第三十一話

 ダメだ。微妙びみょう雰囲気ふんいきが消えない……。すると俺は、思いついた。

「あ、そういえば佳奈かなさんって、諏訪湖すわこに行くのは初めてなんですよね。俺も初めてなんですけど、ちゃんと調べたので今日一日、楽しみましょう!」


 すると佳奈さんは、笑顔で答えてくれた。

「はい! よろしくお願いします!」


 それからは、佳奈さんと伊織いおりさんの旅行の話で盛り上がった。二人で北海道、宮城、愛知、大阪、福岡に行った話で。二人とも旅行が好きで、温泉おんせんや食べ歩きを楽しんだそうだ。でも長野県にはきたことがなく、もちろん諏訪湖にも行ったことが無いので今日は楽しみだと話していると、ちょうど諏訪湖に着いた。俺は駐車場に軽トラをめると、佳奈さんに提案した。

「レンタルサイクルで、諏訪湖を一周いっしゅうしませんか?」


 すると佳奈さんも、乗り気になってくれた。

「諏訪湖を一周ですか。いいですね!」


 そして俺たちはレンタルサイクルショップに行って、自転車を二台レンタルした。自転車に乗ると佳奈さんは、元気よく走り出した。俺も必死にこいだが、いつくのに苦労した。すると佳奈さんは、大きな声を出した。

「うわー! 風が気持ちいい! それに諏訪湖がよく見えるー! 健一郎けんいちろうさん、早くこないと置いて行っちゃいますよー!」


 なので俺は、必死ひっしにこいだ。こっちにきてから体を動かすようになり、体力は付いたと思っていたが佳奈さんの方が体力がありそうだ。俺は諏訪湖を見る余裕よゆうもなく、必死にこいでようやく佳奈さんに追いついた。そこでやっと、諏訪湖を見る余裕が出来た。諏訪湖の表面は日の光に照らされて、キラキラと輝いていた。俺は佳奈さんと並ぶと、そう言った。

「諏訪湖の表面が、きれいですねー!」

「はい! それに風が、気持ちいいですー!」


 俺たちは諏訪湖一周約十六キロを、約一時間三十分でまわった。一時間三十分も自転車に乗って俺はもうヘロヘロだったが、佳奈さんは元気だった。

「健一郎さん、次は何をしますかー?」


 俺は今度はらくが出来ると思い、笑顔で告げた。

「次は、観光かんこうバスに乗ります! でも、諏訪湖にも入ります!」


 すると当然のように、佳奈さんは不思議そうな顔をした。

「まあ、乗りましょう。乗れば分かります」と俺たちは、SUWAガラスの里に向かった。観光バスは、ここから出ている。観光バスに乗ると早速さっそく、出発してまずは高島城たかしまじょうに向かった。


 佳奈さんは、「うわー、立派りっぱなお城ですねー!」と感心していた。高島城を過ぎると、今度は諏訪湖に向かった。どんどん諏訪湖に近づいて行くので、佳奈さんは不安な表情になった。

「バスが諏訪湖に、向かっているんですが大丈夫でしょうか……。きゃー!」


 観光バスはそのまま、諏訪湖に突っ込んだ。バスの高さ位の、水しぶきを上げて。この観光バスは水陸両用すいりくりょうようで、水上も移動できる。諏訪湖への『スプラッシュ・イン』も盛り上がったが、湖上から北アルプス穂高連峰ほだかれんぽう乗鞍岳のりくらだけながめて俺たちは楽しんだ。


 五十分してSUWAガラスの里に戻ってくると、昼ご飯を食べることにした。近くの食堂に入って天ぷらに味噌みそダレをかけたどんぶり、信州諏訪しんしゅうすわみそどんを食べた。ここでは天然味噌を使っているそうで、コクのある味噌が天ぷらにもご飯にもしみていて美味おいしかった。佳奈さんも、「美味しい」と言ってくれた。


 その後は、俺がどうしても行きたいところに行った。サンリツ服部美術館はっとりびじゅつかんだ。諏訪湖周辺には美術館が多いが、そこには国宝、『白楽茶碗しらろくちゃわん 銘不二山めいふじさん』があった。スマホで見ていたら実物を見たくなったので、行ってみた。それは下部の下地したじは黒だが、模様もようが入り灰色になっている。また上部は、落ち着いた金色になっている。灰色と金色が、独特の存在感そんざいかんを放っていた。


 俺も佳奈さんも、しばらく見入っていた。もちろん他の美術品も見たが、やはりそれが一番、圧倒的あっとうてきだった。


 美術館から出ると、日が落ちかけていた。諏訪湖を見ると雲はオレンジ色にまり、湖面こめんには金色の道が出来ていた。それを眺めていた佳奈さんは、ため息をらした。

「きれい……」


 確かに、それらはきれいだった。だが俺にはそれらを眺めてうっとりしている佳奈さんの表情の方が、きれいに見えた。だから俺はつい、その横顔をスマホで撮影さつえいした。それに気づいた佳奈さんは、ちょっとムッとした。

「あー、勝手に写真をるなんて、ひどいですよー!」


 ちょっとムッとした佳奈さんも可愛かわいかったが、それどころではない。俺はスマホで写した写真を見せて、言い訳した。「佳奈さんも、きれいですよ」と。それを見た佳奈さんは一応、納得なっとくしてくれたようだ。「うん、これならいいです」と、微笑ほほえんでくれたから。


 軽トラでワーケーションハウスまで帰る途中は、今日の話で盛り上がった。諏訪湖はきれいだった、ご飯も美味しかったなど。なので俺は、切り出してみた。来週の土曜日も、どこかに出かけませんかと。


 すると佳奈さんは、微笑みながらうなづいてくれた。そして早速、聞いてきた。「今度は、どこにれて行ってくれますか?」と。俺は、考えた。うーん、次はどこがいいかな……。そして、ひらめいた。軽井沢かるいざわだ! 俺はまだ軽井沢を観光したことが無かったので、行ってみたかった。すると佳奈さんも、「軽井沢ですか、いいですねー。楽しみですねー」と期待きたいしてくれた。


 ワーケーションハウスまで佳奈さんを送った俺は、一軒家いっけんやまで戻ってスマホで動画を自撮じどりした。今日のお出かけの結果を、視聴者に報告するためだ。きっとみんなもどうなったか、気になっているだろうから。

「えー、そういう訳で今日のお出かけは、大成功でした。また来週には、軽井沢に行く予定です。皆さん、応援おうえん、ありがとうございました」


 俺はその動画を配信はいしんすると、ドラム缶風呂かんぶろに入ってからベットに入った。するとやはり、視聴回数が伸びていた。コメントも付いていた。『来週は軽井沢か。いいなー』、『あー、俺、彼女が欲しくなったー』、『リア充、爆発しろ!』など。


 そして俺は、思い出した。そういえば今の俺の、この不安定な生活をどう思っているか聞いてなかった……。ちょっと考えて、それは後回あとまわしにすることにした。もし佳奈さんが、『貧乏びんぼうくさい』と否定ひていしたら今日のように会えなくなるだろうからだ。もしそうなってもいいように、思い出をたくさん作ってから聞くことにした。

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