第三十五話

 突然、カラオケで歌うようにられたが、亘司こうじさんは嫌な顔をせずに米津玄師よねずけんしの『Lemon』を歌った。歌い終わると、やっぱり亘司さんは歌も上手いなと思い、俺は拍手はくしょをした。ふと見ると、みんなも拍手をしていた。やっぱり皆、亘司さんの歌に感動したんだろう。


 すると慶介けいすけは今度は、涼子りょうこさんにマイクを差し出した。涼子さんはマイクをにぎると、えた。

「それではAdoの『うっせえわ』、歌います!」


 歌い終わるとやはり俺は、拍手をしていた。何と言うか、迫力があった。やはり皆も、拍手をしていた。涼子さんは言いたいことを言う、真っすぐな性格のようだ。それを皆は見抜みぬいたのだろう、どんどん涼子さんに話しかけていた。


 俺は涼子さんの住むところ、それに仕事も決まりそうなので、安心した。安心したので思い出した。佳奈かなさんに今日のお出かけを突然、中止したことを説明しなくては。


 なので俺は佳奈さんの肩を、軽くたたいた。「はい?」と振り向いた佳奈さんに「ちょっといいですか? お話があります」と告げた。すると佳奈さんは、「はい」と立ち上がった。俺がワーケーションハウスの玄関から出て庭に行くと、佳奈さんもついてきた。ワーケーションハウスからは笑い声が聞こえてきたが小さかったので、俺はここで話をすることにした。


 俺はまず、道夫みちおさんのことを話した。道夫さんは俺がこのZ市にきてからすごく、お世話せわになった人だ。だから昨日きのう、急に孫の涼子さんのことを相談されて今日、話をするとことになった時、こたわれなかったと。お出かけには早ければ明日の夕方、出発するので許してほしいと。すると佳奈さんは、微笑ほほんでくれた。

「なるほど。そういう理由だったんですか……。まあ、それなら仕方ないですよね。それに明日の夕方にお出かけするのなら、問題ないです。今から楽しみです」


 それを聞いて俺は心底しんそこ、『ほっ』とした。佳奈さんよりも道夫さんを優先ゆうせんしたので、佳奈さんを怒らせてしまったのではないかと思っていたからだ。とにかく、佳奈さんは怒っていない。そして明日の夕方にお出かけすることになって安心した俺は、ワーケーションハウスに戻ろうとした。


 その時、ふと山の下にZ市の街並まちなみが見下みおろせた。もう夜だったので家々にかりがともって、きらきらと輝いていた。それを見た俺は、佳奈さんに告げた。

「夕方にお出かけして見せたかったのは、こういう夜景やけいなんですよ」


 すると佳奈さんも、街並みを見下ろした。

「そうでしたか。それにしても、きれいな夜景ですね。初めて見たかも……」


 その佳奈さんの横顔よこがおも、きれいだった。美しい夜景に心をうばわれて、うっとりしていた佳奈さんの横顔も。だから俺は、言ってしまった。

「佳奈さん、俺と付き合ってくれませんか?」


 急な俺の告白におどろいた表情になった佳奈さんは、俺を見つめた。

「え?」


 俺は今、考えていることを告げた。

「俺は佳奈さんの、ひかえめで優しいところが好きです。あ、もちろん美人で、俺のタイプです。でも俺は不安定ふあんていな生活をしているので、佳奈さんとはり合わないかもしれません。なので返事は、よく考えてからして欲しいと思います」


 すると佳奈さんは、うつむいた。俺は今、佳奈さんが何を考えているか知りたくて、佳奈さんを見つめた。少しすると佳奈さんは、顔を上げた。真剣な表情だった。そして、告げた。

「私も好きですよ、健一郎けんいちろうさんのこと。優しくて、誠実せいじつで。確かに不安定な生活をしていますが、そんなの関係ないです。一軒家いっけんやを一人でててしまうような人です、すごいです。もっと、自信を持ってください……」


 その言葉を聞いて、俺は思わず佳奈さんをきしめた。そうか、佳奈さんは俺のことをそんな風に思っていてくれていたのか。なら、自信を持とう。今の俺自身に。そして佳奈さんの顔を見てみると、少し目がうるんでいた。俺を受け入れる、表情をしていた。なので俺は、そっとキスをした。佳奈さんからは、清潔せいけつせっけんの香りがした。


 しばらくしてくちびるを離すと、佳奈さんはうつむいた。俺はこういうことに、れていなかった。だからこれからどうしたらいいんだろうと考えてから、告げた。

「えーと、皆が心配しているかもしれないので、取りあえずワーケーションハウスにもどりましょうか?」


 すると佳奈さんは、『こくり』とうなづいた。俺と佳奈さんが居間いまに戻ると、皆が俺たちを見てニヤニヤしていた。ニヤニヤしながら、慶介が聞いてきた。

「あれー? 二人とも、どこに行ってたんですかー?」


 俺は、取りあえず言い訳をした。

「いや、ちょっと庭で話をしていたんだ……」


 すると慶介は、更に聞いてきた。

「へー、話ですか……。僕はまた健一郎さんが佳奈さんに告白して、キスでもしたんじゃないかと思ってましたよー!」


 俺はもちろん、うろたえた。

「え?! ひょっとして、見てたのか?!」


 すると慶介は、右手をき上げて大声を出した。

「やったー! 大当おおあたりー!」


 俺は、しまった! カマをかけられたのか! と後悔こうかいしたが遅かった。ふと見ると佳奈さんは真っ赤になって、うつむいていた。これは、否定できないな……。なので俺は、言うしかなかった。

「まあ、そういうことだ……」


 すると今度は、伊織いおりさんが大声を出した。

「佳奈、おめでとう! 健一郎さん、佳奈を大事にしてくださいねー!」


 俺が頷くと、今度は涼子さんが大声を出した。

「いよっ! 二人とも、幸せになってねー! ひゅーひゅー!」


 再び頷いた俺は、そんな涼子さんをあたたかなまなざしで見つめている亘司さんに気づいた。そして亘司さんは、つぶいた。

「私もこのワーケーションハウスに、住みたくなってきましたよ」


 俺はもちろん、驚いた。

「ええ?!」

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