第六話

 俺は、取りあえずスマホを見せてくださいと、おばあさんに言ってみた。するとおばあさんは居間いまを出て、すぐに戻ってきた。手にはスマホを持っていた。おばあさんからスマホを受け取ると、俺は画面を見てみた。俺が持っているスマホとは機種きしゅが違ったが、スマホの使い方は大体だいたい同じだ。俺は取りあえず、スマホに表示される文字を大きくした。そして、聞いてみた。

「これでどうでしょうか、おばあさん?」


 するとおばあさんは、喜んだ。

「まあまあ、文字が大きくて見やすいわ! ありがとう!」


 そしておばあさんは、料理のレシピの調べ方も聞いてきた。俺は検索けんさくサイトで、料理名や材料を入力すればいいと教えた。更にサイトの、ブックマークの仕方も教えた。するとおばあさんは、飛び上がるくらい喜んだ。

「まあまあ、料理のレシピがこんなにたくさん! ありがとうございます、健一郎けんいちろうさん!」


 俺は、そんなに大したことじゃないと謙遜けんそんしたが、道夫みちおさんは立ち上がると居間を出て行った。そして少しすると、白菜はくさいとタッパーを持ってきた。

「これは、うちの畑で作った白菜だ。わしとばあさんじゃ食いきれんから、持ってけ。それと買った豚肉ぶたにくだが、やっぱり儂とばあさんじゃ食いきれん、持ってけ」


 俺はちょっと恐縮きょうしゅくしたが、ありがたかった。野菜は買ってないし、魚だけじゃきるから肉を買おうと思っていたからだ。だからありがたく、もらった。それから、またこい、こまったことがあったら何でも聞けと言われたのでれいを言って、道夫さんの家を出た。


 自分のテントに戻ると午前十時くらいで、腹が減っていた。俺は早速さっそくもらってきた白菜と豚肉で、肉入り野菜炒やさいいためを作った。ご飯もはんごうでいて、ちょっと早い昼食を食った。久しぶりだからか白菜も豚肉も、今まで食ったものよりも美味おいしく感じられた。腹が一杯いっぱいになると少し眠くなったので、テントの中の寝袋ねぶくろで寝た。目が覚めると、午後三時過ぎだった。


 取りあえずすることが無かったので、アマゴを釣った。二匹釣ったところで、止めた。必要以上にらなくてもいい、食べたい時に食べる分だけ釣ればいいと思った。すると腹が減ったので、ちょっと早い夕食を食った。塩焼きだけじゃ飽きるので二匹のアマゴを片手鍋かたてなべて、味噌みそで味付けをしてみた。飯ごうで炊いたご飯のおかずにして食ったら、美味うまかった。


 テントの中の寝袋で、俺は考えた。ここにきて三日ぐらいになるが、俺はすっかりここが気に入った。ずっとここに住みたいと考え始めていた。できるかどうか分からないが、ここに一軒家いっけんやを建てて住みたいと考えた。一人ではとても無理なので、道夫さんに相談してみようと思った。とにかくここに住み続けることは決めたので明日、東京に行ってアパートを解約かいやくしようと思い、眠りについた。


 次の日は、午前七時過ぎに目が覚めた。川で顔を洗い、少し残っていた肉入り野菜炒めをおかずにして朝食を食った。そして早速、軽トラに乗り、東京を目指した。途中、群馬県で一泊して、東京のアパートに着いた。数日、なかっただけでなつかしさを感じた。でももう、ここには住まない。俺がこれから住むのは、Z市だとあらためて決意した。


 部屋の中からスマホで大家おおやさんに、アパートを解約したと連絡れんらくした。するとあっさりと、ああ、そうですか、では鍵と、もしあったら合鍵あいかぎを持ってきてください、電気、ガス、水道の解約も忘れずにと言われた。俺は電話をして、電気とガスと水道を解約した。それからベットやソファーなどの家具かぐは一軒家を建てた時に使おうと思って、軽トラの荷台にだいせて持って行くことにした。


 大家さんに鍵を返して、再びZ市に帰ろうかなと思った時、ふと思い出した。慶介けいすけに、落ち着いたら連絡をくれと言われたことを。社交辞令しゃこうじれいかも知れないが、一応LINEを送った。『俺はこれから長野県のZ市で、一軒家を建てて自給自足じきゅうじそくの生活をしようと思う。今、東京にいるが、さっきアパートを解約した』と。するとすぐに、返事がきた。『え? 何すか、それ? 面白そうじゃないですか?! ちょっと話を聞かせてくださいよ!』と。俺は、まあいいかと思い、慶介と居酒屋で話をすることにした。


 俺は会社で働いていた時によく行っていた、居酒屋で慶介を待った。午後六時半に、慶介は現れた。

「あ、お久しぶりです、健一郎さん……。っていうか、何かワイルドになりましたね?!」


 そういえば俺は東京からZ市に行ってから、全然ひげをそっていないことに気づいた。顔をでてみると、確かに無精ぶしょうひげが生えていた。だが慶介が言うには、雰囲気ふんいきもワイルドになったという。俺はアマゴを釣って飯を食っていると、説明した。すると慶介は、食いついた。

「いいっすねー、そういう生活! あこがれますよー!」


 俺たちは生ビールを飲んでいたので、慶介は酒の勢いで言ってるのかと思ったが、そうでもなかった。慶介は、真剣しんけんな表情で言い出した。

「いいですよねー! 取りあえず、キャンプに連れて行ってくださいよー!」


 俺は一応、聞いてみた。

「俺はそれでもいいけど、会社はどうするんだ?」


 すると慶介は、言い切った。

「会社は休みます! 例のプロジェクトも分からないところは亘司こうじさんに聞いて、一段落ひとだんらくしましたから。それに有給休暇ゆうきゅうきゅうかも、たくさんあるので!」


 そして俺たちは明日の午前七時に出発することにして、居酒屋を出た。俺はアパートに戻ると、何も無くなった部屋にだいの字になった。そういえば初めてこの部屋にきた時も、今と同じように何も無かったな……、と少し感傷的かんしょうてきになった。そして三年間ありがとうと、心の中でつぶやいた。

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