第八話 砲撃戦
「幸長はおるか?」
「はっ、これに」
「その方は鉄砲が得意だそうだな」
「…………」
浅野幸長は砲術家稲富一夢に師事したと言われるくらいだから、相当鉄砲には興味があるんだろう。
「鉄砲の得意な者を集めて、狙撃隊を組織してくれぬか?」
「狙撃隊?」
「そうだ。有能な射手だけを集めた特殊部隊だ」
おれは幸村に命じて豊臣方全部隊から鉄砲の名手を選び出させ、その者達を幸長に預けた。その結果二十名ほどが集まった。
命中率の低い火縄銃での狙撃に、どれだけの意味があるのか分からないが、やれるだけの事はやってみようと考えたのだ。
「江戸城に集結した徳川方の軍は十万余りだと思われます」
幸村からの報告があった。皇居の面積は、宮内庁管理部分の敷地が約百十五万平米ということだから、ざっと計算すると十万の徳川方兵の一人あたりの面積は、少なくとも畳六枚分ほど有ると思われる。
家康殿はすぐ出てくることなどないだろうとおれは予想した。この戦力差なら籠城するほうに分がある。食料も十分蓄えているだろうし。血気に早った豊臣方が城壁に取り付き、無駄な死傷者が出ればそれ幸いなのだ。
だが気になったのは、江戸城周辺に暮らす徳川方家臣達の家族が城内に逃げ込んでいるらしいとの情報だ。そうなると一人当たりの面積は過密になるだろう。非戦闘員で膨れ上がった江戸城を攻めるのは気が重い。最後までやれば悲惨な殺戮戦になるのは分かり切っている。確実に婦女子が混じっているのだ……。
城攻めは時間も金も掛かる上に最後は地獄を見る事になる。それは秀吉の攻城戦を顧みれば明らかである。徳川殿には何としても降伏をしてもらう。
「殿、軍の配置はいかがいたしましょう」
宇喜多秀家が聞いてきた。あまり目立たないのだが、おれの家臣の中でこの男の存在は大きい。何しろ宇喜多家一門からは二万を超える兵が動員されてきている。幸村とは二つ違いの弟分なのだが、おれの三番目の家臣と言ってもその兵力は豊臣家に次ぐ規模を誇っているのだ。
誠実を絵にかいたような男でおれをまっすぐ見ている。
「城外に出る門の全てを封鎖しろ」
「はっ」
「それから土嚢を積んで鉄砲隊を並べ、大筒が到着したら主だった門の五ケ所に配置しろ」
仁吉に頼んだ新式の火縄銃が出来ていればよかったのだが……
「ただし大筒の有効射程距離以上に離せ」
「分かりました」
この時代大筒の有効射程距離は非常に短い。江戸城外堀の外側から撃って、やっと敷地の真ん中辺りまでしか届かないのだ。今すぐ大筒でやり合う気はない。
「それから江戸に入ってくる道を封鎖しろ」
「はっ!」
「全ての道だ」
「そう致します」
もはやおれの後ろに秀吉の影は無い。だがこれまでの成果を見ている幸村や秀家は何の迷いもなく命令に従うのだった。
両軍は江戸城内外でにらみ合ったまま膠着状態が続いている。互いに動こうとはしなかった。家康殿も動かないことを厳命しているんだろう。
だが、
「若君殿はどちらかな?」
「お取次ぎ願おう」
大声が聞こえて来た。
福島正則殿と細川忠興殿であった。今回の戦に参加している秀吉子飼いの七将と言われる武将たち、年齢は六人までがこの時点で三十代と働き盛りだ。
おれはすぐ出て行き、二人と対面した。
「これは御二方、この度は――」
「おう、若君!」
「若君殿!」
二人ともまるで酔っているような機嫌の良さだ。福島正則などは酒癖の悪さで人語に落ちないという。
「若、そろそろ始めようではありませんか」
「そうだ、我々は物見遊山に来たわけではありませんぞ、若!」
この歴戦の武勇を誇る二人にとっておれは正に子供だ。もう気分は高揚しているのか、若、若を連発する。
「お二人の仰ることは良く分かります」
「だったら――」
今すぐにでも攻撃の号令を発して欲しいと言い張った。
その時、
「門の前に動きが見えます!」
物見の者が声を出した。見ると東口から大筒を押し出している。その後に続く兵の数はおよそ五百。重い砲を押すのには時間が掛かる。敵は縄で大筒を引きながら、じりじりと前進してくる。ただし大筒と言ってもわざわざ表門前まで持ち出してきたのだ。比較的小口径に見える砲なので、カルバリン砲よりも弾丸重量が小さいが、代わりに装薬量を増やし砲身長を長くする事で長射程を可能としたものかもしれない。
「しびれを切らしたんでしょうか」と幸村がもらした。
「他の門の様子はどうだ?」
「他の門からの報告では変化は無いとの事です」
「そうか、この門だけか」
功を焦る者がいたんだろう。いずれにせよ家康殿の采配ではあるまい。
「大筒の用意を確認しろ」
「はっ!」
連絡役が大筒の元に走る。
福島、細川の両名は「よし!」っと自分の陣営に戻って行った。
「鉄砲隊は配置に着け。二段構えだ」
土嚢の後ろにずらっと鉄砲隊が列を作った。幸い天気は良いから、火縄銃の使用に差支えは無い。
「大筒は二門とも前方敵の砲に狙いを定めろ」
「大筒は二門とも前方敵の砲に狙いを定めろ~~!」
幸村によると、家康が購入した大型の大筒は四門だという。豊臣方が手に入れているのは六門。その内二門がこの東門前に備えてあった。
ついに訓練での成果が試される時が来た。
しかもこれは分の良い戦いだ。敵は射程距離に入るまで押し続けているのだが、豊臣軍はのろのろと進んでくる敵の砲にゆっくり狙いを合わせるゆとりがある。
少なくとも二門で二発は先に撃てる。
「まだだぞ、狙いを付けろ」
そしてついに狙った射程距離内に入った。放物線を描く砲弾なら遠くに届くだろうが、この標的で比較的水平に撃てば、その砲弾にさらされる恐怖が敵の出鼻をくじく効果は大きいはずだ。もっとも敵もその効果を狙っているようである。
「撃て」
轟音が鳴り響いたーー
最初の砲弾は敵大筒の少し後ろに着弾して地面を削った。数人の兵士が飛び散る。
さらに大筒のすぐ横に二発目が!
敵の砲は揺れて倒れそうになるも、持ちこたえた。
「二発目を用意しろ」
棒の先に布を巻いてあり、それを突っ込んで砲身の中を掃除をする。この時には細心の注意が必要だ。少しでも火種が残っていると次に火薬を入れた際に暴発して大惨事になりかねない。
砲身内部の掃除が終わると、爆薬を筒の先より入れ、また専用の棒で押し込む。
次に丸い鉄の塊。つまり弾丸を詰め、一発目で後退した砲を、元の位置まで前進させ、新たな角度に調整をする。これらを六人ほどで役割分担を決め行なっている。
これで発射の準備が整った。
「一番、二番砲準備が整いました!」
見ると敵も必死で用意している。
「撃て!」
再び響く炸裂音――
今度はみごと大筒に命中、敵は撃つのをあきらめ土台の壊れた大筒を置き去りに、兵は皆撤収していった。
「殿、うまくいきました」
「また家康殿の雷が落ちるであろう」
だがその時、いきなり喚声が上がると、引き返す徳川軍に追撃する隊が現れた。
「なに!」
「あれは福島隊と細川隊です」
抜け駆け!
「幸村、支援せよ!」
「はっ」
たとえ抜け駆けでも、支援が必要となれば手をこまねいて見ている訳にはいかない。
表門前は敵味方の区別がつかない乱闘になってしまった。ただ幸いと言うか、徳川軍も門の外におり混戦となっている為、城内からの狙撃はほとんど無かった。
やがて門が開き増援部隊が少し出て来たのだが、味方を収容するようにして門を閉じてしまう。
豊臣軍側も引き上げ、再び両軍は膠着状態となり、全く動きが無くなった。
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