第四話 徳川家康

 おれは四歳になり、年賀を大坂城で迎える秀吉は公家や大名達より祝儀の様々な進物を受けるのだが……

 訪れる者達の中にいつも異彩を放つ老人がいた。

 徳川家康だ!

 秀吉への挨拶を終えると、ちらっと隣に視線を移した。大きな座布団にちょこりんと座っているおれを見たのだ。派手な刺繡を施されたその座布団は、おれの身体と比較すれば布団を半分に折りたたんだような大きさである。

 初めての対面の場では好々爺を装い、またさりげない素振りの老人。だがその目の奥には不気味な黒いものが漂っているのを感じた。


 ――やはりな、いずれこの男とは対決せねばなるまい――


 家康殿の後ろ姿を見送りながら、おれは小さく紅葉の葉のような両手を膝の上で握りしめ、そっと決意を固めた。

 そしてこの年、秀吉を歓喜させる出来事が起こった。淀殿に第二子が誕生したのだ。鶴松に続いての淀殿快挙に、秀吉の喜びようは並ではなかった。


「鶴松」

「はい」

「喜べ、そなたに弟が出来たぞ」


 またじいさまのキスの嵐だ!


「やめてくれ……」


 おれはこれでもかとばかりにほっぺを膨らませて抗議のしるしを示したが、やはり無駄だった。しかし長年あれだけ授からなかった子宝を、ここにきてこんなに次々と……

 たしかに淀殿の快挙だわ。まあここは素直に喜んでおこう。





 それにしても毎日毎日眠ったような空気が流れるこの時代の日々を背に、おれは声を張り上げた。


「行長はおるか」

「はっ、こちらに」

「言ってあった鉄砲と大筒の手配はどうなっている?」

「何しろ数が数ですので……」


 行長は神妙に答えた。おれは行長に一万丁の鉄砲をそろえろと言ってあるのだ。値段は想像でしかないのだが、現代の価値で一丁十万とすれば、一万丁は十億円になる。それでも豊臣家の財力を考えれば出来ない事はない。既に所有している銃と合わせれば、強力な鉄砲隊が編成出来るだろう。


 ロシアが侵攻してきた時のウクライナ正規軍は二十万人ほどだという。対するロシアの総兵力は約八十五万人とウクライナの二十万人を圧倒している。もちろん侵攻に全てのロシア兵が参加したわけではないから、単純な比較は出来ない。そして現在ウクライナ軍側で使用されている銃器はサブマシンガン、ライフル、スナイパーライフル、マシンガンと全てを並べるとその種類はなんと五十近くあるらしい。

 もちろん現代の戦争だから、兵士は全員が銃を所持する事になる。

 一方戦国時代の鉄砲はもちろん火縄銃の一種類だけで、現代のライフル銃などとはグリップの形状が大きく異なる。ライフルのように台尻を肩に当てて、脇を締めて発射することは出来ず、和弓のように肘を外に張って射撃するスタイルだ。一方ヨーロッパの銃は、クロスボウの影響を受けた肩当型である。日本という国は常に独自の物を作り出す資質に溢れていたのである。

 いずれにせよウクライナと戦国時代の戦闘とでは比べるべくもないのだが、四百年ほど前から鉄砲の威力は戦場を支配し始めていたのだ。


 幸村の紹介した真田十勇士には、先の四人に続いて望月六郎という者が居た。戦国時代から江戸時代前期にかけて活躍した忍者で、六歳のころから幸村(信繁)に仕えていた爆弾作りの名人である。


「六郎」

「はい」

「投げる爆弾を作れるか?」

「と申しますと……」


 四歳という幼児の言葉にも幸村は真摯に向かい合っているのだ。ましてやその幸村家臣の六郎が従うのは当然である。

 おれは手榴弾を想定して、この爆弾作りの名人にやらせようとしたのだった。もちろん素人のおれに爆弾の確かな知識があるわけではない。だが聞きかじっている程度でも話せば、この者にかかれば出来てしまうのしまうのではないか。

 例えば爆弾を短い棒の先に括り付けて投げればより遠くに行くだろう、他には簡単な弓を考案して矢の先に取り付ければさらに遠くに飛ばすことが出来る。だが六郎はプロであった。おれの想像をはるかに超えていた。


「それでしたら抛火矢(ほうりびや)はどうでしょうか」

「抛火矢」

「はい」


 それは現代でいう手榴弾のようなものらしい。土器に火薬を詰めた投擲用火器である。


「では地面に埋め込む火器はどうだ、出来るか?」

「もちろん出来ます」


 地雷のような火器で埋火(うずめび)があるという。夜討鳥の子、あるいは忍び鳥の子といって夜間攻撃には重宝したらしい。 投げて用いる用途もあったようだ。


 他には巻火矢(まきびや)、竹筒の中に火薬を詰め、外側も縄で巻きしめて圧力を高めた攻撃用投榔火器。飛火炬(とびひこ)と呼ばれる黒色火薬を詰めた火矢。さらには焙烙火矢(ほうろくひや)、料理器具である陶器に火薬を入れ、導火線に火を点けて敵方に投げ込む手榴弾のような兵器。手で直接もしくは縄を付けて遠心力を使った投擲が行われる。火箭(かせん)は現代の焼夷弾に相当する投射武器である。さらには現代のロケットのように、火薬の噴射によって矢を堆進させる大国火矢と呼ぶ太く短い矢がある。目標に命中すると爆発するのだという。


「よし、その方に任せる。その埋火を多数用意せよ。そして離れた場所から点火出来るようにな」

「はっ」

「ただし点火させる際、直接の指示を出すのは、場合によってはトキという名の妖術使いである」

「…………」


 多分トキの存在は妖術使いとすれば、何事も丸く収まるだろう。それで通すしかない。


「どこからともなく声を掛けてくる者だから面食らう事もあるだろうが、まあ、細かい事は気にするな」

「分かりました。お任せください」

「それから行長も出来るだけ急ぐのだ」

「はい」


 おれは真田や宇喜多などの家臣に兵の増員と訓練を急がせ、小西行長には鉄砲、大筒を大量購入せよと命じてある。すぐ、必ず必要になる時がくる。

 何しろこのおれは秀吉の命日を知っているんだ。

 だが家臣達の中には納得のいかないものも多い。


「急げ」

「しかし何故そのように急がれるのでしょうか?」

「そなたらにもいずれ分かる時が来る」

「まるですぐにでも戦が始まるようでは御座りませぬか」

「まあな」


 すでに四歳から五歳になろうとしているおれは、こまねずみのように走り回った。身体がバネのようにはじけて勝手に動いてしまうのだ。病弱な鶴松の身体であったはずなのだが、何故かエネルギーに満ち溢れていた。これはトキの配慮が有ったのだが、もちろん見かけは鶴松でも頭の中はおれである。次々と家臣たちに指示を出す。それはたとえ幼児の口から出る言葉であろうと、何しろ後ろには秀吉が控えているのだ。その命令は秀吉の命でもある。秀吉は息を切らしながらもいちいち後を着いて回り、おれが小さな手を振って配下の者に指図するのを、嬉々として聞いているのだった。

 だからおれの命令を受けた家臣が少しでも躊躇しようものなら、すぐ秀吉の雷が落ちた。


「なにをもたもたしておる、若の命が聞こえぬのか!」

「ははあ!」


 さらに軍事訓練から鉄砲の射撃訓練と矢継ぎ早に行わせるが、秀吉は一切口を出さなくなった。

 鶴松さまがこう言われた、このように命を出されたと話が伝わり、ついには、大阪城の主は鶴松さまではないかという雰囲気になってしまった。

 そして籠城戦などするつもりは毛頭なかったが、念のため幸村に大阪城の南側に巨大な防衛拠点(砦)を築かせた。守備側が主導権を握るため、とにかく目立つ構造物で敵をひきつける必要がある。

 さらには大阪城が築かれる際には考慮されていなかった大筒への配慮から、北側の防御を考えるようにと指示する。

 これにはさすがに秀吉も驚き感心した。

 だが、こういったおれの動きに家康殿は動揺を隠せないようだった。真田の手の者が探りを入れると、


「あの小僧、一体なんなんだ」


 たかが五歳の幼児を気に掛けるなど、ありえない話なのだが、おれ鶴松の異才ぶりを聞くにつれいら立っているようだ。そんなわけがないと自分を落ち着かせているようにも見える。


「いずれも裏で糸を引く、秀吉の采配だろう……。こざかしい真似をしおって」


 幸村配下の諜報活動で、家康殿の挙動が手に取るように分かった。




 おれも七歳になると、鉄砲と大筒の訓練にはさらに身を入れるようになる。的を決めて当てさせ、好成績の者には褒美を出す。もちろん連弾の訓練もさせた。

 そして牛皮をなめしてバンドを造らせる。兵が移動する際、火縄銃は背負わせるようにするのだ。これで銃を撃った後の駆け足もスムーズに出来るだろう。

 イノベーションとは、見慣れている物の新たな結合や捉え方、新しい活用法を考え取り入れる事だ。この異次元世界に転生したおれの務めは、古い非効率な社会に新しい風を吹き込む事だろう。それはIT企業でシステム開発を担当していたおれの専門分野である。

 この異世界でおれは息を吹き返した気がしてきた。何なんだこの立ち位置の気楽さは。何を考えようと何を言おうと自由である。周囲になんら気を遣う必要がないではないか。もう思う存分やってやる。


「幸村」

「はい」

「鉄砲鍛冶の者を呼んでくれぬか」

「鉄砲鍛冶ですか?」



 戊辰戦争における薩摩・長州の両藩はいち早くミニエー銃を装備した。ライフリング(弾丸を回転させる溝)を施したミニエー銃は遠距離でも命中率が高く、有効射程距離は約二百七十メートルにも達する。それに対して滑腔銃である火縄銃は、射距離が長くなると命中率が急激に低下し、有効射程距離は約九十メートルくらいしかないという。三倍も違うではないか。

 火縄銃が滑腔銃であることは、鉄砲なんかに余り詳しくないおれでも知っている。なんとか銃身にライフリングを施して、命中精度を高める事は出来ないかと考えたのだ。

 そのためには弾を丸い球ではなく、先端の尖った円錐形にしたミニエー弾を造る必要がある。うろ覚えの知識と構造だが、鍛冶職人に伝えれば何とかなると思ったのだ。

 何しろ種子島に火縄銃が伝来してから、たった一年でコピー、大量生産にまでこぎつけてしまった鍛冶職人達なのだからな。



「ははあっ」

「そう固くなるな、楽にせよ」

「ははっ」


 おれの前に連れ出された鉄砲鍛冶の職人はさらにかしこまってしまった。


「その方、名は何と言う」

「……仁、あの、仁吉と申します」

「そうか、仁吉と言うのだな」

「はっ、はい」


 おれは仁吉に、ライフリングという弾丸を回転させる為の溝とミニエー弾の絵図を書いてその目的も説明した。


「どうだ、仁吉、これが出来るか?」


 仁吉は絵図をにらんだまま声が出ない。

 だがもう先ほどまでのおどおどとした仁吉ではなかった。黒光りした鋼のような両腕を曲げて、その目は獲物をにらんだ鷹だ。瞬きもせず絵図を凝視している。


 銃身にライフリングを施すことは一五世紀終わりには発明されていたのだが、やや大きめの弾丸を押し込まねばならず、手間による発射速度の遅さなど多くの問題があった。

 ところが球形ではなく、その後造られた先端の尖った円錐形の弾は、銃身の内径より小さ目で押し込めやすくなっている。ただし隙間を埋める工夫が必要になる。

 銃弾の底部に鉄のキャップを押しつけて、発射の際裾を広げられるなどの工夫が出来れば、火縄銃の威力は格段に上がるはずだ。もちろん元込め銃ならさらに良いのだが、さすがにそれはまだ早いし無理だろう。

 仁吉には、急がなくていいから考えてくれと言って帰らせた。

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