第二十一話 佐助未来に行く
「見つかった金を持ってこの世界の未来に行ってみましょうか?」
トキがさらっと言ってきた。
「えっ、だけど帰りは――」
「その心配はいらないわ。ちゃんと帰れるから大丈夫よ」
未来の枝先はさまざまに別れて行くが、元に戻れば同じ位置だと言う事らしい。
「そうか、分かった」
やはりトキに隠し立ては出来ない。おれの欲望をお見通しなのである。
そしておれがトキの造った泡に包まれると、光速を超える速度で運ばれているようである。ようであるというのは、時間の感覚が無くなり、瞬間の事のような感じもして想像でしかないのだ。例えばワームホールにその例を見ることが出来る。ワームホールを利用して光速に近い速さで移動すると、時空移転が出来るという話である。
この理論の基礎にあるのはウラシマ効果というもので、相対性理論では時間の進み方は相対的であるとされており、速く移動するものは、外から見ると時間の流れがゆっくりになって時間差が生じ、また速度差が大きければ大きいほどその時間差も大きくなる。浦島太郎が竜宮城に数時間しか滞在していなかったにもかかわらず、砂浜に戻ってくると、友達がみんな老人になっていたという。助けた亀に乗り光速に近い速度で移動していたとしたら、浦島太郎側から見たこの話の辻褄は合う。
入口と出口が時空を貫いて直接つながったトンネルのようなもので、それぞれの出入り口から入ると、時空を超えて瞬時に移動出来る。このようなトンネルが存在しうるということは、アインシュタインが一般相対性理論を作った直後には、計算で導き出されていた。
もっとも、その実現のためにはエキゾチック物質と呼ばれる負の質量をもった物質が必要であるとされている。さらに、これはあくまで仮定の物質であり、実在することは証明されていない。あくまで計算上の話であるうえに異論も多い。トキがその物質を自在に操っているのかどうかは分からない。おれの認識能力の限界を超えた話なのだ。
トキの時空移転によりおれはオフィスビルの前に来ていた。前もって電話をいれ、トキにはサザビーズの東京オフィスに運んでもらったのだ。蒐集家と世界の美術品をつなぐ役割を果たしてきた、世界で最も歴史あるオークションハウスサザビーズである。世界中に事業所を擁し、西洋近代美術や現代美術、中国美術、時計やジュエリーなどの分野においてオークションを開催している。サザビーズジャパンでは、オークションへの入札・出品はもちろん、作品の査定やコレクション形成・売却に関するアドバイス等もしてくれるという。
おれは手始めに大阪城より持ち出した天正大判と、天正菱大判三枚をオークションに出品してみることにしたのだ。
秀吉が金細工師の後藤四郎兵衛家に鋳造を命じた大判で、海外のオークションではとんでもない値段が付くという。ひょっとすると億単位の値段になるのではと言われている。本当かどうか試してみようと思う。
サザビーズでは、出品者の個人情報の保護には厳格で、たとえ盗難品の出品者の個人情報でも警察に開示することはないという。
出品者はおれだが、もちろん匿名だ。とりあえず簡単な鑑定をしてもらえる事になった。
受付に行くおれの姿は和服であるが、髪は現代風だからそんなに違和感は無い、それでもこの身なりは若干恥ずかしかったが、金持ちになれるかもという期待に胸を膨らませていたおれには何という事もない。
白い手袋をしたスタッフが黄金色に輝く大判を丁寧に鑑定してくれている。
その横顔をおれは息をのんで見つめた。
だが、
「残念ですが、この大判は、出品者が希望されているような値段にはならないでしょう」
「えっ、なぜですか?」
そんなことはないだろうと、食い下がる。
「よく出来てはいるんですが――」
「あの、希少価値という点では……」
「本物でしたら四百年以上もの時を経ているんですよ。こんなに綺麗なわけがないんです」
「いや、だけど――」
「これは最近造られたものですね」
「…………」
完璧な失敗だった。
「殿!」
「えっ」
大阪城に戻り、振り返るとそこに佐助が居る。
「あっ、佐助」
「どこにいらしたのですか?」
「いや、あの」
「心配したではありませんか」
佐助が姿を消したおれを探していたようである。そこで、これからは何処に行くのにも佐助に言うからと、その場は何とかごまかした。
そして翌日。ここは東京の田中貴金属店だ。性懲りもなく、今度はインゴットを売ろうとやって来たのである。重いインゴットは二つだけ持って来ている。布を開いて、現代の物と比べると表面はザラザラで造りは雑だが、それでも鈍く金色に輝いているインゴットを取り出し、カウンターに置く。
「これを売りたいんですが」
「えっ、これは珍しいものですね。ちょっと調べさせて頂きますが、よろしいでしょうか」
「はい、お願いします」
検査の結果純度の高い金であることが分かったようだ。
「このインゴットを買われた時の領収書とか御座いますか?」
「領収書……、あの、えっと」
「あっ、無ければ結構です。では今日の金相場で計算しますと……」
なんとそのインゴットの値段は二千二百万であった。但し領収書や身分証明書の他にいろいろ厄介な問題が出て来た。一番の問題は税金だ。簡単に言えば売却益から五十万円を差し引いた額が算定基準額となる。五年以上の長期の保有後ではさらにその半分だ。
という事はだよ、このインゴットを何年前に幾らで手に入れたのかという事が大きな問題となる。売却益が税金を算定する際に基準となる額だからな。
おれはこのインゴットをただで手に入れた。という事は手数料とか五十万とかの細かい事を抜きにして、約二千万の半分で、一千万もの税金を払う必要が有るというのだ。二本なら四千万で二千万が税金である。五年以上前の入手なんてそんな事は証明できない。何しろ金額がでかいから下手な言い訳はしない方が良いだろう。それでも今日は取り合えず売ることにした。税金の話はまだ先の事である。だが、
「お振込みはどちらに?」
「えっ、あっ、あの現金で……」
「それでしたら今回はこちらのインゴット一つだけという事にしていただけませんでしょうか」
現金支払いなら一本だけだという。何故なのか分からないが、まあそう言うのなら仕方がない。住所も書かされる。この世界でその住所がどうなっているのか知らないが、まあいいか。
そしてついに百万円の帯封付の札が二十二束出て来ると、一度には掴み切れない。すぐ残りのインゴットと共に布に包んで店の外に出る。
「トキ、すごい事になったな」
「そうね」
「この後残りのインゴットも後日売ると、全部で四千四百万になる。但しその半分は税金だ」
おれはすぐ金の使い道を考えた。
「新しいパソコンを買うか」
「…………」
なんとも情けない発想しか思い浮かばない。トキは微妙な顔でおれを見ている。
「いや、その前に、トキ」
「えっ」
おれは書店を探して飛び込んだ。この日本はその後はどうなったんだ。すぐ歴史の本で調べる事にしたのだ。
「なにっ」
「どうしたの?」
「豊臣政権が無くなっているじゃないか」
どの本を見ても日本の歴史はおれの予測とは違うものに変わっていた。豊臣の天下になった後は、なぜか全く別な政府が樹立される展開になっている。
「それはそうよ」
「えっ」
「だって枝分かれした世界なんだから、予測なんて出来ないわ」
「パラレルワールド!」
そうか、そう言う事だったのか。おれが変えた日本は、今のこの世界のように枝分かれした別の日本なんだ。過去の出発点には戻れるが、未来は微妙に揺れ動き不確定なものとなる。それはまるで夢を見ていたようなものだった。だが、この札束とインゴットの重みはリアルだ。豊臣政権が何故無くなったのか、そのあたりの経緯は気になるが、他に面白い記事を見つけた。五島安兵衛という名の侍が、戦国末期にオスマン帝国にまで渡り大活躍をしたと書かれている。その侍はたぐいまれなる剣豪であり、時の皇帝ムラト四世から信頼されて側近にまで上り詰めたというのである。しかしその活躍よりもおれの注意を引いたのが、その侍とおれとの関係だ。なんとおれ秀矩の暗殺を企て、未遂に終わったというではないか。未遂だったと言う事は、おれは殺されなかったと言う事になる……
だがまあ枝分かれした別な歴史の話ではないか。気にしないでコーヒーでも飲みながら、金の使い道の方をゆっくり考えるとするか。おれはトキを誘いスターバックスに入ると、ゆっくり午後のティータイムを楽しんだ。
「殿っ!」
「佐助……」
「一体どういう事なのですか?」
大阪城に戻ると、佐助がまたまたおれにかみついて来た。あれほど言っておいたのにと。
「殿の身に何かあったどうするんですか!」
「いや、悪かった、今度は絶対におれ一人では行かないから」
「行くって、どちらに行ってらしたのですか?」
「あっ、あの、それは……」
「佐助、実は君に黙っていた事がある。これは幸村にもまだ言ってないんだ」
「…………」
「ただこれから起こることは話しても理解するのは難しいだろから、とにかく向こうに行った後で説明しよう。多分そなたの想像を超えた現象なんだ」
「…………」
時空移転をする前におれが佐助に言って聞かせようとしたのだが、
「とにかく何があっても落ち着いていてくれ」
「…………」
「トキ、頼む」
「分かったわ」
おれと佐助を囲む空間が歪むと、未来に時空移転された。目の前を車が走っている。また未来に来てしまった。ただし今度は佐助と一緒に。ごまかしきれないと悟ったおれは、ついに本当の事を話したのだ。
「佐助、大丈夫か?」
「――はい」
隣に居る佐助は幾分のだこわばった顔をして、笑って見せた。
忍者猿飛佐助が、この程度の事で平静さを失うわけにはいかないのだろう。多分この娘の意識の内では、まだおれを警護するという任務が解かれてないと感じる。
見知らぬ街にタイムスリップしてしまったおれと佐助だが、もう何度も経験しているおれはともかく、さすがに佐助は動揺を隠しきれないようだった。
ところが時空移転したその佐助が、歩き始めるとすぐ冷静さを取り戻したかのように見える。多分瞬間思考停止状態なのではないか。忍びとして数々の修羅場をくぐりぬけてきた者が身につけた、一種の自己防衛手段なのか。そのようにしてパニックになりそうな自分を本能的に抑えているんだろう。
そして聞いて来た。
「殿」
「ん?」
「殿は今誰と話をしていたのですか?」
「あっ、それは」
その事は追々話すからと言って何とかごまかした。今トキの話をしても混乱するだけだろう。
そしておれは状況をすぐ把握したので、服装をまず何とかしようとした。それに大阪と思われる街を和服で歩いている二人は、多少目立つという程度なんだけど、髪型がちょっと……
いずれにせよ現金が必要だ。金塊を売って得た金はインゴットと一緒に蔵の中で、持ってきていない。すぐ古美術商を探した。
二人の着物はおれの小刀と共に、当座の資金とするため売ることにした。やはりこの着物姿は落ち着かないからだ。しかし小刀は古美術商の主人がびっくりして、思わぬ高値を付けてくれた。その主人が着物を扱う店も紹介してくれ、これで金の心配は無くなった。
売る際に身分証が無いなどちょっとした問題はあったが、持ち込まれた小刀のとんでもない魅力が勝ったようで、なんとかなった。
それよりも気になったのは、この時空移転された世界だ。ザザビーズや田中貴金属店に行った時の社会とはまた少し違うのではないか。はっきりとは分からないのだが、何かが違うのだ。
試しに公衆電話を探し出して、すぐ自分の家に掛けてみたが、繋がらない。「この電話は現在使用されておりません」とメッセージが来た。
ネットカフェで調べてもTwitterなど、おれを特定するものは無い。さらに住んでいた所を、グーグルのストリートマップで見てみたが、アパートのあった場所には全然関係のない雑居ビルが建っていた。
「やはりそうか、面倒だな」
「殿」
「ん?」
「どうかなされましたか?」
佐助が心配そうな顔でおれを見ている。
「いや、何でもない。心配するな」
おれは無理に笑って見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます