第三十一話 イギリスとスペイン・ポルトガル軍船とのバトル


「パイン」

「なんですか、ショーグン」


 並んで歩きながらの会話である。


「スペインやポルトガルとはどうなんだ?」

「どうなんだと申しますと?」


 パインがおれを信頼し始めているのは、その目を見れば分かった。


「勝てるのか?」

「スペインは無敵艦隊などと申しておりましたが、既にイングランド海軍に敗れております」

「そうだな」

「えっ?」


 パインがおれの顔を見た。


「ショーグンはご存じなのですか?」

「あ、いや、そうだろうなと思って……」


 トキに助けてもらいながら続けていた会話なので、詳しくは知らないとごまかした。


「ショーグン」

「ん?」

「一つ疑問があります。お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何かな?」

「ショーグンはなぜか、この時代の方とは思えないのですが……」


 おれはパインの放った鋭い指摘に驚いた。


「何故そう思うんだ?」

「考え方や、我々イギリス人に対する態度は、他のアジアの人とは明らかに違います」

「…………」

「その余裕がなにか途方もない、大きな世界を見て来ている方のような感じなのです」


 おれは思わず、実は、と言いそうになって、ぐっとこらえた。まだ早い、今このイギリス人にまで話したら収拾がつかない事態になりそうだ。

 もっともパインはこの戦の後すぐ軍を離れて商人となったのだが、おれはタッグを組んでもいいと思い始めていた。

 パインはシャム・シルクの売込みに欧米ファッション業界で奔走して、徐々にシルクの人気が高まっていく。佐助のデザインするブランド「サスケ」が一七世紀の欧米ファッション界をリードする事になるのだった。


 おれはパインに、この後に行われるであろうイギリスとスペイン・ポルトガル軍船とのバトルがどうなるのかと聞いた。

 パインは、まず互いに風上を取ろうとして、場合によっては終日を操船に費やすような戦いが行われるだろうと言う。気の長い話しだ。

 帆船では風上をとり維持出来れば、戦闘の主導権を握る事になる。風下にいると風圧で船が傾き、時には船底を敵の砲の前にさらけ出してしまう。それに風上の軍船から流れてくる硝煙は視界を悪くするのだ。

 ただし、想定以上の強風が吹く場合にのみ、風上に不利が生じる。風下側に傾き低くなった最下層の砲門が波に洗われるので、浸水のリスクを避ける為に開口部を閉じなければならないからである。片側三装構造の砲門を備えるガレオン船は、風上から攻撃する艦が最下層甲板に装備した重砲を使うことが出来ないのに対し、風下の軍船は風上側の砲が船の傾斜で持ち上げられるのでそのような問題がなく撃てる。

 そんなことをパインから聞いたおれは、ふと今は台風シーズンではないかと気づいた。


「パイン」

「何ですか?」

「九州沖の海は今荒れるシーズンなんだ」

「…………」

「強風になる確率が高い。嵐が頻繁にやって来る季節だ」

「それは本当ですか?」


 パインは目を見開いた。


「嘘なんか言うもんか」

「だとしたら重要な情報ですね」

「いったん強く吹き始めた風は、止まずにどんどん強くなる」

「分かりました。すぐ船に知らせましょう。まだ出港してないはずです」


 


 城井谷城の支城を含めて包囲網は整ったとの知らせを、宇喜多秀家、長宗我部盛親の軍それぞれから受け取った。毛利輝元の軍も小早川の軍と対峙しているようだ。

 藤堂軍と合流した黒田軍とスペイン・ポルトガル軍は長崎港を離れ、佐賀城方面に向かい進軍中だとトキが知らせて来ており、総数は一万五千前後という事だった。長崎港から北東の佐賀城方面という事は、やはり城井谷城が気になるんだな。

 薩摩の軍からは、鹿児島湾岸沿いの建物を占拠したスペイン軍との戦は膠着状態だと連絡があった。


 パインは黒田利則との戦闘に関して、我が方は数に勝っているようだが、それこそ奇襲を掛ける良いチャンスではないかと言って来た。余裕のある側の軍が夜襲など掛けては来ないと考えるが普通だ。ならばその逆を突いて奇襲すれば成功する確率が高いという訳だ。


「パイン、おれは正面から行く」

「奇策や夜襲は掛けないという事ですか?」

「そうだ」

「…………」


 見つめて来るパインに、おれは胸の内を話して聞かせた。これは分かってもらいたい事だ。


「この戦の後、豊臣政権を確かなものにする為にも、絶対的な勝利を掴み世に知らしめる必要がある」

「小手先の手段には頼らないと」

「その通りだ」

「分かりました。正攻法で行きましょう」


 だが、その前に鍋島軍と龍造寺側との問題を何とかする必要がある。おれは両家に使者を送り、取り合えず兵を引くようにと言った。それが出来なければ両軍とも豊臣の敵になると宣言した。これでやっと両軍は兵を引き上げた。


 鍋島軍と龍造寺軍が兵を引いた以上、後ろを気にする必要が無くなった。小早川軍には毛利軍が対峙しているのでこちらも良し、あとは南の敵を見るだけだ。黒田軍側とは佐賀城近くで相対する事になった。

 おれは勝永が率いて来た豊臣軍と合流、イギリス軍と共におよそ三万二千の軍勢で到着し、布陣を完了させた。本陣に二万、勝永、勝家にそれぞれ五千づつ任せて、後はイギリス軍の二千だ。

 もちろんこの戦には四百丁の新式銃を備える、幸長の狙撃隊も参加している。加藤軍と小西軍には、それぞれ左右に進軍するように前もって伝令を出してある。これで黒田軍側は背後にだけ逃げ道が出来たわけだ。


 戦闘は正午ごろ始まったが、双方直ちに討って出ることはせず、銃撃戦に終始した。そして勝家隊の前に出て撃ち始めたのが幸長の狙撃隊だ。仁吉の改良を重ねた新式銃の成果は如実なものだった。敵兵がバタバタと倒れていく。イギリス軍とスペイン軍の戦場ではマスケットの硝煙が立ち込め、一人二人と倒れる兵士が出て来る。敵味方互いの顔が認識できる距離で撃ち合う、非常に勇気のいる戦いなのだ。そして互いに弾の尽きるころ、勝家隊に正面の黒田軍に対し攻撃命令を出した。加藤軍はポルトガル軍に、小西軍は藤堂軍に、イギリス軍はスペイン軍に対して突撃を開始した。

 激しい戦闘が行われているのだが、やはり数の優位は明らかだった。さらにおれは勝永隊に勝家隊を支援せよと命令した。敵はじりじりと押されていく。


「全軍突撃だ!」


 おれは大声を出せと命令、ときの声を上げさせると、残されていた二万全軍を投入して突撃を開始した。

 これによりスペイン軍の士気が明らかに下がり、ポルトガル軍の士気も一気に下がった。劣勢であると判断したスペインとポルトガル軍が撤退を開始する。

 勝家・勝永の軍勢は黒田軍本隊に殺到、多勢に無勢の状況を支えきれず黒田の軍勢は崩れ、もと来た長崎港に向けて退却して行く。奮闘していた藤堂軍も撤退を開始。これで流れは完全に豊臣軍側となった。

 

 その日の内に藤堂高虎殿の討ち死にと、黒田利則殿の自害が確認された。追い詰められたスペインとポルトガル軍は、降参して捕虜となり武装を解除された。

 利則殿が自害されたと知った城井谷城は、城を明け渡して降伏した。小早川軍は戦わずに撤退を始めたと連絡があった。

 捕虜は加藤軍に預け、残りの全軍を南下させて薩摩軍の支援に向かうことにした。ここから二百キロはあるだろうから、薩摩軍には、最低でもあと七日は持ってもらわねばならない。




 イギリス軍も豊臣軍と共に薩摩に向かっている時、パインがおれの前にやって来た。


「ショーグン」

「ん?」

「スペイン軍船とのバトルなんですが、ただいま入りました報によりますとイギリス軍が勝利したようです」

「そうか!」


 この当時のイギリス海軍は規律が厳しく、水兵を服従させるためにはむち打ちが用いられた。法律では戦時に海軍の人員が不足した際の徴兵方法は、徴募官と兵士が突然現れ、有無を言わさず基地に連行してしまうという逮捕まがいの強制徴募であったという。場合によっては戦よりも厳しい船上の世界であった。

 その海軍で士官にまでなっているパインの話では、当初はやはり風上を確保しようと、終日チェイスが行われていたんだが、そのうちに風が強くなって来た。ここは判断が難しいところだ。より強くなれば風下の方が有利になるが、この時代は当然天気予報など無い。空の雲と波を見て、後は船長の判断次第。間違えれば途端に不利になる。

 ところが風は弱まる気配が無い、どんどん強くなる。もちろんスペインの船長も風下にかじを切るタイミングをうかがってはいたのだろうが、台風の話を聞いていたイギリス船の船長の判断が一瞬早かったようなのだ。一気に風下をとるとキープした。こうなると簡単には互いの位置を変えられない。

 やがて砲撃戦が始まり、風上のスペイン船から流れてくる硝煙で視界が悪くなってきたが、ここで風はさらに強く吹き始めたようだ。

 スペイン船は風下側に傾きが強くなってしまった為、浸水のリスクから低層甲板の開口部を閉じなければならない。最下層甲板に装備した片側重砲の十六門を使うことが出来なくなったのだ。

 これに対しイギリス軍船は三層の四十六門全てを至近距離のスペイン船に向け砲撃を続けた。通常弾と共に鎖でつないだ二つの鉄球弾を撃ち、マストを支えている無数のロープである静索を切る事を試みた。これによりマストは折れやすくなる。

 ついにマストを折られて操舵不能となったスペイン船と他二隻の計三隻を沈め、イギリス船の四隻は平戸に帰って来たというのである。残されたスペインとポルトガルの二隻は逃げて行ったようだ。


 おれは平戸に戻っているイギリス軍船の船長に、今行われている鹿児島湾岸での戦闘に協力してくれないかと問い合わせてみた。船長は台風の話が大いに参考になったと喜んでおり、破損個所の応急修理が終わり次第、すぐ鹿児島湾に行くと言っておれの要請に快諾してくれた。



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