第三十二話

 次の日からまた、日常が戻ってきた。めしを食って、卵を道の駅に売りに行って、堆肥たいひを作って、ドラム缶風呂かんぶろに入って寝た。だが二つ、いつもと違うことがあった。


 一つ目はヒマさえあれば軽井沢かるいざわの、おすすめスポットを探していたことだ。諏訪湖すわこへのお出かけは、大成功だいせいこうと言っていいだろう。だから軽井沢へのお出かけも、成功させたかった。


 そして二つ目はやはり、ヒマさえあれば佳奈かなさんの横顔よこがおの写真をながめていたことだ。だから俺は、自分の気持ちを認めた。俺は佳奈さんのことが、好きなんだな。そして、付き合いたいと思っているんだな……。


 でも、告白こくはくする勇気は無かった。今は、佳奈さんとお出かけが出来るだけで満足だった。そして軽井沢の、どこに佳奈さんを連れて行こうかとなやむことの繰り返しだった。


 そんな日々を過ごしていると、あっという間に土曜日になった。俺は軽トラでワーケーションハウスに佳奈さんを迎えに行き、軽井沢に向かった。そして旧軽井沢銀座通りを、二人で歩いた。商店が並んでいる通り道はアスファルトではなくレンガなのが気に入って、二人で歩いてみたかったからだ。佳奈さんも、「良い雰囲気ふんいきですねえ」と気に入ってくれたようだ。


「あ、あのお店を見てください! 古くて歴史を感じさせて、味がありますねえ!」と、はしゃいでいる佳奈さんを見ていると幸せな気持ちになった。俺はいつかこの気持ちを、楽しそうな佳奈さんを見ているだけで幸せになるこの気持ちを伝えなければならないと思うと、心がざわついた。もし告白して佳奈さんにフラれたら、もう二度とこんな幸せを感じることはできないと思ったからだ。


 昼食はレストランで、信州産しんしゅうさんライむぎのガレットを食べた。そしてクレープを食べながら歩いていて、話をした。俺がキノコをってキノコなべを作った動画が、バズったことなど。そうすると佳奈さんは、「すごいですねえ。でもそんな面白おもしろそうなことをするのなら、私もさそってくださいよ!」と言ってくれた。


 それからせっかく軽井沢にきたんだからお土産みやげを買おうと、店に入った。佳奈さんは、「可愛かわいいお土産を買いたい!」と店中を探し出した。俺も土産物を探していると、あるキーホルダーを見つけた。それはリンゴのキャラクターが付いているキーホルダーだが、そのキャラクターのゆるさが気に入って買った。そういえば軽トラのキーに、キーホルダーを付けていなかったし。俺がレジで会計をしていると、佳奈さんが近づいてきた。

「あ! そのキーホルダー、可愛いですね! どこにあるんですか?」


 俺が場所を教えると、佳奈さんもそのキーホルダーを持ってきた。

「えへへ、おそろいですね。これにワーケーションハウスの、部屋のキーを付けようっと!」と微笑ほほえんだ。その様子を見ていると、俺はまた少し佳奈さんのことが好きになった。だからワーケーションハウスに帰る途中の軽トラの中で、俺は聞いてみた。

「来週また、お出かけに付き合ってくれませんか?」


 すると佳奈さんは、微笑んで答えた。

「はい、いいですよ」


 俺はちょっと緊張きんちょうしながら、再び聞いた。

「今度は土曜日じゃなく金曜日の夜なんですが、いいですか?」


 俺は夜景やけいが見える場所で、佳奈さんに告白しようと考えていた。するとやはり佳奈さんは、微笑んでくれた。

「はい。もちろん、いいですよ」


 その答えを聞いた俺は、取りあえず『ほっ』とした。だがやはり、告白してフラれたらどうしよういう不安もおそってきた。そしたらもう二度と、こんな時間はごせないだろうからだ。それなら告白をせずに、ずっとこの友達のような関係を続けるのも『アリ』かと考えた。でもやはりそれは、出来なかった。佳奈さんとはもっと、深い関係になりたかったからだ。


 俺はワーケーションハウスで佳奈さんをろすと、しばらく佳奈さんを見つめた。今度の金曜日まで会えないし、もし告白してフラれたらもう二度とこの笑顔を見ることは出来ないだろうと考えたからだ。そんなことを考えている俺に、佳奈さんは聞いてきた。

「あの、どうしました? 健一郎けんいちろうさん?」


 俺は、「何でもありません、おやすみなさい」と答えて軽トラを一軒家いっけんやに走らせた。


 次の日からまた、日常が戻ってきた。だがやはり俺は、どこの夜景を見に行こうかとスマホでググる時間が多かった。そしてさんざん悩んだがついに、俺は佳奈さんに告白する夜景の場所を決めた。それは、木曜日の夜のことだった。やっと場所が決まって『ほっ』としていると、思わね人物が俺の一軒家にやってきた。


「おーい、あんちゃん! いるかー?」という声がしたので、俺はドアを開けた。するとそこには、道夫みちおさんが立っていた。道夫さんは一応、「ああ、こりゃ立派りっぱな一軒家だな」とめてくれたが、いつもの元気が無かった。


 俺は取りあえず、「外は少し寒いですから」と道夫さんを一軒家の中にまねいた。ちょうど夕食後のお茶を飲んでいたところだったので、道夫さんにもお茶を出した。お茶を一口啜ひとくちすすると、道夫さんは切り出した。

「あんちゃん、実はちょっと相談があるんだが……」


 道夫さんの話によると今、孫娘まごむすめのことで悩んでいるそうだ。孫娘は、道夫さんの息子が長野市に住んでいたため高校までは長野市に住んでいた。だが高校を卒業すると、東京の大学に進学した。


 そして大学を卒業すると、東京のコンサルティング会社に就職した。だが五年半経った最近、会社をめたそうだ。そして現在、長野市の実家に戻ってきたが仕事はせずに、これからどうするかも決めていないそうだ。なのでとしが近い俺に、何かアドバイスをして欲しいということだった。

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