第十一話 「騎馬武者を出来るだけ大勢集めろ」
暑い夏も終わり、季節は秋に変わろうとしている。たとえ千年経とうとも何も変わらないのではないかと、そんな思いも浮かんでしまう毎日だ。こののんびりとした時間の流れに、おれはちょっとした波風を立てるべく声を上げた。
「幸村」
「はっ、これに」
「六郎を呼べ。それから鏑矢(かぶらや)を用意せよ」
「鏑矢で御座いますか?」
大坂城の一室で幸村の思慮深い目がおれを見た。一を聞いて十を知ろうとする男の目だ。
六郎は真田十勇士の一人で火薬作りの名人でもある。
「そうだ、その鏑矢だ、出来るか」
「それはご用意出来ますが、一体何をなさるおつもりでしょう?」
鏑矢は射放つと音響が生じることから合戦開始の合図に使われた時代がある。鎌倉時代フビライ軍が来襲したおり、迎え討つ侍大将などは大声で名乗りを上げ、戦始めの鏑矢を放ったという。
もっとも元軍の将兵は無害なその音を聞いて大いに笑ったようだ。
「それと大名達に声を掛け、騎馬武者を出来るだけ大勢集めろ」
「いくさ……!」
「そうではない」
「しかし――」
さすがの幸村も、おれの言い出す言葉には神経をとがらせているようだ。周囲の不満をこの男が一手に引き受け、なだめているのは重々承知している。
「それからな、何処か近くで広い野原のような処はないか?」
「それは御座いますが――」
「よし、面白いことをやるのだ」
幸村は頭をフル回転させているようだが、さすがにおれが何を考えているのか思いつかないのではないか。
「騎馬武者以外もできるだけ賑やかになるよう大勢集めろ。城下の町人衆から百姓も、女どもや子供らもな」
「…………」
「それからな、出店が必要だぞ」
「は~~?」
野原の周囲に見物席を設けてな、後ろの者でもよく見えるような高い観覧席にするのだ。前から順に後ろに行くにしたがって高くなるような構造にせよ。
ついにこの男の理解能力の限界を超えたようだ。
「多量の食べ物と酒など飲み物も用意せよ」
「…………?!」
六郎が来ると、
「六郎」
「はい」
「その方には花火を上げてもらう」
「…………」
「黒色火薬と鉄粉(てつこ)、焼酎を適度に混ぜて練り合わせて手持ち花火を作るのだが、出来るか?」
六郎はおれの知識に驚いていたようだが、これは静岡県新井の手筒花火を参考に言ってみたのだ。本当は夜に上げるのだが、派手な火の粉が噴き出るから昼間でも十分鑑賞に値する。
ついに当日が来た。
「幸村」
「はっ」
「用意は出来ているか?」
「はい、全て整って御座います」
おれの企みを知った幸村は静かに答えた。
「騎馬武者はどれだけになる?」
「五百騎ほどに」
「よし、やるぞ」
用意された出店の前には近在の百姓から城下町の衆まで大勢が群がっている。
「うひょう~~、食いもんだ!」
「なんか怖いような」
「そげんなこたあ、いまさら気にするでねえ」
真昼間から仕事も放りだして集まって来た者どもである。
「言われて来ちまったものしかたあんめえ」
「そうだ」
「そうだ!」
最初は遠慮がちに、だがお咎め無いと分かると食べ物の争奪戦が始まる。ついにこんにゃくから芋から、おでんの具がそこら中に飛び散り、収拾のつかない有様となった。
「食べ物などの提供は後にした方がよかったでしょうか」
早くも周囲で始まってしまった食い物争奪戦に、幸村は呆然としてつぶやいた。
先の戦で中途半端な終わり方をしたと、大名や武士、略奪も出来なかった下々の者まで不満が高まっていたのは承知していた。
ガス抜きが必要だろうと企画したものだった。
広大な広場には、周囲に見物客の席が用意され、所々に屋台のコーナーがある。中央には旗指物を背に差した五百騎もの騎馬武者が辺りを睥睨している。百姓町人たちに荒ぶる雄姿を見せつけるいい機会だとでも思っているのか。
「幸村」
「はっ!」
「法螺貝を吹け」
「法螺貝を拭け!」
これで異様な雰囲気が場内に漂った。
「鏑矢を射れ」
幸村の合図で最初の矢が放たれると、広場に集まっていた騎馬武者の中ほどに矢は落ちた。
たまたま近くにいた者がそれを掴んだのだが、どうしていいのか戸惑っている。
殿の所までもって来るようにと指示が出され、初めて馬を走らせた。
「ほめてとらす、これを」
おれはその矢を持参した者に小判を渡した。
「――――!」
驚愕する騎馬武者。
「幸村、続けろ」
「はっ!」
再び法螺貝が吹かれ、第二の鏑矢が放たれた。一人の若武者が落ちてくる矢を素早くつかむとその手を高々と上げ、馬に鞭をあてた。
いつの時代も若者が新しい流れをリードする。周りの武者達はまだそれを眺めているだけだったのだが、目の前で小判を手にして喜ぶ姿を見る。これで第三の矢が放たれる時には状況が一変した。
鏑矢に群がる騎馬武者どもで広場は阿鼻叫喚の有様。まるで戦場ではないか。遂に事情を察した者達が狂気に走り、死闘を繰り広げてしまったからだ。
矢を得ようと、殴る蹴る、突き落とす、ひっかく者、落馬する者、周囲に罵声を浴びせる者などはかわいい方である。鏑矢なんぞ何処にあるのか、もうこうなると何のために殴りあっているのか分からない。中には地面に下りて取っ組み合いを始める者どもまで現れる始末。
「刀を持たないようにと言っておいて良かったですな」
幸村が胸をなでおろした。
数十本の鏑矢を射終わるころには、殺気立った者共の熱気と馬のいななきで広場はうだるような暑さとなっていた。
夕刻になり、性も根も尽き果て、虚脱状態となっている負傷者には見舞金を出すこととし、広場の周囲を埋め尽くした一兵卒の者どもの前には酒樽が並んだ。
催しの締めは六郎の作った手筒花火だ。直径二十五センチほどの花火で、竹の上から筵を何重にも巻き、中に火薬を入れて突いてある。それを人が抱いたまま点火するのだ。吹き上がる火の粉は高さ十メートル近くにも上る勇壮な花火である。祭りは大いに盛り上がり、大盛況の内に終わった。
小判を得た武者の所属する大名には矢の本数によってそれなりの報奨金を出すことにしたので、次の開催はいつ頃なのかと早くも問い合わせがくるほどだった。後々この催しの話は大名の間でももちきりとなった。各大名が自分の家臣がどれだけ矢を得たか自慢し始めたのだ。
こうなるともう先の戦の不満や家康殿の話題など持ち出すものが居なくなったという。
「若君はなかなかの策士では御座りませぬか」
おれの家臣達の間ではそういった会話が交わされたようだった。
小判争奪戦の話題もやがて収まってくる。大坂城にまたいつもの静かな時間の流れが訪れ、一人になったおれはトキとの会話を思い出していた。
記憶を無くして元の時代に戻るのか、それともこのままここで活躍するのか。
また今の記憶を残したまま未来に行くのなら、どんな世界になっているのか分からないリスクがあるという。天国のような社会ならいいが、そんな事はあり得ないだろう。第一おれ自身がどうなっているのか分からないではないか。それではリスキーすぎる。
やっぱり選択肢は元のおれに戻るか、それともこのままここに居るのかの二つしかない。だが元のおれに戻れば今のおれはいなくなってしまうのだ。トキと出会う前のおれにだ。まだ短い時間しか経っていないが、トキはおれにとってもうなくてはならない特別な存在になりつつあった。トキと一緒に居たい、もうトキの居ないおれ一人の生活なんて考えたくもない。だから元の世界に戻るかどうかなんて簡単な選択ではなくなっていたのだ。とてもじゃないが迷ってしまい、今すぐには決心がつかない。トキにはもう少し待ってもらう事にした。
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