡は来ていない。

 香港と九州間は約三千キロとして、この時代の帆船のスピードを時速十キロで計算してみる。北半球の貿易風は東の風で、香港から日本に向かう帆船にとっては向かい風となる。風任せではあるが、二週間以上はかかる航海だ。


 やがてイングランド軍のガレオン船が香港を離れ始めたとの連絡を受ける。全ての軍船が出港し終わるまで、三日以上も掛かった大軍団との情報だった。


「幸村」

「はい」

「パインからの情報はどのようにして手に入れているのだ?」

「伝書鳩を使っております」

「そうか」


 伝書鳩は千七百八十三年に大阪の相場師・相模屋又八が投機目的で堂島の米相場の情報を伝えるために伝書鳩を使ったのを咎められ、幕府に処罰された。という話もあるようです。

 フランスから英国へ向けて行われる国際伝書鳩レースなども有るのだから、飛行距離は相当ありそうですが、帰還率は五割を下回るなど厳しいものだそうです。


「いよいよ決戦の時が来たな」

「すでに全国の大名達には連絡済みですので、九州には間違いなく到着出来ると思われます」

「予定されている大名達はどのようになっておる」


 幸村が九州に集結する諸大名達の名前と用意出来る兵、鉄砲の数をおれの前に差し出した。宇喜多秀家を筆頭に細川忠興、福島正則、浅野幸長、毛利勝永などの名前が続いて、総兵力は十二万を軽く超える。


「鉄砲の数は五万丁ほどで、殿が言われていた大筒は四十門ほどになるかと思われます」

「よし、分かった」


 ライフリングなど構造が精密になるにつれて、量産は難しくなっていった。流れ作業でも思ったほどの増産は達成出来なかったのだ。

 それでも五万丁は心強い。多い大名なら四千や五千丁は用意するだろう。もっとも持ち出されて来る鉄砲の中には、まだまだ先込め式の古い物も混じっているようだ。まあこの緊急の際なのだから、数を集める為にはしかたない。

 豊臣直属の軍は六万だが、イングランド軍が九州に来ると決まったわけではないので、二万を先発隊として勝永、勝家、幸長を行かせる事にした。大阪湾を目指して来る可能性もあるのだが、湾岸から大阪城までは五キロ以上もある。直接の砲撃は不可能だから、やはり上陸は九州だろう。


「殿」

「幸村、どうした」

「はっ、それが……」


 またもや日本に立ち寄る貿易船が、イングランド王国からの書簡を携えて来たのだった。

 今更同じ文面で、一体何を考えているんだ。ふざけてる!

 

「幸村、返事を書け!」

「はっ」

「貴国の軍が日本の領土を汚すようなら、我が軍は火の玉となって賊軍を一兵残さず焼き尽くす所存であるとな」


 多分この返書がイングランドに届く前に、決着は付いているだろう。

 そしてついに九州沖にイングランド軍のガレオン船団が姿を現したとの情報がもたらされ、大坂に残っていた四万の軍も九州に急行することになった。


「トキ」

「はい」

「九州だ、頼む」

「分かりました」


 トキもこの頃になると、既に時の支配者という立場を横に置いて、おれの指示を待ってくれている。頼もしい味方である。

 イングランド軍が到着する時点では、九州には八万から九万の軍勢が集結出来る事になっている。いよいよオリバー・クロムウェルと言う、イングランド軍総司令官のお手並み拝見といこうではないか。





 イングランド軍船は鹿児島湾を埋め尽くし、外海にも小型の軍船がひしめいている。島津軍には、沿岸より離れて見張るように言ってある。まだ手出しは無用だ。上陸はしたいようにさせろと。

 百隻を超えるガレオン船なら、片側四十六門の砲とすれば合計四千六百門にもなる。もちろん狭い湾内で全ての軍船が砲撃するのは無理だろうが、半数としても二千を超える。そんな砲列に歯向かうなど愚の骨頂ではないか。例え何百隻の軍艦砲だろうと、射程距離外に出てしまえば連中は宝の持ち腐れだ。

 鹿児島城が沿岸から数百メートルだから、彼らはそこが砲撃の限度なのだ。それより内陸に居る敵に対し、ガレオン船は何も出来ない。

 陸上戦となればこちらにも対等の勝機があるだろう。

 

 やがてガレオン船から沿岸に向け数発の大砲が放たれたが、日本側からの反応は無い。砲撃はその後鳴りを潜めてしまった。

 イングランド軍は意外にもそれ以上撃ってはこない。

 不気味な静寂が湾を支配していたのだが、沿岸に兵が潜んで居ない事を確認すると、やがてイングランド軍の上陸と砲の陸揚げが始まった。

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