第四十話

 すると慶介けいすけは、苦しそうな表情でつぶやいた。

「もう、見ていられないからですよ……」


 少し考えてから、俺は聞いた。

健気けなげな、亘司こうじさんをか?」


 慶介は、無言でうなづいた。俺は、自分が考えていることを言ってみた。

「でもそれは、本人の自由じゃないのか? もしかしたら亘司さんは、涼子りょうこさんのそばにいられるだけで幸せかもしれないぞ?」

「そうかも知れませんけど……」


 俺はタバコのけむりを吐き出して、慶介をさとしてみた。ワーケーションハウスのようなモノを経営けいえいしていれば、色々あるだろう。色々な入居者にゅうきょしゃがいるだろう。でも入居者を追い出すのは、よっぽどの理由がないかぎりしない方がいい。じゃないと、入居者の信用しんようを無くす、と。


 すると慶介は、素直に頷いた。

「はい……」


 そして俺は、続けた。

「とは言え、お前の気持ちも分かる。俺たちは会社で亘司さんに、育てられたからな。亘司さんには、幸せになってもらいたい。その気持ちは俺も、同じだ」

「はい……」

「だから取りあえずトリプルデートをして、亘司さんには涼子さんへ告白こくはくしてもらおう。その結果を見てからどうするか、決めてもいいんじゃないのか?」

「はい、そうですね……」


 そして慶介は、タバコの煙を吐き出した。少しすると、暗い表情は消えていた。

「ありがとうございます、健一郎けんいちろうさん! 何だか少し、元気が出てきました!」


 俺は頷いた後に、聞いてみた。

「それでトリプルデートをする場所は、もう決めてあるのか?」

「はい! 小川プラネタリウム館と小川天文台おがわてんもんだいです! 冬の間は基本的に休館きゅうかんなんですが、特定日とくていび観察会かんさつかい開催かいさいするんです。それが今度の、土曜日なんです!」

「よし。俺も佳奈かなさんと、参加しようと思う。絶対、成功させような、トリプルデート」

「はい! ありがとうございます!」


 そして慶介は、軽トラから降りた。

「あ、健一郎さん。タバコは、やめた方がいいですよ。はいがんになっちゃいますから。それじゃあ!」


 俺はワーケーションハウスに向かっていく、慶介の背中に呟いた。

「あんにゃろう……」


 そして、土曜日。俺たち六人はまず、中央本線の電車で松本まつもと駅に向かった。そこで大糸線おおいとせんに乗り換えて、信濃大町しなのおおまち駅で降りた。小川プラネタリウム館に行くと特定日だからだろう、多くの人がいた。三十分くらい並んでから、白い建物の中に入った。シートに寝そべると館内が暗くなり、小川村の星空ほしぞらうつし出された。見終みおわった俺たちは建物の外に出て、感想を言い合った。


「きれいでしたねー」

「ほんと、ロマンチックだったー」

「アタシ、プラネタリウムは初めて見たけど、幻想的げんそうてきっていうか感動したー」


 すると慶介は、説明した。

「日が落ちたら小川天文台に行って、実際じっさいに星を見たいと思いまーす! でもそれまで時間もあるしお腹もすいたので、昼食を食べに行きまーす!」


 俺たちは道の駅に行き、手打てう蕎麦そばを食べることにした。それはもちろん美味おいしかったので、場がなごんだ。俺はその場を利用して、涼子さんに聞いてみた。

「『地域ちいきおこし協力隊』の研修けんしゅうは、どうですか?」


 すると涼子さんは、蕎麦を食べながら答えた。

「うん、順調じゅんちょうだよー。今は起業きぎょう事業化じぎょうか研修をやってるんだ。研修は三月までで、四月から実際にリンゴ農家さんのところで働くことが決まってるんだー」


 俺は、なるほどと頷いた。そして涼子さんも機嫌きげんが良いようなので、それとなく聞いてみた。

「そういえばそろそろバレンタインデーですが、だれかにチョコを渡したりしますか?」


 すると涼子さんは、右手をブンブンとった。

「渡さない、渡さない。そんな相手、いないし」


 そうか。つまり今、涼子さんは、気になる相手はいないのか。それが良いことなのか悪いことなのか分からなかった。ふと慶介を見ると、やはり複雑ふくざつな表情をしていた。


 蕎麦を食べ終わると俺たちは、おやきも食べて少し小川村を観光してから小川天文台に向かった。もう日も落ちていたので、そこで星を見ることが出来た。


 直径七メートル、高さ九、三メートルの開閉式かいへいしきドームの中に六十センチ反射望遠鏡はんしゃぼうえんきょうがあった。それはあまりに大きいので、階段かいだんを登らないとのぞくことが出来なかった。でも普段ふだんは出来ない、星を観察するということが出来て俺は少し感動していた。俺の次に望遠鏡を覗いた涼子さんも、歓声かんせいを上げた。

「おおー! 見える見える! 星が大きく見える! すごいなー!」


 覗き終わった涼子さんの後ろには、亘司さんがいた。興奮こうふんした表情で、涼子さんは告げた。

「ほら、アンタも早く覗いてみなよ! 星が大きく見えて、すごいんだから!」


 すると亘司さんは、右中指で銀縁ぎんぶちメガネのブリッジを押し上げた。そして緊張きんちょうをほぐすように、深呼吸しんこきゅうをした。そんな亘司さんを見て、涼子さんは不思議そうな表情をした。

「どうしたの? 早く覗いてみなよ!」


 そんな涼子さんに、亘司さんは告げた。

「いえ。今の私は星よりも涼子さん、あなたの心を覗きたい。いえ、見たい。そしてれたい」


 涼子さんは口を、ぽかんと開けて「ほえ?」と口にした。そして、言い放った。

「ちょ、ちょっと! 何、言ってんのよ、アンタ?!」

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