第三十九話

『あの、健一郎けんいちろうさん。今ちょっと時間、大丈夫だいじょうぶですか?』

『ああ、大丈夫だ。どうした?』

『ちょっとワーケーションハウスまで、きてもらえないでしょうか?』

『いいけど、LINEじゃ話しにくいことなのか?』

『はい。出来れば直接ちょくせつ会って、話したいんですが……』

『分かった。今から行く』


 LINEの内容がちょっとよそよそしかったので、俺はちょっと心配しながら軽トラでワーケーションハウスに移動いどうした。すると慶介けいすけが出てきて、軽トラの助手席じょしゅせきすわった。両手に息を吹きかけながら、「寒いですね」と話しかけてきた。表情はちょっと、暗かった。ここで話すのかと聞いてみると、「はい、出来れば他の人には聞かれたくないので……」と答えた。


 何か深刻しんこくそうな話だなと思いながら俺は、「どうした。何でも話してみろ」と聞いてみた。すると慶介は、「タバコを一本、もらってもいいですか?」と聞いてきた。俺がはこから一本出して渡すと早速さっそくくわえた。なので俺は、百円ライターで火を付けた。『ふうー』とけむりを吐き出した後、慶介は話し出した。

亘司こうじさんの、ことなんですよ……」


 俺は、聞いてみた。

「亘司さんが、どうした?」

「亘司さんが涼子りょうこさんに気があること、知ってますか?」

「ああ。佳奈かなさんから、聞いたことがある」

「でも涼子さんは全然、気づいてないんすよねえー」


 慶介の話によると、慶介と伊織いおりさんは何とか二人がいい方向に向かうように、気を使ったそうだ。クリスマス会を開いたり、四人で新年会しんねんかいを開いてり上げたり。でも涼子さんは『地域ちいきおこし協力隊』の研修けんしゅう夢中むちゅうなようで、亘司さんの気持ちには気づいていないそうだ。

 

 慶介は再び、『ふうー』と煙を吐き出した後に聞いてきた。

「僕たちが会社で働いていた時、亘司さんは誰とも付き合っていなかったんですが、知ってましたか?」


 俺は、記憶きおく辿たどった。確かに、そんな話は聞いたことが無い。亘司さんは背が高くてルックスもいいし、仕事もできる。しかも、面倒見めんどうみが良かった。なぜこの人に彼女がいないんだろうと、不思議に思ったことはあった。俺がそう言うと慶介は、「この話は、あまり他の人にはしないでください」と言い、話し出した。


 慶介の話だと亘司さんには、俺たちが入社する前に同じ職場に彼女がいた。一年間付き合った後、亘司さんはその彼女にプロポーズして、婚約こんやくした。だが結婚式の当日、彼女は結婚式場にあらわれなかった。逃げたのだ。理由は、分からない。もしかしたら亘司さんは知っているかも知れないが、誰も聞けなかった。そして彼女は会社をめて、亘司さんは残った。


 慶介は、つぶやいた。「きついっすよねー。職場で、そういうことがあると……」


 俺はそうだろうなと、うなづいた。同じ会社で、付き合うというのはよくある話だ。同じ空間で同じ仕事をしていれば、そうなるのはある意味、当然かもしれない。でも上手うまく行かなくなった時は、悲劇ひげきだ。とても同じ空間で、働くことはできないだろう。どちらかが辞めるしか、ないだろう。


 慶介は、話をつづけた。それからは事情じじょうを知らない女性が亘司さんに言い寄っても、亘司さんが付き合うことはなかった。同じ会社の女性でも、取引先とりひきさきの女性とも。ウワサによると亘司さんは、『もうずっと、独身でいる。彼女も作らない』と言ったそうだ。


 慶介はずっと、そう決めてしまった亘司さんをもったいないと思っていたが、仕方しかたがない。亘司さんの気持ちも、分からなくはない。だから亘司さんの気持ちを尊重そんちょうして、女の子を紹介しょうかいしたりすることはしなかった。

「なのにですよ、その亘司さんがですよ!」と、慶介は続けた。


「亘司さんは、涼子さんに気があるんですよ。見ていれば、分かります。それに涼子さんのそばにいたくて、このワーケーションハウスに引っしてきたんですよ。それなのに涼子さんは、亘司さんの気持ちに気づいていない。確かに涼子さんは、魅力的みりょくてきな人です。ちょっと気が強すぎる所もありますけど、まっすぐな性格です。亘司さんは、そこにかれたんでしょう。でもこのままだと、亘司さんが気のどくで……」


 なるほど。俺は気持ちを落ち着かせようと思って、タバコに火を付けた。そして煙を吐き出してから、聞いた。

「で、お前は、どうしたいんだ?」


 慶介も煙を吐き出した後に、告げた。

「僕と伊織と健一郎さんと佳奈さんと、そして亘司さんと涼子さんでトリプルデートをしようと思っています」


 俺は当然、おどろいた。トリプルデート?! ダブルデートは、聞いたことがあるが……。と考えていると慶介は、言い切った。

「そこで亘司さんには、涼子さんに告白こくはくしてもらいます。それでダメだったら、亘司さんにはこのワーケーションハウスから、出て行ってもらおうと思っています」


 俺は更に、驚いた。

「いやいや、待て。何もそこまでしなくても、いいんじゃないか?」


 だが再び、慶介は言い切った。

「いえ、その時は、亘司さんに出て行ってもらいます」


 俺は、当然の疑問ぎもんを聞いた。

「どうして、そこまでするんだ?」

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