第二十八話

 それから俺は佳奈かなさんをワーケーションハウスまで送って、一軒家いっけんやに帰ってきてから動画を配信はいしんした。夜、寝る前に視聴回数を確認してみると、やはり百万回を超えていた。コメントも、り上がっていた。『このしたしい感じ、絶対に彼女だろ』、『いや、雰囲気ふんいきが固い。まだ付き合ってない』、『どっちでもいいから、またあの美人を配信してくれー!』など。


 それらのコメントを読んでいると、俺も佳奈さんを更に意識してきた。あー、デートとかにさそいたいなー。でも、いきなりデートっていうのもなー。そう考えているとひらめいた。そうだ! この前は漬物つけものづくりを手伝ってもらったし今回は、かぼちゃの収穫しゅうかくを手伝ってもらった。そのお礼に、一緒に出かけるというのはどうだ?! うん、いい。自然だ、アリだ。そう決めた俺は、どこに連れて行ったらいいか、スマホで探し始めた。


 長野県には、たくさんの観光地がある。すると真っ先に表示されたのが、諏訪湖すわこだ。なるほど、確かに諏訪湖は長野県で一番大きな湖だ。有名な観光地になっているから、色々と楽しめそうだ。それに俺はまだ、諏訪湖には行ったことがない。いつか行きたいと思っていたので、これがいい機会きかいかもしれない。


 でも、いつ誘おうか? 今は、止めておいた方がいいだろう。もう佳奈さんも、寝ている頃だろう。俺はできれば、今度の土曜日に佳奈さんと諏訪湖に行きたいと思っていた。すると今度の金曜日に、誘ってみるか。いや、それだと遅いかも知れない。もう土曜日の予定が入ってしまうかも知れない。やっぱり、早い方がいいな。


 すると明日の、日曜日か。うん、それならまだ今度の土曜日の予定は入っていないはずだ。よし、明日の日曜日に佳奈さんを誘ってみようと決めると、今日はもう寝ることにした。


 次の日の朝。俺はあくびをしながら、卵かけご飯を食べていた。なぜなら昨夜さくやは、ほとんど眠れなかったからだ。俺は昨夜、いろいろ考えた。俺自身について。俺は今もちろん、サラリーマンではない。会社で働いていないから。そして、フリーターでもない。俺は、アルバイトすらしていないから。しかし、ニートでもないだろう。


 俺は今、朝起きると、自分で食事の準備をする。ご飯はスーパーから買ってきた米を、かまどで羽釜はがまを使ってく。卵かけご飯の日もあれば、アマゴを釣っておかずにする場合もある。更に鶏肉とりにくとコシアブラの葉を使って、炊き込みご飯を食べる時もある。そして、味噌汁みそしるも作る。具は畑でれた、じゃがいもや白菜はくさいだ。


 それからニワトリが産んだ卵を五、六個、道の駅に売りに行く。ありがたいことに毎日、ほぼ全部売れる。あまった卵は、夕食に使っている。昼食は、あまり食べていない。


 朝ご飯を食べ終わると、水をみに行く。湧水わきみずから引いた水は、畑の隣の大きなプラスチック製のおけにたまっている。俺はまずそれを、キッチンにある桶に入れる。料理に使ったり、飲み水にしている。それから、ドラム缶風呂かんぶろの中を掃除そうじする。そしてまた桶にたまった水を、ドラム缶風呂に入れる。ドラム缶風呂には、週に三回ほど入っていた。


 それから入っていなかったら、洗濯機せんたくきに水を入れておく。洗濯は週に一回して、終わったら洗濯ハンガーにるして更にドラム缶風呂にかけて乾かしていた。そして自分の糞尿ふんにょう肥溜こえだめに、鶏糞けいふんは畑の隣の穴に入れてシャベルでかき混ぜていた。


 そんなことをしていると日が落ち、お腹も減るので夕食を作る。メニューは、その日の気分で決める。最近は日が落ちると少し冷えてくるのでカレーやシチュー、豚汁とんじるなどを作っている。


 そういえば最近は、ユーチューブでの配信は、たまにしかしていない。やはり食事を作ったりする動画はすでにきられてらしく、視聴回数が伸びない。山の中の自然を撮影した動画は、そこそこ伸びる。やはり秋が深まって広葉樹こうようじゅが赤や黄色に色づいて、見ごたえがあるからだろう。


 それに畑の作物を収穫して料理する動画も、伸びる。白菜ときゅうりをける動画や、かぼちゃを料理する動画など。いや、これに関しては俺が小屋や一軒家を建てた時と同じくらい、視聴回数が多い。おそらく『すごく美人な』佳奈さんがうつっているからだろう。


 もちろん視聴回数が伸びるのは、うれしい。でも俺が汗水あせみずたらして小屋や一軒家を建てた動画が、佳奈さんが料理をするだけの動画と視聴回数が同じとは! みんな、美人に弱すぎだ!


 だが、ふと考えた。むさくるしい男が小屋や一軒家を建てる動画と、美人が料理をする動画があったら、自分ならどちらを観るかと。うん、美人が料理をする動画だな、やっぱり。うん、皆は間違っていない。なぜなら、俺もそうするだろうから!


 また、ソーラーパネルを設置するために、貯金をしている。俺が調べたところ、約三十万円かかるようだ。なのでユーチューブの広告収入こうこくしゅうにゅうを、コツコツ貯めている。うーむ。こうして考えてみると、俺はニートでもないような気がする。自分で生活するために働いているし、貯金もしている。


 しかし問題は、この生活を佳奈さんがどう思うかだ。『貧乏びんぼうくさくて嫌だ』、と思われればそれで終わりだ。でも畑の作物の収穫を手伝ってくれたり、それほど悪いとは思っていないようだが。うーむ。今度、聞いてみようか。でも、『貧乏くさくて嫌だ』と言われればショックだ。おそらく、立ち直れない。俺は今の生活を、気に入っているからだ。会社で働かなくても、それなりの生活が出来ているからだ。


 でも佳奈さんが、どう思っているか分からない……。よし、今度、諏訪湖にお出かけすることができたら、さりげなく聞いてみよう。本当に、どんな答えが返ってくるか分からないので、ちょっと怖いが……。


 そして日曜日の昼。今ぐらいなら佳奈さんも忙しくないと思うので、LINEを送ってみた。

『あの、佳奈さん。今ちょっと、時間は大丈夫ですか?』


 すると少しして、返事がきた。

『はい、何でしょうか? 今は時間、大丈夫ですよ』

『突然ですみませんが、今度の土曜日はいていますか?』

『え? 空いてますけど、どうかしましたか?』

『はい。よかったら、二人で諏訪湖に行きませんか?』

『諏訪湖! いいですね! 私はまだ、行ったことが無いんですよ!』


『ああ、そうですか。ええと、あの、野菜の収穫を手伝ってもらって、そのお礼という意味もあるんですが……』

『いいえ、いいんですよ、お礼なんて。私が好きで手伝ったんですから。それより諏訪湖には、何時に行きますか?』


『ええと、朝ご飯を食べてから出発したいと思います。九時くらいに軽トラで、ワーケーションハウスに佳奈さんを迎えに行こうと思っているんですが……』

『九時ですね、分かりました! 楽しみに待っています!』

『ありがとうございます、失礼します』

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