第三十六話 ガレオン船
十七世紀の砲は大型化に進んでいるのだが、今回の作戦では小型を多用しようと考えている。取り回しが楽で敏速に移動出来るからだ。日本の山野ではその方が有利だろう。射程圏外から複数の大砲で集中砲火を浴びせて、無力化させることが出来ればいいのだが、敵の砲も射程距離が伸びているだろう……
ガレオン船に搭載されている大砲は脅威だが、沿岸を離れてしまえば問題ない。あとは上陸して来る大砲だけを何とかすればいいのだ。
何処に上陸して来るか分からない状況で、湾岸の砲台など無駄な防備をする必要はない。大型の大砲は既にイングランドの方が勝っている。百隻を超えるかもしれないガレオン船の大砲に、立ち向かえる装備は間に合わない。勝手に上陸させて、その後有利な場所で迎え討てばいいだけだ。重い砲を陸揚げしようとしているところを襲えばいいのかもしれないが、近づけばガレオン船に備えられた砲の的になる。やはりここは内陸での砲撃戦になるだろう。
ちなみにスペインの無敵艦隊がイングランド沖で放った大砲の弾は十二万発とも言われ、単純計算ではスペイン船一隻当たりの弾丸保有数は九百発にもなる。
と言う事は仮に百隻のガレオン船が来た場合、放たれる砲弾の数は九万発となるではないか!
「幸村」
「はい」
「これはやり方を変える必要があるな」
「…………」
仁吉と幸村とで銃の製造現場を見て回ったおれの感想だった。
日本刀を作る鍛冶工房の風景を思い浮かべたらいい。数人の職人が一丁の鉄砲を最初から完成までかかりっきりだ。これでは到底間に合わない。流れ作業でもっと効率的に仕事を進める必要がある。
幸村にその解決法を説明して、仁吉には細かい行程別の職人を育てれば良いと言って聞かせた。それなら早く養成出来るはずだ。流れ作業に昔ながらの職人は必要ない。
大平洋戦争では銃弾薬の工場で女子学生が活躍したと言うではないか。手の空く町人を多数徴用するのだ。すると二人とも分かってくれたようで、すぐ具体的な相談をし始めた。
だが城に帰る途中でふと気が付いた。
「どうしたのだ?」
「はっ」
「元気がないではないか」
安兵衛がおれの護衛として常に傍に付いている。一度はおれを殺害しようとした男だ。ところがなぜか元気がないように見える。
「拙者はこれまで剣一筋に生きてまいりました」
「…………」
「ところが先ほどの殿と仁吉殿との会話がまったく理解できません。それで……」
「なんだ、そんなことか」
安兵衛には剣道という道があるだろう。それと同じに仁吉にも鉄砲道と言えるものがあるはずだ。同じではないかと言って聞かせた。確かに全く新しい概念や世界がいきなり現れたら、それまで生きて来た価値観が用をなさなくなるのではと感じてしまうのかもしれない。すでに刀を振り回す時代は去り、鉄砲が雌雄を決するようになっているのは安兵衛も分かっているに違いないのだ。
十七世紀に入った欧州は大変な危機に直面していた。農作物の不作が続いて経済が停滞し、さらにペストの流行や、宗教対立が激化。貴族は王室の政策に反発しており、農民一揆、魔女狩りをはじめとする社会不安が増大していたのだ。だがイングランドはこの困難な状況を一気に打開する手を見つけた。それが新式火縄銃の確保により可能になったかもしれない欧州進出だ。
何しろ格段に有効射程距離が伸び、命中率が高くなったのだ。敵の弾が届かない遠距離から、一方的に攻撃を加える事が出来る銃だ。これなら世界制覇も夢ではないかもしれないと。
この時期中東に目を向けると、ペルシャでは為政者アッバース一世が在位して居る。その軍事的成功は、彼個人の才能も十分あるが、同時期のイングランドとの同盟関係の影響も大きかった。欧州を制圧しつつあったイングランドの次の課題はオスマン帝国である。ヨーロッパに食い込むオスマンを駆逐するため有益なアジアの同盟者として、オスマンの背後にいるサファヴィー朝との関係を重視したのだ。
オスマン帝国の弱体化は双方にとって有益なのだ。サファヴィー朝にとってもイングランドの先進的な軍事力は、国力強化や国益に繋がるものであった。
こういった事情があり、イングランドとペルシアは同盟を結び、アッバース一世との間で貿易協定が締結された。
そしてクロムウエルに率いられたイングランド軍団は、ペルシア軍の近代化に重要な役割を果たした。結果、イングランド軍との共闘作戦の前にオスマン帝国は敗れ滅亡する。百年ぶりにバグダードを再征服して創建当時の領域を取り戻す事になる。親イングランドのサファヴィー朝はアッバース一世のもとで最盛期を迎えたのだった。
同じころアメリカ大陸ではジェームズタウン (現代のバージニア州)にイングランドは進出、建設した最初の植民地となった。当時先住人はインディアンしかおらず、認識の違いから数百人単位での殺し合いはあったが入植は進んで行った。さらに中南米にも進出しており、文字通りイングランドの世界制覇が確実に進んでいたのだった。
その後仁吉からは、おれの言った流れ作業による銃の量産体制にめどが付いたとの連絡が有った。
「幸村」
「はい」
「仁吉には必要な資金を惜しまず与えよ」
「分かりました」
「それから諸大名にも連絡して、同じような体制を整えるようにしろ。日本の総力上げて取り組むのだ」
「はっ」
安土桃山の時代、日本では鉄砲の生産が盛んであった。秀吉と違いおれの治める豊臣政権は、刀狩りなどもせず銃の抑制策も打ち出していなかった為、全国の大名がこぞって鉄砲の増産に励んでいたのだ。
刀などはどうでもいい。おれはその大名達に更なる鉄砲の増産を促す方法を教え、指示を出したのだった。
穏やかに続く日々とは裏腹に、日本を取り巻く世界の情勢は次第にきな臭くなって行った。ついにある日、イングランド国王から日本の為政者あてに、クロムウエルを通して書簡が届いたのだ。
「日本国内での治外法権を認め、軍隊も常駐させよ。イングランド人が日本国内で犯罪おこした場合、イングランドの法律で裁かれる。輸入品の関税はイングランドが決定する。もしもこの要求が受け入れられない時、その代償は全て貴国が受ける事になるだろう。
イングランド王国 ジェームズ一世」
やはりおれが危惧していた事は現実になり、それは無礼極まりない一方的な要求だった。前回共闘したなどという事実はなんの意味も無く、約束も効力を発揮しない。通商条約は反故にされたのだ。もちろんおれは即座に突っぱねた。
――日本をなめるんじゃねえぞ!――
眠ったような時間の流れる日本の社会ではあったが、世界は眠ってなどいなかった。
「殿」
「どうした」
幸村が声を掛けて来た。
「明を攻撃中のイングランド軍なんですが、どうやら北のヌルハチと裏でつながっているようです」
「そうか」
「はい、パイン殿からの情報です」
パインはイングランド人なのだから日本にとっては敵国人かもしれないが、おれとの繋がりの方が強いようだ。
それにしても明王朝が滅亡するのは時間の問題だな。次にクロムウエルは、最後のターゲット日本にやって来る!
おれはさらにイングランドとサファヴィー朝アッバース一世との関係を聞いてみた。するとオスマン帝国滅亡最後の様子が分かって来た。
まずイングランドのクロムウエル軍団がオスマンの領土を西から侵略し始める。情報はすぐオスマン帝国の第十五代皇帝の元に届けられた。だがこの頃のオスマン帝国は既に腐敗や汚職、様々な問題が山積で、さらに何度交代しても怠惰な皇帝のオンパレードと内部からの崩壊が始まっていた。それでもオスマンの全軍を招集してクロムウエル討伐軍を組織、反撃するべく向かわせた。
ところがいざ戦いを始めると、意外にもクロムウエルがすぐ撤退を始めてしまう。イングランド軍弱し。全欧州を侵略したとは思えない弱さだ。もちろんオスマン軍は追撃を開始したのだが、すぐ、東方からペルシャ軍が侵略して来たと知らせが入る。弱いイングランド軍は討伐してしまいたいが、東のペルシャ軍を好きにさせて置く事は許されない。すぐ全軍を東に向かわせ、ペルシャ軍に対処する必要がある。
そして東方の戦場に着くと、ペルシャ軍は少し対戦しただけで退却を始めてしまった。ここで再びイングランド軍が攻勢に出て来たとの知らせだ。オスマンの司令官は次第にいらいらして来たのか、些細な事で部下を斬首してしまう事が多くなったと言う。
仕方なく全軍をまとめ、再度西に向かう。兵士の疲労が増して来るし食料も乏しくなってくる。だが侵略して来る敵をそのままにして置くわけにもいかない。
急行軍をして戦場にたどり着くと、またしても対戦したイングランド軍がすぐ撤退してしまうではないか。そしてペルシャ軍が引き返してきたとの報告に接する。ここに至ってやっとオスマンの司令官は、イングランド軍とペルシャ軍の連携作戦に翻弄されている事に気が付いた。
しかし首都に迫る情報がもたらされたペルシャ軍にはやはり対処せざるをえない。オスマン軍は本格的に戦う前から、広大な大陸を東に西に何度も往復させられ疲れ果ててしまった。
オスマン帝国滅亡の前にはそのような事情が有ったようだが、それだけではなく、鉄砲の効果的な使用、常備軍の整備、イングランド軍との連携などと、ペルシャの織田信長とも言われるアッバース一世の活躍も目を見張るものが有ったようだ。
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