第三十話 豊臣軍九州上陸


 豊臣勢の九州上陸地点は肥前国(ひぜんのくに)、筑前国(ちくぜんのくに)、豊後国(ぶんごのくに)の三カ所に決まる。

 豊臣直属軍は三万に増員され、内二千が平戸に、残りは筑前国に上陸。勝家は再び刀を腰に差し、豊臣軍の大将となった父勝永に同行する。


 毛利輝元の軍一万も同じく筑前国に上陸。

 宇喜多秀家の軍一万五千、長宗我部盛親(ちょうそかべ もりちか)の軍八千六百は豊後国に上陸となり、総勢六万三千六百の大勢力だ。


 この時点で豊臣に忠誠を誓っている九州南半分の大名は加藤、立花、小西、島津だった。ただし立花家では家臣と立花宗茂(たちばな むねしげ)殿が意見を対立させているとの情報もあった。

 平戸には鍋島勝茂が居たのだが、龍造寺高房(りゅうぞうじ たかふさ)は機会あらば勝茂より実権を取り返そうと機会を狙っていた。そこにこの戦騒ぎである。利用しない手はないと考えているようだ。

 筑前国の小早川秀秋は、黒田利則の、九州から豊臣勢力を一掃しようではないかとの書簡に対してすぐには返答していない。豊臣の勢力は侮れないが、スペインとポルトガルの軍が味方するとの話に魅力を感じているのか。


 藤堂高虎は九州ではないが、黒田利則からの誘いに応じて四国より兵を出し、九州に渡っている。島津忠恒(しまづ ただつね)殿は大破した軍船のスぺイン軍が上陸してくるのは分かっているので、地元を離れるわけにはいかない。


 また小西行長の領地より出陣している軍なのだが、行長がキリシタンであることや、この戦いを九州勢として主導する加藤清正と、領地の境界線をめぐる争いが絶えないこともあり、その去就は微妙なものとなっていた。おれがキリスト教の排除に乗り出していることで、気まずい関係になりつつあることも確かだ。キリスト教そのものではなく、その背後に隠されているものが問題なのだが……



 おれは九州上陸を前に、全軍に対して一つだけ厳命した。戦場では人や物を捕るな。女子供を捕らえて売った者は、分かり次第その場で斬首すると。

 そのかわり、命令を守った者は、この戦の報酬は倍にすると明言した。



 スペイン船奇襲を優先したイギリス軍船が、鹿児島湾より平戸まで回航して来ると、イギリス軍の上陸が始まった。しかし豊臣軍の上陸と重なってしまい、背後に山が迫っている狭い港はごった返していた。こんなところを鍋島軍に攻撃されたらまずいと思ったのだが、幸いその気配はなかった。

 鍋島軍も内部では龍造寺側の動きを察知、けん制しなくてはならず、思うように動けないのではないか。

 上陸したイギリス軍は約二千、それに対して豊臣軍も二千。勝永に出来るだけ早く肥前国方面に進軍するようにと連絡した。

 筑前国と豊後国への上陸も、無事出来たとの報告がトキからあった。豊後国には秀家の軍一万五千、盛親の軍八千六百が上陸したのだが、岡藩は全く抵抗しないでそれを容認した。

 その後立花家では、九州に上陸した豊臣方の圧倒的な勢力を知るに及び、主戦派だった家臣達も黙ってしまい、中立を宣言するのが精一杯という有様になってしまったようだ。

 


 最初に陸上で戦闘の火ぶたが切られたのは鹿児島湾岸だった。

 夜明け前、大破した三隻の軍船からスペイン軍が上陸、攻撃してきたが、薩摩側は待ち構えていた精鋭軍の応戦でこれに対抗した。

 激戦となったが、薩摩軍は建物等の陰から猛射を浴びせたため、上陸直後のスペイン軍側に多くの負傷者が出てしまい、指揮をしていた武官も狙撃される。


 優勢な薩摩軍ではあったが、スペイン軍が回り込んで薩摩軍の横を脅かした事で劣勢となる場面もあった。これに対し薩摩軍も新手の兵を投入して攻勢を強め、横からのスペイン軍と交戦して退却させている。

 しかしスペイン軍側は、総員が湾岸に沿って次々と上陸して来た為、薩摩軍は弾薬の補給が間に合わない事もあり一時撤退した。

 それでもスペイン軍迎撃の初日は、薩摩軍側の予想外の働きで戦闘を終えたと連絡があった。



 筑前国に上陸した勝永の隊はおれから連絡を受け、すぐに肥前国に向け進軍を開始した。その際斥候隊を先に行かせていたのだが、小早川軍の小隊と思われる先陣と遭遇。どちらが先に発砲したか分からないまま、戦闘が始まってしまったという。

 この段階ではまだ小早川秀秋は態度を決めかねていたのだが、偶発的とはいえ戦闘が始まってしまった事態を受け、遂に全面的な攻撃命令を出さざるをえなくなった。


 勝永隊は降り始めた雨と霧に紛れながら、発見した小早川軍に接近すると、居合わせた小早川軍主力隊にのみ攻撃目標を絞り、一斉に突撃した。

 小早川軍は勝永隊の突然の攻撃の為、応戦が遅れた。断続的に降り注ぐ雨もあり、状況が把握できないまま潰走を始めてしまう。これに周囲の諸隊も連鎖反応を起こしてしまった。小早川軍は一時的とはいえ、豊臣軍の前から撤退を始めることになったようだ。


 勝永隊と同時に筑前国に上陸した輝元の軍は南下を開始。黒田利則の軍を警戒していた。


 豊後国に上陸した秀家と盛親の軍は、当初何の抵抗も受けないまま西に向かい進軍したのだが、途中藤堂高虎の軍と対峙することになる。

 高虎の軍には秀家隊の先発二千が殺到、高虎側も強固な防御態勢を敷いて応戦した。この戦いは激戦であったが、翌日になり秀家の本隊が到着すると、高虎軍が西に撤退することで終結したと連絡があった。


 ところがその戦の最中、おかしな出来事が起こり、後になって問題となった。秀家の軍に少し遅れて進軍していた盛親軍の一部の隊が途中そっくり消え、その日の夕頃になってまた表れたと言うのだ。それを聞いたおれは事実を究明するように秀家と長曾我部殿に命じた。


 そして出来事の一部が判明することになった。

 なんとその隊は戦場をこっそり抜け出ると、乱取り(らんどり)に走ったようなのだ。女子供を捕らえ連れ去ったというのだ。厳しく追求されても、証拠も無くなかなか白状しないと連絡が来た。


「トキ」

「連れて行ってくれ」

「はい」


 おれは豊後国近くに行くと、トキに協力をしてもらい付近を捜索した。戦闘の最中の事なら、女子供が拉致されてまだ日が経っていない。どこかに隠されているのではないかと考えた。


 そしてやはりその考えは当たった。戦場から少し離れた沢に数十人の女と子供がまとめて拘束されているのを発見したのだ。

 おれは解放した女達に犯人を確認させると、実行した雑兵どもを秀家や盛親の軍が見守る前で、全員を並べ片っ端から斬首した。


 その後平戸に戻ろうとしてトキに声を掛けたその時、


「ん?」


 おれは口元に何か違和感を感じて顔に手をやった。


「これは!」


 口をぬぐった手に血がついて来た。鼻血が出ているではないか。

 

「殿!」


 トキも気が付いて声を掛けて来た。


「殿、大丈夫?」

「たった今大勢の兵を斬首させたからな、ちょっとのぼせただけだろう」

「でも……」

「心配ない、どうってことないさ」

「…………」


 実はトキに内緒にしていたのだが、転送を繰り返すたびに、おれは何時しか身体の変調を感じてきていた。おれの記憶と合体した鶴松の身体が、頻繁な転送のストレスから悲鳴を上げ始めたようだ。分け与えられたエネルギーでカバーしてきた鶴松の身体も限界が近づいて来たのか。

 少し前から何となく気にしていたのだが。それがついに鼻血だ、さすがにこれはまずくなってきた。





 おれは今回の戦の黒幕である黒田利則の居城、城井谷城の周辺を抑えるようにと、宇喜多秀家、長宗我部盛親の軍に指令を出した。長崎に出張っている利則の背後を脅かして、動揺を誘う考えだ。ただし城井谷城は攻めがたい城であるから包囲するだけで、無理に攻める事はないと言っておいた。


 秀吉の九州平定において功績を挙げた黒田孝高・長政父子は、豊前国中津に十二万五千石が与えられる事になる。しかし先祖伝来の地に固執する豊前国人勢力の有力領主の一人・城井鎮房は、秀吉より伊予国への移封を命じられるもこれを拒否し、秀吉の怒りを買う。

 穏便に事を修めることが不可能と悟った長政は城井谷を攻撃したが、地の利を生かして戦う鎮房に苦戦した。そこで兵站を断つ持久戦法をとり、他の国人勢力を各個攻め下すことで形勢は逆転し、追い詰められた鎮房は十三歳になる娘・鶴姫を人質に差し出し和議を申し出て恭順を誓った。しかし、それでも秀吉の承認を得ることができないと知った長政は、城井一族の誅伐を決意。

 長政は鎮房を中津城に招いたが、家臣団は城下の合元寺に留め置かれた。わずかな共の者と中津城に入った鎮房は、長政の手によって酒宴の席で謀殺される。そして黒田勢が合元寺に差し向けられ、斬り合いの末に城井の家臣団は全員が討ち取られ、人質の鶴姫も十三人の侍女と共に磔となり処刑された。



 長崎港に停泊していたスペインとポルトガルの軍船五隻は兵士を上陸させるとすぐ外海に出てしまったようだ。イギリスの軍船が来ていると分かった以上、湾内に留まっているリスクは避けたいからな。


 毛利輝元の軍には小早川の動向に注意せよと指示を出した。平戸に戻ったおれは隊を指揮して東に向かった。勝永の率いる豊臣軍とは四日から五日で合流出来るだろう。そして平戸の商館に置かれたロンドン東インド会社が襲撃される心配はほとんど無いとの判断で、イギリス軍は少数の兵士を残しただけで同行して来た。彼らにとっては外地なのだから無理もない。


「ショーグン、この方角なのですか?」

「そうだ」


 もっともそう言ったおれも初めての土地だったのだが……


「どの位でその軍とは合流出来るのですか?」

「多分四日から五日くらいだ」


 イギリス海軍士官との行軍中の会話だ。イギリス人なのだから英語だと思うが、ほとんど聞き取れない。英語ではないように感じる。指を四本出したりして会話をしていた。多分そういう内容だったと思うが、隣のトキがうなずいているからきっとそうだ。

 太郎兵衛も英語は知らないはずなのだが、筆談で数字を突き合わせれば取引は成立すると言っていた。最も今では簡単な会話くらいなら出来るようだ。勝家はさらに頑張って、日英語の辞書まで作り始めているらしい。

 このイギリス海軍士官は名前をパインと名乗った。青い細身のパンツを履き、燕尾服のような上着には縦に並んだボタンが金色に光っている。首に白いスカーフを巻いて、腰にはサーベルを下げ長靴を履く凛々しい若者であった。

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