第五話

 そして俺は、ルアーを川の中心に入れてみた。そして水面すいめんただよわせた。でも、アタリが無かった。俺はあらためて、川を観察かんさつした。川のはばせまいところで、約十メートル。広いところでは、約十五メートル。こちら側のきしは背の高い草が生えていて、向こう側の岸には木々きぎしげっていた。


 ふーむ。さっきの老人は川の流れの中心で、アマゴはれると言っていたが、別のところにルアーを入れてみよう。そういえば魚は、暗いところをこのむと聞いたことがある。おそらく敵に見つかりにくいからだろう。なので向こう側の岸の、木のかげが水面にうつり暗くなっているところにルアーを入れてみた。


 だがやはり、アタリは無かった。うーむ、やはり釣りは難しいと思いつつ、ルアーを上流じょうりゅうに動かしてみた。すると、アタリがあった! 竿さお先端せんたんが、水面に向けて曲がった! 俺は素早く竿を上げた。すると魚が暴れる手ごたえがあった。俺は慎重しんちょうにリールをいた。すると糸の先に、二十センチほどのアマゴが釣れていた。俺は思わず、声をあげた。

「おお! やった! 釣ったぞ!」


 俺は釣りあげたアマゴを、しばらくながめていた。子供の頃に魚を釣った記憶きおくはほとんど無くなっていたので、このアマゴが生まれて初めて釣り上げた魚ようなうれしさがこみあげてきた。


 だが少しすると、腹が減ってきた。俺は釣りを止めて、夕食を食うことにした。俺の手元には、二匹のアマゴがある。おかずは、これで十分だ。それからスマホでググって、魚のめ方を調べた。それにしたがってアマゴを締めて、サバイバルナイフで腹をき内臓を取り出した。俺はよく自炊じすいをしていて、魚をさばくこともできた。


 そして焚火たきびこして、はんごうでご飯をき始めた。今はキャンプでも、カセットコンロで料理をする人が多いようだ。だが俺は、焚火の炎を使うことにした。元々カセットコンロは買っていないし、焚火の炎で料理した方が美味うまいと勝手に考えていたからだ。そして焚火の周りに、細い枝を口からシッポまでつらぬいて塩をふったアマゴを二匹、ならべた。しばらくすると、ご飯も炊けてアマゴも焼けた。


 まずはアマゴに、かぶりついた。美味い! くさみなどは無く、白身魚しろみざかなのあっさりとしたうまを感じた。それに塩もいていて、美味かった。気が付くとアマゴ二匹と飯ごうで炊いたご飯を、全て食っていた。食後のタバコを吸いながら焚火の炎を眺めていると、幸せな気持ちになった。自分が食べる物を自分で用意して、それに満足したからだ。そして焚火の炎に、いやされているからだ。


 こんな幸せな気持ちは、今まで味わったことが無かったかも知れない。ふと見上げると、星がまたたいていた。夜でも明るい東京じゃあ見れないなあと、しばらく眺めていると眠気ねむけがしたのでテントの中の寝袋ねぶくろに入って寝た。


 朝、起きると小雨こさめが降っていた。俺はそれを気にせず、川で顔を洗った。そしてタバコを吸いながら、今日はどうしようかと考えた。すると、昨日きのうの老人の顔を思い出した。そういえば俺は、あの人の名前も知らない。ぜひ教えてもらい、アマゴの釣り方を教えてくれたおれいを改めてしたいと思った。俺は人と会話をするのが苦手だが、アマゴの釣り方は俺にとって貴重きちょうな情報だからだ。まだ腹は減ってなかったので、朝食を取らずに老人をたずねることにした。


 老人は川の上流に歩いて行ったので、俺も上流に歩いてみた。一キロくらい河原かわらを歩くと、家が見えた。川から離れていて、瓦屋根かわらやねの二階建ての古民家こみんかだった。


 玄関げんかんはあったがピンポンなどは無かったので、横引きのとびらを開けて声をかけた。

「すみませーん! だれか、いらっしゃいますかー?」


 少しすると黒髪に白髪しらがが混じった、おばあさんが出てきた。

「はいはい……。あのー、すみません。どちら様でしょうか?……」


 俺は、説明した。昨日、野球帽子やきゅうぼうしをかぶったおじいさんにアマゴの釣り方を教えてもらったので、そのお礼をしたい。おじいさんは川の上流に歩いて行ったので、多分ここに住んでいるのではないかと思って声をかけたと。


 するとおばあさんは、笑顔でうなづいた。

「ああ、それはきっと、うちのおじいさんですね」


 そして家のおくに、戻った。少しすると、おじいさんが現れた。野球帽子はかぶっていなく白髪で短髪たんぱつだったが、顔のシワとひょうひょうとした雰囲気ふんいきですぐに昨日のおじいさんだと分かった。俺は、礼を言った。昨日はアマゴの釣り方を教えてもらい、ありがとうございました。おかげで昨日はアマゴをおかずにして、ご飯を食べたと。


 するとおじいさんは、目を細めて笑った。

「何だ、そんなことでわざわざ礼を言いにきたのか。そんなの、気にせんでいいのに。それじゃあ折角せっかくだから、まあ、がりんしゃい」


 俺は家に上がるのはちょっと気が引けたが、おじいさんのさそいを断るのも悪いと思ったので上がった。そして居間いまにある、低いテーブルについた。それは木材もくざいぎ合わせたものではなく、一枚の板から作られたものだった。長方形ではなく、カーブした曲線と木目もくめが美しかった。この古民家に、ふさわしいテーブルだった。するとおばあさんが、お茶を出してくれた。


 おじいさんは、お茶を飲みながら聞いてきた。

「まあ、お茶を飲みんしゃい。それで、あんちゃん、あんなところで何をしてたんだい?」


 俺は、正直に答えた。東京の会社で働いていたが、もう働きたくなくなったので会社をめてキャンプにきた。そしてここが気に入ったら家を建てて、住もうと思っていると。そしてお茶を一口、飲んだ。


 するとおじいさんは、豪快ごうかいに笑った。

「がはははは! 会社を辞めてキャンプにきたか! あの辺はたまに都会の若いモンがキャンプをするが、会社を辞めてきたのは、あんちゃんが初めてだ! がはははは!」


 それを聞いたおばあさんが、口をはさんだ。

「ちょっと、おじいさん! あんちゃん、あんちゃんって失礼しつれいですよ!」


 そういえば俺はまだ名のっていなかったことに気づいて、僕は今福健一郎いまふくけんいちろうといいます、よろしくお願いしますと頭をげた。


 するとおじいさんも、名のった。

わしは、丹波道夫たんばみちお。そしてばあさんは、丹波花たんばはな


 そして再び、豪快に笑った。

「だが儂はあんちゃんを、やっぱりあんちゃんと呼ぶぞ! がはははは!」


 するとおばあさんは、ちょっとあきれながらもモジモジし出した。俺は、聞いてみた。

「どうしたんですか、おばあさん?」


 するとおばあさんは、思い切った表情ひょうじょうで話し出した。持ってると便利だからとスマートフォンを買ったが、ちょっと使いづらい。電話はできるが、調べ方が分からない。料理のレシピなどが調べられるようだが、とにかく文字が小さいと。


 すると今度はそれを聞いた道夫さんが、口を挟んだ。

「何、言ってんだ、ばあさん! そんなの店の人に聞けばいいじゃないか?!」

「でもお店は離れていて、行くのも大変で……」

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