第三十四話 フリーター戦国時代に戻る


 うぐいすの鳴き声が聞こえてくる。

 今日は初デートだ。それも、なんとガイドさんの方から誘って来た。

 おれは新調したスニーカーに、ユニクロで買った黒のワイドパンツを穿いている。シャツは白地に極細の紺色ストライプで、流行の一回り大きめのサイズである。床屋に行き毛先をカットしてもらう。これでおしゃれはばっちりだ!

 特別なイケメンでない限りおしゃれは必須である。例のプレイボーイのアドバイスなのだ。


「お前はイケメンか?」

「いや」

「じゃあ金持ちか?」

「違うな」

「だったらせめておしゃれをしろ。内面は外見に現れる、それが女の子と会う時の最低限のマナーだ」


 以前ネットで話題になった話がある。とある国の街中で、若いホームレスの男が写真を撮られた。たまたま見かけてニヒルでカッコイイ男だと撮られたものだが、これがネットに流されるとたちまち大評判になり、スカウトされてモデルにまで成り上がってしまった。着ているものは正に路上生活者そのものだったが、確かに苦み走ったその風情が様になっていた。イケメンは何を着ていても様になるという話である。


 と言う訳で、おれはおしゃれをしなければならない。ところが待ち合わせたガイドさんと会ったとたんにとんでもない展開になってしまった。


「殿――」

「と、殿!」


 え~、それってサービス精神過剰過ぎませんか。

 前回は大勢の人が居たから言い出せなかったようだが、日を改めて会いたいと言われたのだ。


 ――言い出せないっていったい何なんだ――


 待ち合わせ場所として決めた大阪城跡地で、彼女が発した最初の言葉に驚かされた。確かにおれは歴史好きで、このガイドさんも当然そうだろう。それにしてもおれを殿と呼ぶとは……


「実は大変な事になっているんです」


 おれを見つめ、深刻な表情で話し掛けて来た。なんか初デートと言う雰囲気ではないな。


「えっ、大変な事って……」

 

 彼女と会ったら何処に行こうか、おれは甘党だからおしゃれなカフェに行ってケーキを注文するのも良いな。その後は何を食べようかとか、そんな事ばかり考えていた。ところが思わぬ展開に次の言葉が出てこない。


「殿が戻って助けないと」

「はあっ」


 おれは間抜けな言葉を発してしまった。


「日本が植民地になるなんて、殿が一番嫌がっていた事でしょ」

「日本が……植民地……」


 突然何を言い出すんだ。次第におれの頭から甘いデートの二文字もケーキも飛んで行く。このトキと名乗る女性は一体何なんだ。だが彼女はおれの疑問も何のその、一気に話を続けた。


「今ここで説明は無理なの。とにかく私と一緒に――」


 その言葉が終わらぬ内に周囲の景色がゆがんだ――


 ――これは!――


 なんと目の前に秀吉時代の大阪城がそびえているではないか。再び転生だ、おれは一瞬で全てを思い出した。


「トキ、これは一体どう言う事だ?」

「殿にはもう一度転生してもらったの」


 周囲の景色はおれが去った時と、ほとんど変わっていないように見える。


「あなたの力が必要なのよ」

「だけど、元の世界に戻って、全ては無かったことに――」

「それは殿の記憶だけの話なの」


 おれの思考が一瞬止まった。


「はっ?」

「前回は私の言い方が少しまずかったようね」


 なんと活躍した戦国時代の話が全て消えるのは、おれの記憶だけの事であって、そこで生きていた人々の生活はそのまま続いていると言うのだ。あのおれが転生して鶴松となった平行世界はまだ続いていたのだ。もちろんそれはおれも知ってはいたが、あまり気にしていなかったというのが事実だ。


「じゃあ幸村との出会いも、江戸城の攻防もみなそのままで、おれが記憶を失っていただけという訳だ」

「そうなの」

「――!」


 全く勘違いをしていた、……いややっぱりそれは違うな。おれの認識が不足していた。おれがしでかした殺人兵器の開発も全てが消えるわけではない。それは全ておれが勝手に思い描いていた頭の中だけの話だった。

 という事は、まずい、イギリスの世界制覇は現実になるではないか。


「殿」

「ん?」


 振り返るとそこ居たのは、


「幸村」

「殿、お久しぶりで御座います」

「久しぶりと言うと――」

「殿が去られてもう二年が経ちました」


 そんなに経っていたのか。だが次にすぐ思い浮かんだ疑問が、では一体誰に転生したんだ?

 幸村はおれを殿と呼んだ。やはり秀矩なのか?

 それに佐助はどうしているのか気になった。


「殿は影武者に乗り移られました」

「影武者!」


 幸村はトキから話を聞いていて、おれの事情をかなり分かっているようだ。


「秀矩さまは「聚楽第(じゅらくてい)」で御養生されておられます」

「…………!」


 大阪城でのガールズコレクションの後、急に倒れてしまったと言うではないか。そのまま立つこともままならず、佐助がつきっきりで看病しているとのことであった。




 すぐ聚楽第に行く。おれが消えてからすでに二年近く経つ。佐助とは久しぶりの対面なのだが、


「佐助」

「え?」


 なぜか佐助がおれを見て怪訝な顔……


「佐助、おれだ。突然消えたりして、悪かったな」

「おれって、あなたは?」


 佐助はおれの横にいるトキを見ても、知らない他人を見ているようではないか。


「トキ、これは――」

「私は腰元から今はガイドの身体でしょ」

「そうか」


 幸村が声を出した。


「佐助にも説明して少しづつ解決していきましょう」

「そうか、分かった」


 それにしても影武者とは。しかし転生したと言う事は、その影武者の記憶や知識もあるではないか。鶴松は幼児だったからおれの独占状態だったが、今回は転生した相手が成人だ。


「トキ」

「大丈夫よ。影武者の記憶を眠らせておいたから」

「はあ」


 幸村によると、影武者は常におれの側に配置していたとの事なのだが、かなり秀矩と似ているようだ。

 しかし聚楽第に居る秀矩の命はもう長くはないだろうと言う。何しろ三歳で亡くなるはずの身体が今まで持ったのは奇跡に近い。秀矩が二人居る事になるのだが、これは幸村他数名の者のみ知る事実で、いずれはおれが一人秀矩になると、それは内密に決められた。

 この日本に外敵が迫る非常時に、為政者の秀矩が亡くなるなどと言う事は有ってはならないのだ。おれも聚楽第に住み出入りする事にする。前任者?が亡くなった時はひそかに埋葬して、おれだけが表に出ればいい。写真も動画もない時代だから、直接顔を見ている身近な者しか本人かどうか分からないだろう。影武者でもいずれ本人にとって代わることも可能だ。




「幸村」

「はい」

「それで、どうなっているのだ?」


 おれが今一番聞きたいのは、イギリスがどこまで進出しているのかという事だった。


「すでに欧州はイングランド王国の手に落ちたようです」

「イングランド王国だって?」

「はい、そのように呼ばれている国だそうです」


 そうか、まだイギリスと言われるようになるずっと前なんだな。


「オリバー・クロムウェルと言う指揮官に率いられたイングランド王国軍は、新式火縄銃の威力を武器に、欧州を破竹の勢いで支配下におさめたそうです」

「…………!」

「さらにアジアやアメリカにも進出を始めたと聞いております」


 これは一刻の猶予もならない。


「幸村、仁吉を呼べ」

「はっ」




 この少し後の時代欧州では、新教徒勢力とローマ・カトリック勢力との三十年に及ぶ宗教戦争が起こるはずだった。だが新教徒側に付くと思われたイングランド王国は、なんと欧州全土を相手に侵略戦争を始めてしまったのだ。


 パインは既に商人となりアジアに来ていたんだが、連絡を取りクロムウェルの事を聞いてみた。

 すると返事が来た。


「クロムウェルは当初非常に若かったこともあり見習い士官だったのですが、経験を積むうちに頭角を現したようです。信仰心を軍の団結に役立たせ、敵に対する容易に屈服しない精神を育ませています。新式火縄銃の手入れを欠かさず規律を守らせるとの事。新しい戦術を実行出来る柔軟性を持った軍隊を作り上げたようです」


 手ごわい相手だな……

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