第十四話 徳川と伊達の同盟軍

 主力が七万近い兵ともなると、効率的に動かさなければ烏合の衆となる。手元の兵員六万八千に関しては、前もって指揮官と兵員数を決めてしまわないで、戦況によって加減しながら機動的な兵の移動運営をしたい。


 戦国時代と言えども兵士の大半は農民であり、畑仕事を止めさせ武器を持たせて戦場へと送り出すのが一般的であった。そこを変えたのが織田信長で、戦のためだけの常設軍を設けた。その存在によって明らかに戦の状況が変わり、先進的な常設軍制度で戦の練度を高めた織田信長は、天下統一路線をまい進し、やがて他の大名もそれにならって兵農分離の流れが始まった。

 だが常備軍だけ創っても、それを上手く運用する事が出来なければ宝の持ち腐れである。特定の侍大将の下に常に同じ兵卒が何人も付いて行くというこれまでの流れは変えなければならない。

 軍の運用効率化のプロセスから無駄やムラを省いて、戦場での環境変化のスピードに柔軟に対応出来る組織に仕上げる。改革は二十パーセントの理解者が居ればそれで断行する。結果は後から付いてくるものだ。


「千単位の兵が何単位でも自由に行動出来るよう訓練をするのだ」

「…………」

「指揮官は何時でも変わる事が出来るようにする」

「分かりました」


 幸村はおれの意図するところをすぐ理解し、行動に移していく。

 千単位の兵はさらにいくつかの分隊に別れさせて、それぞれに頭を置く事とする。

 島左近、浅野長政、加藤嘉明、脇坂安治、浅野幸長、毛利勝永らに命じて集合・移動・離散、そしてまた集合をと機動的に繰り返す訓練だ。兵は重装備で体力増強ももくろんでいる。


「勝永」

「はい」

「五千を引き連れ、敵役をやれ。どのように移動するかはそなたに任せる」

「はっ」


 勝永にはあらかじめ敵役として、対陣の用意をさせる。兵は全員識別のための赤い布を腕に巻かせておく。


「左近、二千を引き連れ、前に移動せよ」

「はっ!」


 島左近殿は御高齢であり、さすがにおれも命令しずらかったのだが、若者以上に何の躊躇もなく従うのだった。


「嘉明」

「これに」

「三千を左近の背後に付けろ」

「かしこまりました」


 この訓練はスピードと正確さが要求される。


「安治」

「はっ!」

「おぬしは千を率いて敵の側面を迂回して待機だ、戦闘の始まりを合図に討って出ろ!」

「分かりました」


 このようにしてメニューは毎日変えていく。勝永は機動的に守備位置を次々と変えて、それを真田の者が察知、報告してくると、おれが新たな指令を出すという具合だ。


 帝政ローマ時代で軍団は複数の大隊から構成され、騎兵二百強を含めたおよそ五千から六千人の軍団兵がいた。さらにその内訳は百人の集団に区分けされ百人隊と名づけられた。司令官である執政官は状況に対応して交代する。指揮系統の混乱を避けるためにも陣営の設営などをマニュアル化もされている。これにより軍団は敵に対して柔軟に動くことが可能となり、戦術的に重要な革新を遂げることができた。百人隊長は部隊内の選挙で選ばれたため、非常に名誉な地位であったようである。


 鉄砲隊は幸長の指揮の元、並んで撃ち、次の列が前進して撃つ。さらに次の列が前にと順次交代する。史実でこのような戦闘が行われたかどうかは定かでないが、良い訓練にはなる。

 撃ち終わると鉄砲を肩に担ぎ、次の目標地点まで駆け足をさせる。かなりのハードな訓練だが、これを毎日繰り返させた。

 先の戦で鉄砲の名手を集めた狙撃隊は、やはり命中度の極めて低い火縄銃ではあまり活躍の場が無かった。弾幕を張る戦法には射撃の腕前もあまり意味がないので、今回は必要な時が来たら編成する事にした。

 そして仁吉に言ってあった新しい銃なのだが、ミニエー弾は出来ても、銃身の内部にライフリングという溝を螺旋形に掘る作業は、極めて困難だと分かってきたようなのだ。やはり今の技術では無理なのかもしれない。

 だが、おれはその報告を聞いてふと、ミニエー弾だけを利用出来ないかと考えた。丸い弾丸は銃身の内径に極めて近い径になっている。押し込めるのに掛かる手間が、径のわずかに細いミニエー弾なら時間が短縮出来るのではないかと。

 仁吉には試してみてくれと返事を出した。

 その結果、後で分かったことなのだが、試作したミニエー弾を連続して撃っていると、銃身内部がひどく汚れて次第に装填が難しくなると言うのだ。 新式銃や弾の開発は、たとえおれのヒントが有っても一筋縄ではいかないようだった。



 訓練の合間を縫って、おれは何度も絵図を広げる。

 関ケ原は東西南北とも、約二キロの山地に挟まれた盆地で、古来より交通の要衝であったが、ここ遠州ならどこでもその数倍広く平らな戦場が確保出来る。問題は天竜川と大井川のどちら側を選ぶかだ。おれはまた佐助の描いた絵図を見つめた。




 おれがこの時代に転生させられて一番印象的だったのは静けさだ。何しろどこもかしこも一日中めちゃくちゃ静かなのだ。

 まず当然だが街中でも車が一台も走ってないし、電車も動いていない世界だ。朝などはニワトリの鳴き声が聞こえてくる。大坂のど真ん中でだ!

 他の音と言えば道行く人がたまに挨拶する声とか、小鳥の鳴き声、運が良ければ子供らの歓声が聞こえて来る。排気ガスはゼロで工場からのばい煙など無いから、空気はきれいなんてもんじゃない。深呼吸するとフレッシュなオゾンが身体中に染み渡る感じだ。

 ところが夜になると灯りと言えるものは、提灯のほのかな灯りがたまに見える程度。月が出ていなければ、自分の手のひらさえ見えない真の闇に包まれる。

 ネットは無い、アイフォーンも無い、オンラインゲームも出来ない。転送された当初はデジタルな情報の無い世界に戸惑い、身の置きどころを失いそうになった。だが、朝になるとむせかえるように新鮮で冷たい空気に包まれ、おれはこの異世界に居る事を実感するのだった。



 徳川と伊達の同盟軍が江戸を発ち、その情報を得た豊臣方も遠州に向かって進軍を始めた。おれが江戸城を攻撃してから四年後の事であった。探りを入れている手の者によると、伊達勢が先発しているという。


「ついに来たか」

「はい」

「しかし気になるなる話も入って来ております」


 幸村が深刻な顔をしている。


「なんだ?」

「掛川城主増田長盛殿が家康方に通じておるのではと」

「なに」

「噂では御座いますが」

「…………」


 掛川城主の指揮下には二俣城も入っている。という事は掛川まで来てしまえば、天竜川は無抵抗で渡られてしまう。二俣城は天竜川と二俣川が合流する地点に築かれた城で、大軍が天竜川を渡る際の要所なのだ。

 だが、必ずしも二俣城を守らなくてはならないというわけでもない。天竜川を渡らせてしまった後で、戦闘という事も考えられる。

 こちらが天竜川の先で待ち構えていては、下手をすると川を背に戦うという事にもなりかねないからだ。

 さらには二俣城のこちら側で、渡ってくる徳川軍を大軍で取り囲んでしまうのもありだが、そのような分かり切った作戦を展開したら、家康殿は容易に渡ってはこないだろう。天竜川を挟んだつまらない持久戦になってしまう。



「幸村、才蔵と佐助を呼べ」

「来ております」

「…………!」

「お呼びでしょうか」


 才蔵と佐助が片膝をついて頭を下げた。


「才蔵は長盛殿を見張れ」

「承知しました」

「それから佐助は二俣城の周辺を探ってくれ」

「はい」


 二名が下がった後で幸村に聞いた。


「用のない時彼女はいつもおれの傍にいるのか?」

「かのじょ?」

「あ、いや、佐助の事だ」


 おれは冷静を装い聞いた。


「佐助は殿の身辺警護の任も帯びております」

「身辺警護……」

「ご迷惑なら遠ざけますが」

「いや、そういうわけでは、ない」

「…………」





 プレイボーイの話には続きがあった。


「女はデジタルだがお前に分かるか?」

「デジタル?」

「男は女の子にのぼせると要求が簡単にエスカレートするだろ」

「…………」


 ところが女性が先に進もうとする時にはきっかけが必要というのだ。


「そのきっかけをさりげなく演出してやるのが出来る男の必須条件なんだ」

「……おれには無理そうだな」





 江戸と大阪の中間付近に遠州がある。徳川軍が江戸を発ち向かってくるという知らせで、急遽豊臣軍も動き出した。

 目指すは浜松城だ。

 東海道を行く鎧を赤で統一している真田の一群は沿道の人々の注目を浴びている。戦国時代の鎧兜や甲冑を写真などで見ると、派手なものから奇抜なデザイン等が目を引く。たとえば政宗が伊達家の部隊にあつらえさせた戦装束などは非常に絢爛豪華なもので、その軍装の見事さに見た者は皆歓声を上げたという。手柄を立てるためには自分の存在をアピールする必要があったんだろうけど、家康が天下を取ってからは、次第に日本人が地味で没個性になっていったというのは考えすぎなんだろうか。

 豊臣軍は長い槍と共に一人一人の兵どもが背中に荷物を背負っている。兵糧や薪といった様々な物資を少しづつ手分けして運んで行く。輜重隊ももちろん同行するのだが、十六万もの兵が槍一本だけを持って無駄に歩くなどということはないからだ。



 名古屋を過ぎたあたりで幸村が声を掛けてきた。


「殿、才蔵が戻って参りました」

「長盛殿の件か?」

「はい、やはり家康殿と通じておるようです」


 戦国の世では当たり前のように行われている離反行為であり、生き抜くためには仕方がない事でもある。


「そうか、噂は本当であったか」

「二俣城に軍を急がせましょうか?」

「いや、それより佐助も呼べ」

「はい」



「参りました」

「二俣城はどうなっている」

「これまでのところ、特に変わりは御座いません」

「そうか、いや役目ご苦労であった」


 佐助は無言で深々と頭を下げた。


「ところで佐助」

「はい」

「これからは合戦が始まる。二俣城はもういいから、私の傍に居るようにしろ」

「……分かりました」


 女性の佐助をこれ以上危険な目に合わせる訳にはいかない。


「才蔵は駿府城の輝政殿と連絡を取ってくれ。それから伊達軍が先に来るようなら、その動きも見ているように」

「かしこまりました」




 いよいよ始まるか。そんな事を一人で漠然と考えていた時だった。


「ねえ、殿」

「わっ!」


 周囲の空間にある気配が現れると、聞きなれた声が囁いてくる。もちろんそれはおれにしか聞こえていないはずだ。


「なんだ、トキか」

「…………」

「びっくりするじゃないか、いきなり」


 おれが声を掛けた時だけ出てくるのかと思っていたから、何の前触れもなく突然出現したトキにパニクッてしまいそうになる。


「佐助さんは綺麗な方ね」

「はっ?」

「…………」

「あの……」


 おれはなんて答えていいのか分からなかった。


「いや、彼女は――」


 あ、気配が消えてしまった、なんなんだ一体……

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