第三十三話

 俺は会社をめて不安定な生活をしているから、アドバイスをする自信が無いと答えた。すると道夫みちおさんは、力説りきせつした。

「いや、一人でこんなに立派りっぱ一軒家いっけんやを建てるなんて、あんちゃんは立派だ。だから頼む!」と。


 俺はもちろん道夫さんの役に立ちたかったので、「分かりました。取りあえずおまごさんのお話を、聞かせていただきます」と答えた。すると道夫さんは、喜んだ。

「ありがとう、あんちゃん! おんに着るぜ! あ、孫娘は明日、わしの家にくるから頼んだぜ!」


 明日?! ダメだ、明日の金曜日は佳奈かなさんと夜景やけいを見に行って、佳奈さんに告白する予定だ。だが、すぐに考えた。いや別に、明日の夜じゃなくてもいいか。あさっての夜でもいい。何なら、来週の金曜日の夜でもいい。俺はもう佳奈さんと夜景を見に行って、告白することは決めていたからだ。だから、俺は答えた。はい、明日、お孫さんと話をさせていただきます、と。


 それから俺は、佳奈さんにLINEを送ることにした。明日のお出かけを、延期えんきする連絡だ。

『すみません、佳奈さん。明日のお出かけは、延期させてください。ちょっと用事が出来たので。お出かけの日はまた後日、連絡します』


 すると少しして、佳奈さんから返信がきた。

『そうですか、それは残念です。それではまた後日、連絡をください』


 佳奈さんを残念がらせてしまい申し訳なく思ったが、上手く行けばあさっての夜にお出かけできるな、と思いつつその日は寝た。


 そして次の日の夕方、俺は道夫さんの家に向かった。玄関に入ると、奥さんのはなさんが出迎でむかえてくれた。

「すみません、健一郎けんいちろうさん。ウチの孫のことで……」

「いえいえ、かまいませんよ。で、お孫さんは今、いらっしゃるんですか?」

「はい、お願いします……」


「分かりました」と俺は、居間いまに向かった。そこには、ごちそうがならべられたテーブルがあり、道夫さんと女性が向かい合って座っていた。ショートカットと気の強そうな目が特徴の、美人だった。取りあえず俺は、自己紹介をした。

「えーと、俺は今福いまふく健一郎といいます。よろしくお願いします」


 すると女性は、『ぺこり』と頭を下げて自己紹介した。

「あ、アタシは丹波涼子たんばりょうこ。よろしく」


 すると道夫さんは、怒りの表情になった。

「こら、涼子! もっとちゃんと、挨拶あいさつしなさい!」


 俺は道夫さんが怒っているのを初めて見て、動揺どうようした。あの道夫さんが、怒るなんて……。それだけ涼子さんのことを心配しているんだろうな、とさっした。しかし涼子さんは、あっさりと反論はんろんした。

「いいじゃない、ちゃんと名前を言ったんだから。それとも何? 年齢、住所、電話番号まで言えばいいの?」


 すると道夫さんは、あきれた表情になった。

「いや、そうじゃなくてだな……。はあ、この通りなんだよ、あんちゃん……」


 俺はやはり涼子さんは、見た目通り気が強い女性だなと思い知らされた。それでも他ならね道夫さんのために、俺は聞いてみた。

「えーと、涼子さんは最近、会社を辞められたそうですね?」

「そう、一カ月前」

「どうしてですか?」


 すると涼子さんは、ため息をついて告げた。

「日本の会社の経営者が、バカばっかりだからよ!」


 話によると涼子さんが勤めていたコンサルティング会社には、多くの経営者が相談にきた。その多くが、『従業員がどんどん減っていく。何とかしてくれ』というものだった。涼子さんが調べてみるとその会社は、残業時間が多く土日も休日出勤することがある会社だった。涼子さんは、今の人はワークライフバランスを重視じゅうししているので、残業や休日出勤を減らしてちゃんと休ませる努力が必要ですよとアドバイスをした。しかし、『従業員が働かなければ、会社の利益りえきが出ない。他の方法を考えてくれ』と、ほとんどの経営者が答えた。


 すると涼子さんはAIなどを導入どうにゅうして、仕事を効率化こうりつかしたらどうかと提案した。すると経営者は、『AIなんてよく分からない。無理だ』と答えた。そう言って、やってもいないのに無理だと決めつける経営者に、涼子さんはいつもキレていた。その不満がたまって涼子さんは、コンサルティング会社を辞めたそうだ。そして涼子さんは、言い放った。

「アタシは日本の会社を少しでも良くしようと思って、コンサルティング会社に就職したの! でも日本の経営者は、バカばっかりなの!」


 うーん、なるほど……。涼子さんの気持ちも、分からなくはない。でも丁寧ていねいにAIのことを説明しても良かったのでは? と思ったが言わなかった。今さら言っても、仕方しかたないからだ。なので、別のことを聞いてみた。

「えーと、それでは涼子さんはこれから、どうしたいんですか?」


 すると涼子さんは、答えた。もちろん働くと。でもどんな仕事をしたいのか今、考えている最中さいちゅうだと。すると、道夫さんが口を出した。だが家でゴロゴロしているのは、よくない。近所の目もある、と。それを聞いて涼子さんは、答えた。

「アタシは近所の目なんか、気にしないわよ。それじゃあ取りあえず、家を出てアパートとかに住めばいいの? 五年間もコンサルティング会社で働いたから、貯金ちょきんはたっぷりあるから出来るけど?」

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