第二十二話 佐助スタバに入る

 この世界は、やはりSFでいうタイムパラドックスとかパラレルワールドといった矛盾が生じている。いや矛盾ではなく現実か。トキの言う通り枝葉のように分かれるらしく、行くたびに未来は違う社会になっているようだ。

 まあ無理に考えても仕方ない、ありのままを受け入れるしかないのだ。


 現金を手に入れ、着物を売った店で間に合わせの服を借りてユニクロに行った。佐助は何も言わないから、ブルーのジーンズと白のカットソーを買い、スニーカーを履かせることにした。

 試着室で着替えようとした佐助だが、手こずっているようなのでスタッフに来てもらう。カーテン越しに何故か盛んな笑い声が聞こえてきた。忙しかったのだろうが、店の方は嫌な顔も見せずに着替えを手伝ってくれ、佐助とはすぐ仲良くなったみたいな雰囲気だった。おれは黒のワイドパンツに濃紺のシャツを選ぶと、おれの方が忍びの者みたいな感じになる。だが二人とも無難なコーディネイトだ。後はアクセサリーの店で佐助に似合いそうな、ブレスレットを買ってやる。おれもついでに選んだ。金とシルバーと革製を見せると、佐助は革製を選び、気に入ったようでしきりに手首を見ている。


「どうだ?」

「こんな飾り物を腕にしたのは初めてです」

「そうか」


 着替えた後は髪型も変える。大阪城に来てからは、いつも頭の上で縛っていた髪を下ろし、ナチュラルなロングへアーとなった佐助は、なかなかのスタイルをしていることが分かった。長い黒髪が佐助の雰囲気にマッチしている。おれも頭の一部を剃るなどという事は、ずっと拒否していたので、床屋に行けば解決した。函館で撮影されたという土方歳三の写真だって現代風の髪型なんだから、そんなにおかしなことは無いと思うんだが。佐助はなんとも言えないといった目でおれの髪を見ていた。


 その後はふと気になり、東京に行こうと新幹線に乗ることにした。江戸城跡地に行ってみようと。しかしこれから乗ろうとしている新幹線より、佐助は始めて身に着けた服が窮屈なのか、気になってしかたないみたいだった。

 乗車時間が来るまで新幹線駅構内のスタバでコーヒーを飲むことにした。佐助には椅子に座って待っているようにと言って、カウンターまで歩いていく。


「あ、佐助、あの椅子で座って待ってなさいって――」

「…………」


 後をついて来てしまった。


「じゃあ、まあいいや」

「…………」

「これ、佐助のコーヒーね」

「…………」

「あ、ジュースの方がいいか」

「…………」


 もうずっとだんまりの佐助だ。

 佐助にも分かるようにと、これまで何度も今の状況を説明をしてきたが、どこまで理解できたか。たぶん彼女の頭の中は、この状況をどう受け入れたらいいのか混乱の極みなんだろう。

 駅に来る途中の路上では、おれにぶつかるほどくっついて歩いて来た。そうかと思えば、今度はすれ違うミニスカートの女性に見入って立ち止まり、おれから離れてしまうし……


 今は新幹線のホームで息をつめ、入って来た流線形の車体を見つめている。車内に乗り込み、おれの問い掛けに、笑顔を作って見せるが、列車が音もなく走り出すと、窓の外を見る佐助は完璧に黙りこくってしまった。顔が明らかに引きつっている。

 だが動き出して暫くすると、佐助もやっと落ち着いてきたようだ。それとも無理に落ち着こうとしているだけなのか。


「佐助」

「…………」

「大丈夫か?」

「あの、殿」

「ん?」

「ここは何処なのですか?」


 もうこれで二回目なんだが、また同じ説明をする。


「だからここはね、未来の里というところなんだ」

「みらいの里」

「そう、佐助やおれの居たところからちょっと離れた場所なんだよ」


 佐助がまた心配そうに聞いてきた。


「何時元の所に帰るんですか?」

「少し見学してから帰ることにしよう」

「…………」

「大丈夫だよ、必ずまた帰るから」

「みらいの里は大阪よりも、ずっと大きな街ですね」


 やっと元気が出てきたのか、テイクアウトしたジュースを飲みながらそう言った。


「ジュースは美味しいか?」

「こんなに美味しいものは初めてです」

「そうか、よかった」


 以前に見たテレビ番組で、南大平洋に浮かぶ島の住民を東京に連れてくるというものがあった。住人は生まれてまだ、島の外には一度も出たことがないという人たちだ。車もバイクも無く、ヤシの葉を揺らす風が通り過ぎて、のんびりした時間だけが流れている世界。

 そんなところで一生暮らしている人たちが、いきなり飛行機に乗せられ、東京のど真ん中に来たらどんなリアクションをするのかという、いわばのぞき見趣味のような番組だった。

 ところが、番組制作者の予想に反して、島民のにこにことした顔での冷静な反応に、番組スタッフは皆びっくりするやらがっかりするやら。そんな感じだった。

 人はとんでもない環境変化にも、意外に適応出来るものなのだ。

 佐助の新幹線に乗ってからの予想外に早い環境適応にも、やがてびっくりさせられる事になる。

 浜松の駅で途中下車すると、改札口に向かって歩いて行く。しかし下りエスカレーターの前で佐助の足が止まった。


「殿」

「うん、ゆっくり歩いて、一緒に乗れば大丈夫だよ」


 なかなか進もうとしないので、後ろから来た方に道を譲った。人の乗る様子を見てやっと安心したのか歩き出した。


「降りるときはね、足を上げて跨ぐようにするんだよ。でないと転ぶから」

「…………」


 ところが、今度は自動改札口の前でまた止まってしまう佐助、一人ずつ入るので厄介なのだ。なんとか乗車券の差し込み方を説明して、おれが先に入る。だが続けて入って来た佐助が――


「殿!」

「ありゃ」


 通るのが遅すぎて、出口の小さなドアが閉まってしまった。


「あの、お願いします」


 駅員に来てもらった。

 やっと改札口を出て自動券売機の前を通り、構内のショッピング街を歩き始めると、佐助は横にピッタリ着いて来る。

 その後はタクシーに乗ろうと、混雑していた駅構内から外に向かって歩いていたその時、若い男がおれとすれ違いざまにぶつかり、


「何処見てんだよ」と捨て台詞を吐いた――

「無礼者!」


 言うが早いか佐助、何処から取り出したのか小刀を構えているではないか。

 その身体から発する殺意は、もう先ほどまでの佐助ではない。


 ――ぎえ~~――


 これは相手の男ではない、おれの内なる悲鳴だ。

 そんなものを隠し持っていたのか。


「まずい、まずいよ、それ」


 すぐその小刀を相手から見られないようにして取り上げた。若い男は何やら訳の分からない言葉を吐きながら行ってしまった。


「いけなかったでしょうか」

「他に、まさか、手裏剣とか持ってないよね」

「持ってません」

「よかった」


 小刀はそっとゴミかごに捨てた。


「殿をお守りするのに必要だと思いまして」

「うん、守ってくれるのは有難いんだけどね、刃物はまずいんだ」

「そうですか」

「そう、この未来の里では、あんな刃物を外で持ち歩いていたら非常にやばいことになるの」

「分かりました」


 そしてタクシーに乗ると、


「これはね、鉄の籠って言うの」


 先ほどの小刀ショックを和らげようと、おれはジョークのつもりで言ったのだが、佐助は微妙な顔でうなずいている。

 タクシーが浜松城に着いて駐車場で降り、ゆっくり天守閣の建つ広場まで歩いて行くと、佐助が聞いてきた。


「ここは何というお城なんですか?」

「浜松城だよ」

「えっ」


 彼女には、なかなか理解出来ないかもしれない。ほんの少し前まで居た浜松城とは似ても似つかない城だからだ。佐助の知る浜松城はもっと泥臭く、こんな綺麗な城ではなかった。

 複雑な顔をする佐助だが、これからもっと理解しがたい場面に出会うだろう。


 浜松城を後にすると、今度は北に向かって車を走らせてもらう。この辺りはあの徳川軍と豊臣軍が激突した地だ。もちろん通り沿いはビルが立ち並んで、当時の様子をうかがわせるものは何もない。そして天竜川に近づくと橋が見えてくる。ちょっと古いが鉄の橋で、横には並行して天竜浜名湖鉄道が走っている。

 さらに進むと幅の狭い二俣川に出会い、そこに架かる、レトロな照明の付いた橋を渡ったとこで折り返して来た。

 次に目指すは東京だ。

 新幹線の浜松駅構内でまたスタバに入る。ところが、おれが注文しに行こうとすると、


「殿、私に任せて頂けますか?」

「えっ」


 なんと佐助が一人でカウンターまで行くと言うではないか!

 心配だったが、可愛い子には旅をさせろだ。椅子に座って待つことにした。もちろん何が有ってもいいようにおれは身構えていた。すぐ立ち上がって走っていけるようにだ。

 するとゆっくりと柳のように歩いて行く佐助を、すれ違うサラリーマン風の男や他の何人かの者が遠慮がちに見ている。女性までもが見ているではないか。忍びの者が目立ってはいけないのだろうが、現代のファッションとロングヘアーで歩く佐助は、ノーメイクなのに、かなり人目を引いている。

 遠くから見ていると、手におれから受け取った紙幣を持ち、スタッフを前にして堂々と指さし注文をしている。佐助が満面の笑みを浮かべているので、スタッフも思わず誘い込まれて笑ってしまうようだ。


 普通は出来るまで席で待つのだが、笑顔を絶やさず話す佐助に店員が引き込まれているようで、会話が弾んでいる。そしてトレーを手に戻って来る佐助に、


「通じた?」

「はい」

「それは良かった」

「殿は前と同じコーヒーにしました」


 おれのコーヒーを渡してくれる。


「佐助は何にしたんだ?」

「さくらミルクラテです。絵を見たら美味しそうでしたので」

「…………」

「あとはヘーゼルナッツムースにストロベリーシフォンという名前のけーきだそうです」

「へージェル……」

「へージェルではありません。ヘーゼルナッツムースです」

「…………」


 おれはただ黙って聞いてるしかなかった。


「でざーとにいかがですかと言われました」

「…………」

「殿」

「はっ?」

「でざーととか、けーきって何ですか?」

「…………」




 新幹線の窓から外を見る佐助の顔は、もう好奇心に満ちたものに変わっていた。やがて東京駅に着いたが、その混雑ぶりは浜松の比ではない。


「佐助」

「はい」

「ここはものすごく混雑しているから、はぐれるなよ」

「分かりました」


 だが、地下の連絡通路を歩いていると。

 あ、れ、何処に行った?

 振り返ると、今まで隣にいたり、後ろから付いて来たりしたはずの佐助が居ないではないか。おれはぐるぐると二周も回転してしまった。

 その時、人混みの後ろから、大きな声が響いた――


「殿~~!」

「あっ」

「こっちで~~す」

「…………」


 周り中から見られてしまった……

 にこにこと傍にやって来た佐助に言った。


「あの、殿って呼ぶのはよそうか」

「え、なぜですか?」

「いや、なんだ、その」

「殿は殿です」

「それはそうなんだけどな」

「…………」


 結局そのまま殿と呼ばれることになってしまった。

 その後は江戸城跡地まで行ったんだが……

 はっきり言って、まったく違う。江戸城天守台が残されているのだが、あの炎上した天守閣の跡地とは別物のようだ。

 もちろん本丸も残ってはいない。黙って周囲を見回していた佐助が聞いてくる。


「ここはどういう場所なのですか?」

「江戸城の跡地なんだ」

「えっ」

「うん、あの江戸城のね」

「でも」


 彼女が信じられないのは無理もない。佐助がここで焼け落ちる天守閣や本丸を見たのはつい最近の事なのだ。あの重い城門を開けた感覚でさえまだ残っているだろう。それが何も無いんだ。代わりに新しい建物がそこかしこに建っている。

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