第八話

 俺はスマホで撮影さつえいしながら、コメントを続けた。

「そしたらはんごうでご飯をくんですが、まず飯ごうに米を入れます。そして川で飯ごうに水を入れて、米をぎます。で、適量てきりょうの水を入れます。そして飯ごうを焚火台たきびだいに置きます。あとは時間がつと、自動的にご飯が炊けます。でもおかずがないので、今朝けさは魚をろうと思います。ここはアマゴがよく釣れるので、アマゴを釣ります。アマゴは川の中心が好きなようなので、そこにルアーを入れます。でも経験上、釣れない場合は、川岸かわぎし大木たいぼくの影が水面にうつっている暗いところにルアーを入れると釣れる場合があります。


 おっと、手ごたえがありました。素早く竿さおを立てて合わせます。引きが結構けっこう、強いです。今までで一番、強いです。ひょっとしたらアマゴじゃないかも知れません。釣り上げてみましょう。お、やはりアマゴでした。でも今までで、一番大きいです。今日の朝食のおかずは、これで決まりです。必要以上に釣る気はありません。魚の数も、減ってきているようですから。食べる分だけ、釣ります。


 はい、それでは処理をします。血抜ちぬきをしてサバイバルナイフで腹を切って、内臓を取り出します。そして細い枝をアマゴの口からして、シッポから出します。あとは塩をふって焚火のそばに立てて、焼きます」


 そこで俺は、ふと考えた。あとはご飯が炊けて、アマゴが焼けるのを待つだけだ。その間を、どうしようかと。ただ撮影するだけで、何もコメントすることが無い。でも、それも良いかと思った。焚火に焼かれて皮がパリパリになり、どんどん美味おいしそうになるアマゴ。それに飯ごうから立ち上り、美味しそうなにおいがする湯気ゆげ。そして、それらに必要な焚火。これらは撮影するだけで、になると思った。だから、スマホでの撮影を続けた。思った通りアマゴ、飯ごう、焚火はそれだけで画になった。


 しばらくするとご飯が炊けて、アマゴも焼けた。俺はコメントを再開した。

「はい、ご飯が炊けました。良い匂いです。アマゴも焼けました。やはり食欲をそそる、良い匂いです。それでは食べてみます。まずはアマゴから。うん、塩が効いていて、美味しいです。

 ご飯も食べてみます。うん、アマゴのしょっぱさとご飯の甘みが口の中で混ざり合って、何とも言えません。美味しいとしか言えません」


 食べ終わると早速、動画をユーチューブで配信はいしんした。そして後片付けをして、川岸で川をながめながらタバコを一本、吸った。吸いながら、考えた。昼食は、鶏肉とりにくとコシアブラの葉の炊き込みご飯にしよう。もちろんスマホで撮影して、動画をユーチューブで配信する。昼食もおかずがアマゴだと、俺も視聴者もきると思ったからだ。ふとスマホを見るとバッテリーが減っていたので、小型の太陽電池に接続して充電を始めた。


 そして、川を眺め続けた。あらためて、川は不思議だと思った。川は、流れている。流れ続けている。ずっと昔から、今でも。これからも、流れ続けるだろう。でも川の広さや深さは、変わらない。もちろん大雨などが降れば川の幅は広くなり、水深も深くなるだろう。でもそれは、例外れいがいだ。川は流れ続ける、つまり動き続けるが川そのものは変わらない。そんなことを考えながら、ただ流れる川を眺めていた。


 そして、改めて考えた。俺は今まで一体、何をしていたんだろう。会話をして指示したり、されたりするのが苦手で、それでもそれをしなければならない苦痛な仕事を、なぜ続けていたのだろう。確かに働かなければ、給料はもらえない。そして給料が無ければ、生活できないと思っていた。でも違う。別に会社で働く必要は無い。腹が減ったら魚を釣り山菜さんさいの葉をり、ご飯を食べればいい。腹がふくれたらこうして、自然の中に自分を置けばいい。そして眠くなったら、寝ればいい。でも雨露あめつゆをしのぐために、また快適かいてきに眠るためにも家は必要だなとは考えた。そういうことをするのが本当の仕事、本当に働くということではないかと思えた。でも人は一人でいたい時と、みんな一緒いっしょにいて安心したいという二つの気持ちを持っているんだろう。


 ふと見ると俺のとなりに、小鳥が止まった。全体的に白いが、口ばしとあしが黄色だった。小鳥は少しの間、毛づくろいをしていたが急に飛び立った。そして水面を水平に飛ぶと、体ごと川に突っ込んだ。次の瞬間、小魚をくわえた小鳥が水面から飛び出し、また俺の隣に止まった。そして、小魚を食べ始めた。俺はその様子を見ていたが、小魚を食べ終わった小鳥は川の向こう岸に飛んで行った。


 そしてそういえばここ数日、風呂ふろに入っていないことに気づいた。ユーチューブの動画ではドラム缶風呂かんぶろに入ったりしているが、ここにドラム缶は無い。なので服を脱いで川に入った。髪を洗って、体中をこすった。それだけで、サッパリした。そういえば洗濯せんたくもしていなかったので、脱いだ服と下着を川で洗った。もちろん物干ものほ竿ざおなども無いので、テントにかけた。今日もいい天気なので、しばらくすればかわくだろう。一時間くらいするとやっぱり乾いていたので、下着と服を着た。ちょっとごわごわしていたが、あまり気にならなかった。


 そんなふうに過ごしていて、ふと腕時計を見ると午前十一時すぎだった。まだ腹は減ってなかったが、コシアブラの葉を採りに行くことにした。山の中を歩き回ってみたい、とも考えていた。もちろんスマホで、撮影した。


「えー、それでは、コシアブラの葉を採りに行きたいと思います。山道やまみちを、進んでいきます。でもごらんの通り、山道というほどのモノではありません。今まで何人か歩いたあとがある、というだけのものです。背が高い草がしげっていて、ちょっと歩きづらいです。


 あ、でも、ありました、コシアブラです。背が低いですが、見つけました。この葉っぱはセリのような味がして、美味しいんです。やはり食べる分だけ、採ります。たくさんあるからといってたくさん採っても、食べなかったらもったいないと思うので。一、二、三、四、五、六……、うん、これくらいでいいですかね。それではテントに戻ります。


 うーん、やっぱり歩きづらいですねえ……。私が何度も歩いていれば、それなりの山道になるかも知れませんが……。あ、はい、テントに着きました。それではコシアブラの葉と鶏肉の、炊き込みご飯を作ります。


 まずは、ご飯の用意をします。はい、飯ごうに米を入れて川の水で研ぎます。そして適量の水を入れて、はい、これでいいです。あとは一口大ひとくちだいに切った鶏肉と、コシアブラの葉を入れます。そして、適量のしょうゆを入れます。最近のしょうゆには、すでにダシが入ってたりします。便利ですね。おかげで味付あじつけは、これだけでOKです。あとは焚火を起こして、焚火台の上にのせます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る