第四十一話

 亘司こうじさんはもう一度、深呼吸しんこきゅうをしてから涼子りょうこさんに告げた。

「私は以前、婚約者こんやくしゃに結婚式の当日とうじつ裏切うらぎられました。実は他の男とも付き合っているので、結婚は出来ないと。女性のみにくさを知った私はそれ以来、誰とも付き合いませんでした。


 しかし、あなたは違った。あなたは天真爛漫てんしんらんまん裏表うらおもてが無く、本音ほんねをどんどん言う。そんなあなたを私は、好きになりました。だがら私と、付き合って欲しいです。もちろん返事へんじは、すぐにではなくてもかまいません」


 俺は、『ゴクリ』とつばを飲み込んだ。そして涼子さんが何と答えるのかと思い、見つめた。すると涼子さんは顔を真っ赤にして、しゃがみこんでしまった。

「え? だって、アタシ……。え? ちょっと待って……。ちょっと待って!」


 すると順番を待っていた他のお客さんが、ざわざわし始めた。なので慶介けいすけが、話しかけた。

「涼子さん、取りあえずここを出ましょう。さ、立ってください」


 涼子さんはゆっくり立ち上がると、天文台てんもんだいを出て行く俺たちに付いてきた。そして信濃大町しなのおおまち駅に向かう途中、俺たちは何となく一緒いっしょに並んで歩いている涼子さんと亘司さんと距離きょりを取った。でも話し声は、聞こえてきた。涼子さんの声は、小さかった。


「ごめん、さっきは。アタシ、男にあんな風に言われたこと無いから……」

「いえ、こちらこそすみません。急にあんなことを、言ってしまって」

「いや、いいの、いいの。まあアタシも、悪い気はしなかったし……。っていうかアンタは良い人だからあんなこと言われて、ちょっとうれしいかも……」

「涼子さん……」


 すると涼子さんの声は、少し大きくなった。

「でも、アタシでいいの? アタシこんな性格だから今まで結構けっこうきらわれたりしたんだよ?」


 今度は亘司さんの、優しい声が聞こえた。

「いいんです。いつも本音を言う、あなたが好きなんです。私は出来れば、本音で話をしてくれる女性と付き合いたいんです」

「そ、そう……」


 すると慶介は嬉しそうな表情で、話しかけてきた。

「何だかあの二人、良い雰囲気ふんいきですね。上手うまく行きそうですね!」

「ああ、そうだな」


 そう答えて俺は、思い出した。

「すると亘司さんをワーケーションハウスから追い出すっていう話は、無しか?」

「はい。僕のかんですがあの二人、きっと上手く行きますよ。ちょっと時間はかかるかも知れませんけど」

「そうか……」


 そう聞いて俺は、『ほっ』とした。そして二人のこれからを、いのった。そしてふと見上げると真っ暗な空に、小さな星たちがまたたいていた。今夜も佳奈かなさんは、俺の一軒家いっけんやにきてくれるだろう。そしたら二人で、星空ほしぞらを見上げよう。いや、今夜だけじゃない。ずっとずっと、見上げていたい……。俺は、小さな星たちを見つめた。それらは俺を落ち着かせ、勇気ゆうきづけた。だから俺は、となりを歩いている佳奈さんに話しかけた。

「あの二人、上手く行くといいですね」


 すると佳奈さんは、笑顔で答えてくれた。

「はい、そうですね。でもきっと、上手く行きますよ、あの二人なら!」

「そうですね……」


 それから俺は、言ってみた。

「俺たちも、もっと上手く行くといいですね?」


 佳奈さんは、歩きながら答えた。

「え? 上手く行ってるじゃないですか、私たち」


 そして、立ち止まった。

「え? もっと?」


 俺も立ち止まって、佳奈さんに告げた。

「佳奈さん、俺と結婚しませんか?」

「え?」


 俺は、ゆっくりと告げた。

「もし佳奈さんと結婚しても俺は、今までのような不安定な生活を続けるでしょう。でもがんばって、ちゃんと生活費せいかつひかせぐつもりです。だから……」


 少ししてから佳奈さんは、答えた。真剣しんけんな表情で。

「もう、その話は付き合う時にしたじゃないですか。自信じしんを持ってください。健一郎けんいちろうさんは、すごい人です。それに一軒家で過ごす時間、私は気に入ってますよ。だからもしよかったら私もあそこに、ずっとまわせてください」


 俺は、ゆっくりと聞いた。

「え? それじゃあ……」


 すると佳奈さんは、笑顔で告げた。

「はい、私たち、結婚しましょう。そして私を、幸せにしてください!」


 俺は、佳奈さんの目を見て告げた。

「はい。幸せにします、必ず」


 すると前を歩いていた伊織いおりさんが、大きな声で聞いてきた。

「ちょっと、何やってんのよ、二人とも! 早くこないと、いてっちゃうわよ!」


 すると佳奈さんも、大きな声で答えた。

「ごめーん! 私、今、健一郎さんにプロポーズされてたからー!」


 それを聞いた伊織さんと慶介は、ものすごい速さで俺たちの近くにきた。慶介が、おどろきの表情で聞いてきた。

「プ、プロポーズしたって、本当ですか、健一郎さん?!」


 俺がうなづくと、慶介は今度は佳奈さんに聞いた。

「で、どう返事をしたんですか?!」


 佳奈さんは、満面まんめんみを浮かべて答えた。

「もちろん、OKしましたよ~」


 するとなぜか、慶介は喜んだ。とうの俺たち以上に。

「やったー! 結婚だー! お二人とも、お幸せにー!」


 そしてそれを聞いた、涼子さんと亘司さんもやってきた。涼子さんが「え? 何? 結婚? 誰と誰が?」と聞くと、慶介は「佳奈さんと、健一郎さんでーす!」と元気よく答えた。すると涼子さんと佳奈さんと伊織さんは、きゃあきゃあとはしゃいだ。俺に近づいてきた亘司さんは、右手を出した。

「今日の主役しゅやくは私たちだと思っていたが、最後に美味おいしいところを持って行かれたな」


 俺も右手を出して、亘司さんと握手あくしゅをした。

「はい。すみません」

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