第四話

 山奥やまおくでのキャンプで初めての朝。俺は、自然に目が覚めた。七月とはいえ、山の中だ。少し空気が、ひんやりとしていた。寝袋ねぶくろが無かったら、カゼを引いていたかもしれない。スマホを見てみると、八時を少し過ぎていた。俺は川に行って、顔を洗った。そして、考えた。スマホは電波でんぱが入っていて、使うことができた。こんな山奥なのに電波が入るのかと、苦笑くしょうした。でもスマホが使えるのは、ありがたかった。色々なことを調べられるし、ニュースを知ることもできるからだ。ただ、バッテリーが少なくなっていた。これには、こまった。せっかく電波が入るのに、バッテリーがなければ話にならない。どうしようかと考えていると、ふと思い出した。スマホの充電じゅうでんなどに使う、小型の太陽電池があることを。ちょっと腹が減っていたが、川の水を飲むと空腹くうふくがまぎれた。


 なので、小型の太陽電池を買いに行くことにした。山道も二度目だから、せまい道にもれたような気がする。山から下りてZ市の中心街ちゅうしんがいに向かった。そこには家電量販店かでんりょうはんてんがあったが、小型の太陽電池は売っていなかった。俺は考えた。アマゾンで買おうかと。でも、受け取り場所はどうする? 東京のアパートを届け先にすると、行くのが面倒めんどうだ。


 なので長野市に行って、さがすことにした。そこはさすがに県庁所在地で、さかえていた。小型の太陽電池も最初に入ったホームセンターで、あっさりと買うことができた。そして安心すると、いよいよ腹が減ってきた。長野県の名物めいぶつは何かとググってみると、信州しんしゅうそばだった。なるほどと思いまた俺は麺類めんるいも好きだったので、近くのそば屋で食べた。用事ようじんだので俺は、またZ市の山の中に戻った。


 まだ腹は減っていなかったが、減った時のことを考えた。米はある。キャンプ道具一式を買った時に、ついでに十キロの米を買っておいた。そしてはんごうもある。だから、ご飯の心配は無い。だが、おかずが無い。さすがにおかず無しで、ご飯を食べるのはツラい。調味料ちょうみりょうも持ってきていたが、調味料をかけてご飯を食べるのもツラい。なので、りをすることにした。


 俺は釣り道具を用意すると、川に向かった。えさを付けるのは面倒なので、ルアーを付けた。それを、川の手前の岸に入れてみた。でも全然ぜんぜん手ごたえが無かったので、上流じょうりゅうに流したり下流かりゅうに流したりしてみた。十分じゅっぷんくらい竿さおを動かしていたが、全然手ごたえが無かった。思えば俺は、釣りなんて子供のころに少しやったことがあるくらいだ。大人になってからは、やったことが無い。今だってねらってる魚もハッキリしない。何かの魚が釣れたら、ラッキーだと思っていた。だから、反省した。これはさすがに、釣りをめすぎだと。


「はあ……」とため息をついていると、野球帽子をかぶった小柄こがらな男が現れた。顔のシワなどからすると、年齢は七十代くらいだろうか。男はひょうひょうとしていて陽気ようきな声で、いきなり聞いてきた。

「よう、あんちゃん! 釣れるかい?!」


 気軽きがるに声をかけられたので、俺も気軽に答えた。

「いえ、全然、釣れません。ははっ」


 すると老人は、うなづいた。

「だろうなあ。糸の場所を見てみると、場所が悪いと思うんだよなあ」

「そうなんですか?」

「ああ。あんちゃん、ちょっと竿をしてみな」


 俺は初対面しょたいめんだったが、この老人は悪い人には見えなかった。なので、竿を貸してみた。老人は手慣てなれれた手つきで、ルアーを川の中心に入れた。そして、説明した。今だったら、アマゴが釣れるかもなあ。アマゴは川の流れの中心や流れのすじが合わさるところが好きだから、そこにルアーを入れるといいと。


 疑問に思った俺は、聞いてみた。

「あの、アマゴって何ですか?」


 老人は、竿を動かしながら答えた。

川魚かわざかなだよ。十五から二十センチくらいの大きさだ」


 なるほど、と俺は納得なっとくした。すると老人はうれしそうな声を出して、竿を立てた。

「お! きたきた!」


 糸の先には上部が茶色で下部は銀色で青い斑紋はんもんがある、魚がぶら下がっていた。俺も思わず、喜んだ。

「おお! すごいですね!」


 すると老人は、ルアーからアマゴを外してげた。

「ほら、あんちゃん。やるよ」


 俺は少し、驚いた。

「ええ? いいんですか?!」


 老人は当たり前のことを言う口調で、続けた。

「ああ。これは、あんちゃんの竿だからな。それにわしは今、魚は食いたくねえんだ」

「はあ、そうですか……」

「それじゃあな。儂がやったようにすれば、アマゴは釣れるだろう」


 俺は思わず、頭を下げた。

「ありがとうございました!」


 すると老人は、右手をった。

「いいって、いいって。あ、食うんだったらめた方がいいぞ。それじゃあな」


 そして老人は、川の上流に向かって歩き出した。


 俺は再び、頭を下げた。

「ありがとうございました!」

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